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異世界殺し  作者: Tetsuさん
記録の彼方の光
457/832

456:思い出

「「未踏破区域〜?」」


「馬鹿、声がデカい!」


アードベグと名乗った兎人とのやり取りの後、俺はその足で約束していた食堂へ向かった。

“遅い”だの何だのと言われたが、ここに来る前に起きた出来事を仲間に話し、アードベグが最後に言っていた“初級迷宮(ダンジョン)にまだ誰も知らない場所があるらしい”という話を伝えていた。


その話を聞いた3人のうち、ジャックとミナンは最初こそ身を乗り出していたが、聞き終わると同時に懐疑的な声を上げ、ドカリと背もたれに体を預けると興味をなくした表情をしていた。


攻略しきったと思われた迷宮(ダンジョン)に、まだ誰も踏み入ったことのない区域がある。


事によっては冒険者達が大挙しそうな内容の筈だが、予想と違い彼等の反応は淡白なモノだった。

この世界では、迷宮(ダンジョン)攻略はさほど重要視されてないのだろうか?


「フム、いいか従者よ。

確かにな、冒険者を目指す男なら誰しもが一度は思う夢だ。

“まだ誰にも見つかっていない区域を自身で見つけ、冒険者として名前を残すんだ”とな。

だが現実はそうは甘くない。

夢見るのは勝手だが、あの初級迷宮(ダンジョン)はもう何百人、何千人と冒険者達が攻略し尽くしているのだよ。

当然、“初級”と認定しても問題ない様に、冒険者協会お抱えの上位冒険者が、それこそ隅々まで調べ尽くしている。

お前の言う“未踏破区域”という可能性も、既に検証され尽くした後に決まっているだろうが。」


言葉に詰まる。

優しく諭すようなその物言いはアレだが、ジャックの言い分も正しくはある。

この世界に生きる人間の常識としては、ジャックの見解の方が正しいだろう。

ただ、何とかして初級迷宮(ダンジョン)に向かわせる必要がある。


「じゃ、じゃあ、俺の初級迷宮(ダンジョン)攻略の手伝いってのはどうだ?

お前等はもう攻略済みなのかもしれないが、俺はまだ攻略してないからな。

学年を上げるには、あそこの攻略は必須条件なんだろう?」


「むぅ、そういう事なら、まぁ、考えてやらなくもないが……。

このジャック様が、従者如きの為にその力を振るうなど……。」


ジャックは腕を組みながら考え込み始める。


「えー、アタシ嫌だなー。

だって初級迷宮(ダンジョン)攻略したら、セーダイさんすぐに2年生になっちゃうじゃんかー。」


2年への昇格条件は筆記試験とこの初級迷宮(ダンジョン)、それと課題(クエスト)の一定数の達成だ。

俺は筆記試験は一発でパスしているし、課題(クエスト)に関してもこのレベルではさほど難しいモノはなく、結局のところ住民に対しての奉仕活動みたいなものが多く、数をこなせば簡単に達成出来る。


問題となるのはこの初級迷宮(ダンジョン)攻略で、4人でパーティを組んで入る事が前提条件となる。

一応、パーティメンバーの条件としては“同学年から一学年上まで”であることで、既に攻略したかどうかは問題ではないのだ。


普段ボッチのジャックがどうやってこの迷宮(ダンジョン)を攻略したのか、何気なしに聞いた時にそれを知った。

ちなみにジャックは金の力を使い、上級生を雇って迷宮(ダンジョン)を攻略したらしい。


ミナンは持ち前のそのコミュ力で、強そうなパーティに入れてもらったと言っていた。

意外だったのはカルーアちゃんであり、彼女は回復が得意な魔術師という事で色々なパーティからお誘いを受けていた。

そのため、既に初級迷宮(ダンジョン)は3度攻略しているとの事だ。

実はこの中で1番の経験者だったのだ。


「だ、ダメですよミナンちゃん。

“冒険者はお互いの足を引っ張りあってはいけない”って、教科書にも書いてありますし……。」


「フン、確かにな。

これから上位の迷宮(ダンジョン)に挑むに当たり、従者のランクが低くて連れて行けないというのも、面倒な話ではあるな。」


俺達3人で、ミナンを見る。

最初は何だかんだと抵抗していたミナンだったが、遂に諦めがついたのか頬を膨らませるとそっぽを向く。


「わーかーりーまーしーたー!

解ったよう。

……その代わりセーダイさん、アレだからね!

今度の試験の答え、教えてよね!」


“そこは試験勉強手伝え、じゃないんかい”とツッコミを入れるが、ミナンはただ笑うだけだった。


やべぇ、この子目がマジだ。


「まぁ、従者の力なら別段初級迷宮(ダンジョン)如きには遅れはとらんだろう。

そも、初級迷宮(ダンジョン)の主よりも強いジャイアントコックローチを倒しているからなぁ。

まぁ、お前等のような貧乏人の小銭稼ぎには丁度良いだろう。

俺も暇潰し程度に付き合ってやろう。

では、明日の昼頃に迷宮前でな。」


ジャックはそれだけ言うと、懐からバリウ銀貨を1枚テーブルに置き、席を立つ。


「おい、払い過ぎだぜ?」


「え?そうなの?」


俺が慌ててジャックを引き止めるその脇で、ミナンが不思議そうに銀貨を見つめる。


「初級とはいえ迷宮(ダンジョン)に挑むには、それなりに金がかかる。

釣りはいらん。

従者がみすぼらしい格好をしていると、主人の品格を疑われるからな。

お前の装備の足しにでもしろ。」


それだけ言うと、ジャックはサッサと店を出てしまう。

腹立つ奴だと思いながらもバリウ銀貨を引き寄せると、カルーアちゃんがクスリと笑う。


「あぁいう物言いですが、ジャックさんは良い人なんですね。」


どうだろう?

本心からあれかも知れないし、カルーアちゃんが言う通り素直になれない裏返しなのかも知れない。

それを知るにはアイツの事を知らなさすぎる。


俺はただ、曖昧な笑顔を返すしか出来なかった。




「それよりもさ、その銀貨って、他の銀貨より価値があったりするの?

何か、元の世界の100円玉の、少し大きい版にしか見えないんだけど?」


「あのなぁ、これはバリウ銀貨って言ってな、縁が削られないようにギザギザに細工されている、ちゃんと貨幣価値が担保されてる硬貨なの。

縁がギザギザしてない丸っこいのがディセン銀貨で、バリウはディセンの3倍の価値なんだよ。」


俺は呆れながらミナンに教える。

ただ、教えながら俺は懐かしさを感じていた。

こうして異世界を放浪し始めた最初の頃、俺もこうしてその世界の住人から、貨幣の種類と価値を教わっていた。


アレはどこの世界だったか。

思えば、随分と旅をしてきた気もする。


目の前で、一生懸命財布から貨幣を取り出し、真剣に名前と価値を覚えようとしている少女の姿がある。


この子の望む生き方は何なのか。

元の世界で、どんな事があってここにいるのか。


(よくねぇ性分だなぁ。)


また自分で、それを背負い込もうとしている。

マキーナがいれば、こんな時に何と言うだろう。

お休みを頂きました。

これより再開致します。

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