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異世界殺し  作者: Tetsuさん
薔薇の光
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45:魔道学院入学に向けて

あの一件以来、リリィに少し変化があった。

具体的にどう、とは言いづらいが、表情がよく変わるようになった。

孤児院の子供達からの人気も高くなり、気付けばいつも柔らかな笑顔を浮かべていた。



「お嬢ちゃん、そろそろ魔道学院へ入学に向けての算段を始めようか」


ある晩、もうじき迫る魔道学院入学に向けて、一応の作戦を話そうとそう声をかけたが、何故かリリィは怒った表情を浮かべていた。


「リ、リ、イです。

ちゃんと私のことはリリィと呼んで下さい。」


雰囲気の違いに俺は“お、おぅ……”としか対応できなかった。

こちらが本来の彼女なのだろうか。


「“おぅ”ではなくリリィです。

呼び慣れていないとどこでボロが出るかわかりません。

さぁ呼び慣れる為にも今からそう呼んで下さい。」


呼び慣れるも何も、魔道学院に入るまでだろうに、とは思っていたが、それでこの場が収まるならそれでいい。


「わかった、……リリィ、魔道学院に入った後のことだが、どうするように指示が出てる?」


リリィは少し満足げな表情をした後、久々に真面目な表情になった。


「私は大きな目的として、ロズノワル公爵家と第二王子の婚約を妨害するように言われております。」


一応、時々聞いていたとおり、公爵家の弱体が帝国から受けた命令らしい。

婚約の妨害、上手く行くなら第二王子との婚姻まで持ち込み、王国を内部から腐敗させる。

そうで無かったとしても、経済宰相または魔道宰相の子息と親密になり、同様に内部からの腐敗を目指す。

ソレ等が上手く行かない場合は、公爵令嬢への遠回しな危害、或いは直接的な危害を加えることを目標としていた。


「ただ、私は先生に出会ってから、この使命が自分にとって“何も意味がない”ものだと悟ってしまいました。

もう帝国にも戻る気にもならず、私を苦しめた帝国の役に立つ気にもなれず……。

先生、私はどうすれば良いのでしょうか……。」


俺自身のためとは言え、この少女の人生を狂わせたままというのも寝覚めが悪い。

最大限ハッピーエンドに向かう様に考えなければ。


「とりあえず学園生活は3年間ある。

一旦は棚上げしておいて、お前……リリィはあまり“そっちの事”は考えずに、しっかり学園生活を楽しめばいい。

“そっちの事”は、俺に任せてもらおうか。」


リリィは俺のことを先生と呼ぶようになっていた。

ただ、俺がリリィを“お前”や“お嬢ちゃん”と呼ぶと不機嫌になるのだ。

何とも女性は難しい。


「何とかする……ですか。わかりました。

そう言えば、キンデリックさんが先生を探しておいででした。」


もうじきリリィが魔道学院に入学するから、俺も晴れてお役御免だろう。

だとするならば、何か新しい依頼でも受けたのだろうか。

あんまり上手くは行かなかったが、ようやくプリンセスを育成する日々から解放だ。

暗にソレをリリィに匂わせてキンデリックに向かおうとすると、リリィは何やら含みのある笑いをしていた。


「まぁ、今後ともよろしくお願いします、と言っておきますわね、先生。」


変なことを言うなと思いながらも、キンデリックの待つ酒場へ向かう。

恐らく学園生活の3年間、帝国からのメッセンジャーが情報をやり取りするはずだ。

ソイツを捕まえて根っこを叩けば、多分今後手出しは出来なくなるはずだ。

そうすればこの世界であの転生者を狙う影がなくなり、平穏無事に過ごせ、俺も権限を借り受けて書き換え、そしておさらばする事になるだろう。

メッセンジャーをどう炙り出すか、それを考えながら酒場にたどり着いたが、キンデリックの一言でその想定は崩れ去る。



「親父さん、もう一回言ってくれねえか?」


微かな希望と共に俺はそう告げる。


「何度聞かれたって同じよ。

“お前が、執事として、潜入して、状況を、逐一、俺に、報告する”って事だ。」


話を聞けば、帝国のメッセンジャーはマヌケにも、密入国出来ずに捕まったらしい。

ここ最近何の音沙汰も無かったのはそういう事だったのだ。

人を入れ損なった帝国は、キンデリックを介し現地員での工作を続行するよう指示があったらしい。


影ながらアレコレ工作しようとしていた、俺の目論見が完全に外れた事になる。

最早この状況を生かすしか無い。

仕方が無い、もう少しこの世界に関わってやるとしよう。


翌日から、今まで教えていなかった技術面にもテコ入れをする。

最悪の場合、俺の目が届かぬ所で何かが起きるかも知れない。

それに備えるためだ。


「違う、肘を体から離すな。体全体で拳を打ち出すんだ。」


突きのフォーム、蹴りのフォームを一から教えなおす。

この基礎が無ければ、この後何を積み重ねても崩れてしまう。


「でも、パンチとは腕で打つんじゃないんですか?

この姿勢は何だか窮屈です。」


百聞は一見にしかず、か。

俺は木に吊した手製のサンドバッグに向かう。


「良いか、お前がやろうとしてるのは、こういう動きだ。」


肘を引き、拳を目の高さまで引き上げる。

そこから全力でサンドバッグに一撃。

“バスン!”という音と共に、サンドバッグが大きく揺れる。


「この殴り方は、肩の力を腕に伝え、その後腕の力で拳を押し出す。腕力があればもちろん重たい一撃だ。

だがお前のような非力な女性では、結局の所男性の防御を打ち抜くのは難しい。」


次に俺は右足を前に、左足を後ろにした右前中段に構える。


「非力な人間でも重たい一撃が放てるように、この構えには意味がある。

左足の爪先、親指の付け根を軸に回転させる。

その回転を腰に乗せ、右腰を入れるように回転させる。

更にその乗せた回転の威力を肩に乗せ、左拳を引きながら左肩を引き、右肩を入れる。

全身で加速した回転の力を、体に付けていた右上腕に、そして肘に移し、射出するように右拳を繰り出す。」


“ズン”という音と共に、サンドバッグに拳が刺さり、一瞬サンドバッグが「く」の字を描く。


「また、お前の動きでは“肘を引く”“踏み込む”“打つ”の三動作が必要だが、こちらは“踏み込む”“打つ”の二動作だ。

戦闘において、動作の最適化が出来ているかいないかは、それだけで生死を分ける要素だ。」


リリィのその目に、驚きと憧れが宿っているのがわかる。

そうそう、俺も先輩から今のことを教わったとき、すげぇ嬉しかったもんな。

“俺が覚える技術は、こんな事が出来るのか”と、“非力な自分でも、身を守るくらいには強くなれるかも知れない”、なんて憧れたっけなぁ。


“どうだ、凄いもんだろう”と笑いながら話すと、リリィは頬を紅潮させながら“先生、凄い!”と感動していた。

大の男をなぎ倒せるくらいまではまだかかるだろうが、この感動を覚えていればしっかり強くなっていくだろう。

その感動が冷めぬ内に、当てる手の角度や手首を曲げないこと、拳の握り方などの指導をしていく。


俺を見るリリィの視線を感じながら、自分はちゃんと教えられているかを再確認する。

この子には幸せになって貰いたい。

そのためにも、しっかり教えなければ。

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