452:RABBIT HOLE
「あ、セーダイさーん、こっちにもあったよー!」
「……いやあったじゃなくて、お前も掘れよ。」
俺達は今、学園が提示している課題の1つである、“薬草採取”に来ていた。
人類生存圏とそうでないところを分ける“壁”。
そこから出てすぐの森に、ポーションの材料となる薬草が自生している森がある。
そこで一定数の薬草を採取し、冒険者協会に納めるという課題だ。
一応、学校側に中抜きされるので僅かにはなるが、達成報奨金が出る。
何より壁に近ければ近いほど危険な生物が少ない為、冒険者学校の学生向けが行う“実地訓練”としてはもってこい、という事らしい。
これは既にベテランであっても、学生という身分の時は皆やるらしい。
裏を返すと、ポーションの原料を学生達を働かせて調達していると、言えなくもないのだろう。
「ミナンちゃんがいつもすいません……。
ここは私が採取しますので。」
穏やかに話しながら、スコップで丁寧に薬草の周りの土を掘り出すのは、ミナンの友達のカルーアちゃん。
彼女とも、既に何回かパーティを組んでいる。
この世界に来てから、早くも1月以上経っていた。
「あ、おぉ、じゃあ頼むよ。
カルーアちゃんなら丁寧な仕事だからな。
安心して任せられるよ。」
「オイ、セーダイ!
俺の方が数が多いぞ!
やはり俺の方が優秀ということだな!」
薬草は根が実は一番肝心だ。
薬草は中心に太い根を縦に伸ばしその太い根から放射状に細い根が伸びている。
ポーションを作るだけなら中心の太い根から抽出すればいいだけなのだが、この細い根にも実は使い道がある。
細い根だけを纏めて抽出することで、その土地の環境次第ではあるが、毒消しや麻痺消しのポーションを作ることができるのだ。
そのため、丁寧に掘り起こせば中々に良い値段で買い取ってくれる。
「あーあ、そんなに雑に取りやがって。
それじゃ二束三文だな。」
「な、何!?このジャック様がそんなミスをするはずが!?」
地上に出てる葉の部分を持って力任せに引き抜いたような、細い根は勿論、太い根すら途中から無残に切れてなくなっている大量の薬草を手に持ち、俺に自慢げに見せていたジャック君。
「そうですよ、丁寧に掘り起こさないと。
……ジャックさんの薬草、多分市場価値の半分も行かないかなと。」
「あーあ、ノルマ増えちゃったじゃーん!」
カルーアちゃんの言葉にガックリと肩を落とし、続くミナンのダメ押しの言葉にうなだれるジャック君。
いや掘りもしねぇお前が言うな。
「……まぁアレだ、たまにはそういうこともあるからよ、サッサと次掘って課題終わらそうぜ。
後、ミナンはいい加減自分でも掘れ。」
一緒に組んで以来、何故かジャック君は俺達のパーティに居座っている。
一応役割上は、戦士兼盾役の俺、長剣と魔法で主力アタッカー役のジャック君、二刀流の小刀で遊撃と索敵をこなすスカウト役のミナン、そして攻撃、回復の魔法を使う魔術師のカルーアちゃんという、それなりにバランスの取れたパーティにはなっている。
同じ学年にいる、全員戦士の“ザ・脳筋ズ”みたいなのもいるから、かなりバランスは良いはずだ、うん。
「えー?ホラ、私スカウトじゃない?
やっぱさ、こういう時にも周辺を警戒してるってワケよ。
突然襲われたら……。」
軽口を叩いているミナンの言葉が止まり、真剣な表情になる。
その様子を見た俺達は、極力音を立てないようにそれぞれの武器を用意する。
俺は手甲をはめると、背中に背負っていた長方形の盾を左手に取る。
「あっちから何かでっかい獣?みたいのが来るわ。」
ミナンが指差す方向に、俺は進み出る。
イノシシやクマの類がいると聞いたことがない。
いるかも知れないが、この1ヶ月間俺達は目撃していない。
ここは森の中の平地。
薬草の群生地だ。
あまり派手にドタバタと踏み荒らしたくはない所だ。
「出てくる……よ……!?」
森林から飛び出すように現れたのは、少し大きめのウサギ。
ただ、そのウサギは細身の人間大のサイズ感で、2本足で立っており、そして服を着ていた。
「兎人族か?初めて見たな……。」
ジャック君が意表をつかれたように構えを解き、その珍しさから人のように立っている兎を凝視する。
「やぁやぁ、お初にお目にかかります、ワタクシ兎人族の“アードベグ”と申す者!
お坊ちゃんお嬢ちゃん方、お会いできて非常に光栄ですが、今は命のピンチがマックスハートしているので、非常に名残惜しいですがあなた方に擦り付けてワタクシこれにてドロンさせて頂きたく候!」
その様子はまさしく脱兎の如く、が丁度いい表現だろう。
俺達の脇を素早くすり抜けて、アードベグと名乗った兎人族の彼は走り抜けていく。
「……何だったんだ、アイツ?
おいミナン、お前アレを察知したのかよ?」
大山鳴動して鼠一匹、というが、まさかミナンの索敵に引っかかったのがあの兎人だったのだろうか?
そう思ったのは俺だけではないらしい。
ジャック君が呆れたようにそう言い放つのを聞いて、何となく俺達もミナンを見る。
俺達に見つめられたミナンの表情は、険しいままだった。
「気をつけ……て……!?」
茂みから現れたのは、巨大な虫。
自動車位の大きさはある、真っ黒なG。
「キャァァァ!!キモッ!!」
ミナンが悲鳴を上げると、その声を聞いて巨大なGの頭がこちらを向く。
「ジャイアントコックローチ!
こっちが本命か!」
ジャック君がしまいかけた剣をもう一度抜き放つと、切っ先をジャイアントコックローチに向ける。
長剣の光を疎ましく感じたのか、顎をギチギチと鳴らす。
「オイ、お前の相手は俺だぞ!ゴキブリ!」
手甲で盾を鳴らし、注意をこちらに引きつける。
元の世界でも素早い動きが特徴的だったが、こちらの世界でもやはり素早い。
俺の挑発に即座に反応し、恐ろしい速度で突進してくる。
「馬っ……鹿力を出しやがってぇ!」
盾で突進を止めるが、その力の前に俺は地面に跡が残る程後ろに引きずられる。
足首まで地面に埋まりながら、何とか突進を止めきる。
「良くやったセーダイ!流石我が従者!」
ジャック君が風魔法の力を借りて高く跳躍すると、刀身に炎を纏わせてジャイアントコックローチの首筋あたりに突き刺す。
「誰が従者だっ!
ミナンッ!気持ち悪がってねぇで動き止めてくれ!」
「うぇぇぇ……後で装備洗わなきゃ……。」
ミナンが二刀の小刀を巧みに振るい、次々とジャイアントコックローチの足を切り落としていく。
「詠唱、完了しました!
皆、離れて!」
その言葉を合図に、俺達は一斉に飛びすさる。
カルーアちゃんの持つ杖から極大の炎が吹き出し、ジャイアントコックローチを包む。
「やれやれ、何だったんだよコイツ。」
ジャック君のため息混じりのその言葉が、今の俺たち全員の言葉を代弁していた。




