457:危惧
「バリウ銀貨がディセン銀貨3枚分の価値で……、ディセン銀貨がメニ銅板30枚分の価値で……、アンソー銅貨が……。」
「アンソー銅貨10枚でメニ銅板1枚だ。
まぁ、今言ったのはあくまで平均的な相場の話で、銅貨と銅板、それにディセン銀貨の価値は結構変わりやすい。」
食堂からの帰り道、こめかみを両方の指で押さえながらウンウンと唸るミナン。
「あ、最近だとディセン銀貨の偽造が多いらしくて、メニ銅板25枚位まで価値が下がってるって聞きましたよ?」
「なるほどなぁ。
じゃあ、バリウとの交換レートも、また変わってそうだな。」
「ちょっと!余計な情報増やさないでよ!
また解んなくなっちゃったじゃん!」
カルーアちゃんの追加情報は、ミナンには逆効果だったらしい。
縁になんの細工もしていないディセン銀貨は、少しだけ削る事で銀の削りカスを作ることができる。
後は粘土で型を取り、集めた削りカスを溶かして流し込めば、お手軽偽造通貨の完成だ。
ディセン銀貨は流通量もそれなりに多く、また古くから存在するため“使った本人が削ったのか、使い込まれていくうちに削れたのか”を判定する事は困難を極める。
そうなると必然、価値の方を下げるしかなくなるというわけだ。
その点、縁を削るとすぐバレるバリウ銀貨は、そこそこの流通を誇りながらも価値がそこまで変動することはない。
まぁ、最近はその信用度合いから、バリウ銀貨は重要な取引に使われがちになり貯め込まれやすく、あまり出回らなくなってきている事が問題視され始めている。
元の世界で大昔の偉人が言った“悪貨は良貨を駆逐する”という格言は、どうやらこの世界でも当てはまってしまうらしい。
「え?待って!
じゃあジャックのやつ、さっきめっちゃお金置いてったって事じゃない!?」
今更ながら、ミナンは驚いた表情で俺達を見つめる。
ようやく気付いたのか、この娘は。
「そうだよ、やっと気付いたのか?」
ジャックの行動を元の世界の価値観で言うならば、金が無いからと寄った定食屋で、皆してそれぞれ1,000円位の定食を晩飯に食べていたところ、“先帰るわ”と言って10万円置いていったみたいな感じ、という感じだろうか。
もしくは、何の仕事をしているか知らない地元の元ヤンの先輩とバッタリ会った時に、“これで友達と何か旨いもん食ってこいよ”と、分厚い革財布ごと渡されてしまう感じと……あ、こっちの方は解りにくいな。
「……ジャックって、マジで金持ちの貴族だったんだね……。」
「そんな事よりもミナンさん、貨幣に関しては1年生の試験では必須項目ですから。
ちゃんと覚えないと、セーダイさんに置いていかれてしまいますよ?」
冒険者として活動するには、武器や防具は勿論、ポーションや毒消しに携帯食料の購入、そして入手した戦利品の売却と、細々とした売買はかなり多い。
そこで貨幣価値が分からなければ、ディセン銀貨をバリウ銀貨と誤魔化されて支払われる事も有り得る。
冒険者学校の一番最初に貨幣価値の試験があるのは、実に合理的と言えるだろう。
「えぇえぇー!ヤダヤダヤダー!
セーダイさんはそんな事しないよね?ね?ね?」
「ハイハイワロスワロス。
試験勉強は手伝ってやるから、とりあえず明日の初級迷宮攻略は手伝って貰うからな。」
ミナンは捨てられた子犬のような目をしていたが、それも計算である事を俺は理解している。
「ちょっとぉ!こんな美女が泣きついているんだから、そこは“もちろんさ”とか“俺に任せとけ”とか言うところでしょうよ!」
案の定、適当な返事を返すと頬を膨らませて抗議してきた。
だが残念、そんなあざとい仕草に心ときめくほど、若くはないんだなぁこれが。
……思ってて少しだけ悲しくなったが、気を取り直してそれぞれの宿舎へ向かう。
改めて明日の昼、正午を告げる鐘がなる頃に迷宮前で落ち合う事を約束し、自室に戻る。
(あのアードベグが最後に伝えようとしていた言葉、引っかかるんだよなぁ。)
自室に戻り装備を点検、整備しながら現状を振り返る。
あの時、アードベグは伝言として“ここから逃れるには、あなたが神に成り代われば…”と言いかけていた、と思う。
このメッセージ、恐らくはマキーナの残したモノだろう。
あのニノマエとか言う奴は、俺のことを“あなた”等とは言わなかった。
神に成り代わる、とは、どういう意味か。
いや、そも“どちらの”という言葉が先に着くかも知れん。
俺が出会った“神を自称する少年”の事か、それともニノマエの事なのか。
いや、そも、ニノマエは本当にあの少年から能力を引き継いだ存在なのか?
あの時、アイツは“一・吉次”と自身を名乗った。
これが、俺の中で最も強烈な違和感として残っていた。
だからこそ、この違和感を手繰り寄せればあの空間に戻れるという確信があったからこそ、あの時笑ったのだ。
それに、この“闇の庭”に転生してきたというミナン・ヨシカワの存在。
彼女は自分の事を語らない。
それとなく話を向けても、何だかんだと話をはぐらかす。
常に明るく元気な笑顔をふりまき、どこかあざとい仕草で周囲の話題の中心に居続けようとしている少女。
そんな彼女でも、ニノマエの名前を出したときだけは反応が違った。
何らかの因縁、それがあるはずだ。
その手掛かりが、初級迷宮の未踏破区域、いや、その先の“光の庭”とやらにあるのだろうか。
「やれやれ、結局“何も解らねぇ”って事が解っただけじゃねぇか。
俺だけだとこんなに考えるのが苦手だったとはな。
……こりゃミナンの事も笑えんな。」
点検と整備が終わり、ため息とともに寝床に入る。
“神に成り代わる”
マキーナが少し前から、頻繁に俺に勧めていた言葉だ。
全ての異世界の理不尽を修正するには、今のような末端治療ではなく、本丸である神そのものをどうにかしなければならない、と、マキーナの中で結論が出ているようだ。
俺が神になり、元の世界には俺の分身体を置くことで、分身体は元通りの人生を歩む事が出来、俺という存在が全ての異世界を管理する事で、転生者達も皆幸せに過ごす事が出来る様になる、らしい。
その言葉に俺は、今までずっと頷かなかった。
俺は俺だ。
人間は、神様になんてなれやしない。
神様の様な力を持った人間がいたとしても、それは人の身には過ぎた力を持った化物でしかない。
それに、分身体は分身体でしかない。
それは、もう俺じゃない。
いつも、最後にその言葉で終わっていた。
だが、もし今回、神になることでしか、ここから抜け出せなかったなら。
その可能性だけは、考えたくなかった。




