456:思い出
「「未踏破区域〜?」」
「馬鹿、声がデカい!」
アードベグと名乗った兎人とのやり取りの後、俺はその足で約束していた食堂へ向かった。
“遅い”だの何だのと言われたが、ここに来る前に起きた出来事を仲間に話し、アードベグが最後に言っていた“初級迷宮にまだ誰も知らない場所があるらしい”という話を伝えていた。
その話を聞いた3人のうち、ジャックとミナンは最初こそ身を乗り出していたが、聞き終わると同時に懐疑的な声を上げ、ドカリと背もたれに体を預けると興味をなくした表情をしていた。
攻略しきったと思われた迷宮に、まだ誰も踏み入ったことのない区域がある。
事によっては冒険者達が大挙しそうな内容の筈だが、予想と違い彼等の反応は淡白なモノだった。
この世界では、迷宮攻略はさほど重要視されてないのだろうか?
「フム、いいか従者よ。
確かにな、冒険者を目指す男なら誰しもが一度は思う夢だ。
“まだ誰にも見つかっていない区域を自身で見つけ、冒険者として名前を残すんだ”とな。
だが現実はそうは甘くない。
夢見るのは勝手だが、あの初級迷宮はもう何百人、何千人と冒険者達が攻略し尽くしているのだよ。
当然、“初級”と認定しても問題ない様に、冒険者協会お抱えの上位冒険者が、それこそ隅々まで調べ尽くしている。
お前の言う“未踏破区域”という可能性も、既に検証され尽くした後に決まっているだろうが。」
言葉に詰まる。
優しく諭すようなその物言いはアレだが、ジャックの言い分も正しくはある。
この世界に生きる人間の常識としては、ジャックの見解の方が正しいだろう。
ただ、何とかして初級迷宮に向かわせる必要がある。
「じゃ、じゃあ、俺の初級迷宮攻略の手伝いってのはどうだ?
お前等はもう攻略済みなのかもしれないが、俺はまだ攻略してないからな。
学年を上げるには、あそこの攻略は必須条件なんだろう?」
「むぅ、そういう事なら、まぁ、考えてやらなくもないが……。
このジャック様が、従者如きの為にその力を振るうなど……。」
ジャックは腕を組みながら考え込み始める。
「えー、アタシ嫌だなー。
だって初級迷宮攻略したら、セーダイさんすぐに2年生になっちゃうじゃんかー。」
2年への昇格条件は筆記試験とこの初級迷宮、それと課題の一定数の達成だ。
俺は筆記試験は一発でパスしているし、課題に関してもこのレベルではさほど難しいモノはなく、結局のところ住民に対しての奉仕活動みたいなものが多く、数をこなせば簡単に達成出来る。
問題となるのはこの初級迷宮攻略で、4人でパーティを組んで入る事が前提条件となる。
一応、パーティメンバーの条件としては“同学年から一学年上まで”であることで、既に攻略したかどうかは問題ではないのだ。
普段ボッチのジャックがどうやってこの迷宮を攻略したのか、何気なしに聞いた時にそれを知った。
ちなみにジャックは金の力を使い、上級生を雇って迷宮を攻略したらしい。
ミナンは持ち前のそのコミュ力で、強そうなパーティに入れてもらったと言っていた。
意外だったのはカルーアちゃんであり、彼女は回復が得意な魔術師という事で色々なパーティからお誘いを受けていた。
そのため、既に初級迷宮は3度攻略しているとの事だ。
実はこの中で1番の経験者だったのだ。
「だ、ダメですよミナンちゃん。
“冒険者はお互いの足を引っ張りあってはいけない”って、教科書にも書いてありますし……。」
「フン、確かにな。
これから上位の迷宮に挑むに当たり、従者のランクが低くて連れて行けないというのも、面倒な話ではあるな。」
俺達3人で、ミナンを見る。
最初は何だかんだと抵抗していたミナンだったが、遂に諦めがついたのか頬を膨らませるとそっぽを向く。
「わーかーりーまーしーたー!
解ったよう。
……その代わりセーダイさん、アレだからね!
今度の試験の答え、教えてよね!」
“そこは試験勉強手伝え、じゃないんかい”とツッコミを入れるが、ミナンはただ笑うだけだった。
やべぇ、この子目がマジだ。
「まぁ、従者の力なら別段初級迷宮如きには遅れはとらんだろう。
そも、初級迷宮の主よりも強いジャイアントコックローチを倒しているからなぁ。
まぁ、お前等のような貧乏人の小銭稼ぎには丁度良いだろう。
俺も暇潰し程度に付き合ってやろう。
では、明日の昼頃に迷宮前でな。」
ジャックはそれだけ言うと、懐からバリウ銀貨を1枚テーブルに置き、席を立つ。
「おい、払い過ぎだぜ?」
「え?そうなの?」
俺が慌ててジャックを引き止めるその脇で、ミナンが不思議そうに銀貨を見つめる。
「初級とはいえ迷宮に挑むには、それなりに金がかかる。
釣りはいらん。
従者がみすぼらしい格好をしていると、主人の品格を疑われるからな。
お前の装備の足しにでもしろ。」
それだけ言うと、ジャックはサッサと店を出てしまう。
腹立つ奴だと思いながらもバリウ銀貨を引き寄せると、カルーアちゃんがクスリと笑う。
「あぁいう物言いですが、ジャックさんは良い人なんですね。」
どうだろう?
本心からあれかも知れないし、カルーアちゃんが言う通り素直になれない裏返しなのかも知れない。
それを知るにはアイツの事を知らなさすぎる。
俺はただ、曖昧な笑顔を返すしか出来なかった。
「それよりもさ、その銀貨って、他の銀貨より価値があったりするの?
何か、元の世界の100円玉の、少し大きい版にしか見えないんだけど?」
「あのなぁ、これはバリウ銀貨って言ってな、縁が削られないようにギザギザに細工されている、ちゃんと貨幣価値が担保されてる硬貨なの。
縁がギザギザしてない丸っこいのがディセン銀貨で、バリウはディセンの3倍の価値なんだよ。」
俺は呆れながらミナンに教える。
ただ、教えながら俺は懐かしさを感じていた。
こうして異世界を放浪し始めた最初の頃、俺もこうしてその世界の住人から、貨幣の種類と価値を教わっていた。
アレはどこの世界だったか。
思えば、随分と旅をしてきた気もする。
目の前で、一生懸命財布から貨幣を取り出し、真剣に名前と価値を覚えようとしている少女の姿がある。
この子の望む生き方は何なのか。
元の世界で、どんな事があってここにいるのか。
(よくねぇ性分だなぁ。)
また自分で、それを背負い込もうとしている。
マキーナがいれば、こんな時に何と言うだろう。
お休みを頂きました。
これより再開致します。




