453:騒動の始まり
「あっ!?そんな事よりあの兎野郎!!
アイツ、事もあろうかこのジャック様に対して“MPK”しやがったぞ!
衛兵に突き出してやる!!」
ジャック君が喚くがもう後の祭りだ。
っつーか、さっき見逃しちまったじゃねぇか。
MPK、こちらの世界だとモンスタープレイヤーキラーではなく、“モンスターパーソンキラー”と言うらしいが、ネトゲ用語にある意味と大体同じだ。
要は“手に負えない強力な魔物を他パーティに押し付ける”という、非常に危険な行為だ。
ミナンというスカウトが事前に察知してくれたからまだ良かったものの、察知出来なければ不意打ちとなって最悪全滅していてもおかしくはない。
この世界でも、明確なタブーの1つだ。
これを行った者は衛兵に突き出せば牢獄入りとなるが、今回の状況では目撃者は俺たちしかいない。
あの兎人が冒険者なら、冒険者協会に言ったり周囲の同業者に噂を流して窮地に追い込むこともできるが、先程の兎人は何だか妙にいい服を着ていた。
奴が着ていたのは燕尾服、お世辞にもこんな森の中で動きやすい服とは思えないから、冒険者ではないと予想できる。
そうなってくると今度は、“一般人の緊急避難”だったのか“MPK”だったのか、非常に微妙なラインでの判断になる。
……お咎めなしになる確率の方が、やや高いだろう。
「……そういや、あの兎人は、どっちの方向から来ていた?」
「……多分、“きょうとほーゼロサン”だっけ?
そっちからじゃないかなぁ?」
きょうとほー……あ、“橋頭堡03”か。
憤るジャック君を無視して、俺はパーティメンバーに兎人が来た方向を訪ねると、索敵していたミナンが思い出して答える。
“壁”の向こう側には、それまでの人々の努力の結晶とも言える、何ヶ所かの陣地があった。
その内の1つ、“橋頭堡03”と呼ばれる基地側から、あの兎人は来たと言うのだ。
「そこが今どうなっているのか、ちょっと興味があるが俺達だけじゃどうにもならねぇな。
急いで薬草集めて、サッサと戻ろうぜ。
……おっと、その前にっと。」
丸焦げになり、ピクリとも動かなくなったジャイアントコックローチに近付き、討伐証明の触覚2本を採取する。
ミナンが露骨に嫌な顔をしながら“うぇ〜”と言っているが、これも大事な収入源であり、実績だ。
本当は捌いて中の肉も取り出せればそれなりに小遣いになるのだが、流石に今の装備や時間では全部を終えると辺りが真っ暗になってしまう。
2本の触覚を取り外すと、カルーアちゃんとジャックの奴にお願いして、完全に炭化するまで焼き尽くす。
害獣の肉をここに放置しておけば、また別の害獣を呼び寄せかねない。
掘って埋めるか焼き切るかしなければだが、こんなデカイ虫を掘って埋めるのは、それもまた時間がかかる。
「デッカイGの癖にさ、この焼いてる時に美味しそうな匂いになるの、微妙に腹立つんだよねぇ。」
「よく焼いてあれば、コイツの肉はそれなりに美味いぞ?
……まぁ、よく焼いてない方が美味いが、その代わりしばらく食中毒になって苦しむ事になるがな。」
このジャイアントコックローチの肉は“汚染肉”と呼ばれており、肉そのものにも大量の病原菌の類と、それと稀に卵が潜んでいる。
幸いそれらの病原菌や卵は加熱処理に弱い為、カリカリになる一歩手前まで焼いてあれば人体には影響ないレベルになる。
だが、このジャイアントコックローチの肉、最も美味とされるのは何と生食なのだ。
味の推移としては生食が一番美味く、次いで半生、最後に完全に火が通った状態と、何とも人間の欲望を抑えた作りをしてやがる。
そのため、定期的に食中毒で苦しむ住人や、下手したら腹をジャイアントコックローチの幼生体に食い破られる事件が発生する程だ。
それでも、そういった無謀な食い方をしなければ、俺のような貧乏な冒険者やスラムの住人には貴重な栄養源となるのだ。
「フム、“悪食”スキル持ちなら、是が非でも持ち帰ろうとするだろうが、セーダイにそのスキルがなくて良かった。
俺も腹が減ったな、もう薬草も集まったであろう?
帰るとしようか。」
カルーアちゃんとジャックが焼いている間、ミナンが探し俺が掘るという作業に没頭していたおかげで、何とか規定数の薬草は回収できた。
シレッとそんな事を言うジャックに対して“この野郎”とは思ったが、イチイチ突っかかるのも面倒だ。
俺達は火の始末を終えるのを確認すると、“壁”へと帰還する。
「あー、疲れたー。
セーダイさん報告お願いしていいー?
アタシ、いつものお店にいるー。」
「俺もだ、先に飯にしてくる。
しっかり報告しておくのだぞ従者よ。」
壁の衛兵に身分証を見せつつ、壁の内側に戻って一番、2人が同じ様なセリフを口にする。
40過ぎのオッサン働かせるんじゃねぇよ若造ども、と言いかけたが、カルーアちゃんが“あ、あの、私が纏めて報告しておきますから”とおずおずと申し出たのを見て、仕方無しにそのまま引き受ける。
「ありがとー!ちゃんと奢るからねー!」
やれやれ、と思いながら2本の触覚を肩に担ぐ。
薬草の入った籠は、カルーアちゃんが持ってくれた。
「セーダイさん、あの兎の人、ここじゃない所から中に入ったんでしょうか?」
歩き始めてすぐ、カルーアちゃんが疑問を口にする。
門の衛兵にも話を聞いたのだが、今日は他にも何人か冒険者が出入りしていたらしいが、兎人族はその中にはいなかったらしい。
ましてや燕尾服などという目立つ服装なら、絶対に見落とさないし、休憩中に通ったとしても衛兵同士で話題になっている、という回答だった。
「確かに気になるよな。
他の門は距離がある。
普通、あの位置だとしたらこの門が一番近いはずだ。」
疑問は疑問のまま、俺達は冒険者協会へ辿り着く。
「あっ、シェリー先生!」
カルーアちゃんが、ちょうどすれ違いかけたシェリー教授を見つけ、声をかける。
「アラ、お二人で報告ですか?
あぁ、課題の薬草集めですか。
……それは、ジャイアントコックローチの触覚……ですか?」
俺が担いでる触覚を見て、不思議な顔をする。
それはそうだ。
俺達学生が薬草採取している森には、ジャイアントコックローチの目撃例はまだ無かった。
コイツが生息しているのだとしたら、課題の難易度が少しだけ上がる。
少なくとも、俺達4人パーティレベルでは本来受けられないだろう。
「そうなんです。
いないはずのジャイアントコックローチを討伐したので、それの報告と……後、変な事があったので、それも合わせて報告しようかなと。」
「変?
……ともかく、それが出たのであれば、私も話を聞かせていただきます。
よろしいですね?」
まぁ確かに、学園的にも今後の課題に影響出かねない話だしなぁ。
その時は、その程度にしか考えていなかった。




