451:ハイ二人組み作って〜
「……っていう感じで、私はまだ1年生ってやつなんだよねぇ。」
午前の座学が終わり、お昼の休憩時間となっていた。
同じ来訪者同士仲良く、というよりは少しでも情報を集めようかと考え、約束通りミナンちゃんと食堂で食事を取っている。
話を聞いていて理解できたが、この冒険者学校は5学年制となっているらしい。
ただ、“学年”と言っているが厳密に1年立つと昇格するという訳ではなく、実績を積んで昇格していく仕様らしい。
実績とは、学園が提示する課題を達成したり、必要数の魔獣の駆除、特定レベル以上の迷宮の攻略など、そういった経験を経て学年が上がるようだ。
1年次では今言った様な経験の他に、この世界の基礎知識から計算、もっと手前ならそれこそ文字の読み書きまで、そういう基礎的な事も重視される。
ミナンちゃんも、既に経験実績は十分だがこの世界の文字の読み書きがまだ不得意らしく、それで年次が上がらず足踏みしているらしい。
「なるほどねぇ。
まぁ、文字の読み書きは慣れるしかねぇからなぁ。
ただ、理解するとそれなりに簡単だぞ?
むしろ日本語の方をたまに忘れるくらいだ。」
「えー、それじゃセーダイさんだけすぐに2年生に上がっちゃうじゃんかー。
やーだーやーだー!」
ダダをこねるが、こればかりは手助けしてやれない。
俺も、何となく今までと違う世界観のこの世界に戸惑いはしたが、貨幣価値は大体他の異世界と似たりよったりだし、文字体系もダウィフェッド王国公用語とほぼ同じだった。
これも不思議だと思うが、マキーナがいれば少しは何かを計測出来たのだろうか。
「ヤダって言われてもなぁ。
……そう言えば朝に聞きそびれたが、君に聞きたい事があったんだ。」
「え?何?彼氏ならいないよ?」
いや、んな事聞きたい訳じゃねぇ。
駄目だ、この子に話のイニシアチブを握らせると脱線するばかりだ。
ともかく、単刀直入に聞いてしまおう。
「“ニノマエ・ヨシツグ”という名前に聞き覚えは?」
経験上、元の世界で務めていた会社では、営業の仕事もしていた事がある。
だからかも知れないが、人と話すのは好きだった。
こいつは今何を考えているのか、そんな事を考えながら頭をフル回転させる必要のある、交渉している時間は特に楽しかった。
前のめりなのか後ろ向きなのか、興味があるのか無いのか。
暇だから呼びつけただけなのか、世間話を装って無理をねじ込みたいのか。
そして。
嘘をついているのか、いないのか。
そういう態度を見極めるのも、結構好きだった。
俺の言葉を聞いた彼女は、本当に一瞬、意識していなければほぼ気付かないくらいだが、確かに動揺した。
彼女の目線が僅かに揺れる。
「え?あ、その人誰?
せ、セーダイさんの大事な人?」
「いや?俺もこの世界に来る時に、どこかで聞いた気がするんだ。
もしかしたら、何かの手掛かりになるかも知れないなって思ってさ。」
その表情を確認した俺も、彼女の言葉に嘘で返す。
俺をこの世界に落とした、神を自称する奴、ニノマエ・ヨシツグ。
もしかしたら、全ては奴の言った通りなのかもしれない。
神の交代が行われたのかも知れない。
でも感覚的なものだが、あの、最初に出会った“神を名乗る存在”だった少年ともどこか違う気がした。
何が違うのかはよく解らないし、そこまであの少年側ともつきあいが長い訳では無いが、それでも違和感が残っていた。
この違和感の正体は何なのか。
それを知るためにももう一度、あのニノマエ・ヨシツグに会わねば。
そう思う気持ちはあるが、ここでこの娘を追い詰めても裏目に出るだけだろう。
ある程度は、この来訪者と共に行動して、信頼を勝ち取る方が良い。
「……まぁ、そんなにすぐにこの謎が解けると思っちゃいねぇさ。
気長に、手がかりを探すとするよ。」
「えー、セーダイさん、そんな奴の事考えても時間の無駄だよー!
せっかくの異世界なんだから、もっと楽しまないとー。」
おいおい、それじゃ“私は何か知っています”と自白してるのと同じだぞ、と言いかけたが、喉元まで出掛かった言葉を飲み込む。
やはり、というか何というか、この娘とあの存在は何か因縁がある、という事か。
念の為に“権限を移譲する”って言ってみてくれよ、と彼女に頼んだ所、すんなりと言ってくれた。
だが、世界のステータス画面とやらは開かない。
こういう事はどこかの世界でもあった。
つまり彼女は、“本当の意味でこの世界に招き入れられた来訪者”という事か。
「どしたの?セーダイさん、おっかない顔して?
……って、ヤバッ!もうお昼終わっちゃう!
午後は訓練場で実技だよ!」
食事の残りをかき込むと、ミナンは慌てた様子で席を立つ。
表情がコロコロと変わり、一時として落ち着く様子がない。
全く、最近の若い子はこんなに落ち着きがないのかねぇ、そんなことを考えながら、“いや、俺も若い頃はきっと、こうだったのかもな”と思い直す。
歳をとると、こうして小さな事から感動や生き急ぐ気持ちが失われる。
そうして、自分でも気付かない内に若さが消えていくのだろう。
いやいや、何言ってやがる。
俺はまだ若い。
少なくとも、心持ちはまだ中二の若造の気持ちだ。
こんな若い少女からでも、ちゃんと気付きを得られたじゃないか。
ミナンと同じ様に一気に食事の残りをかき込むと、食器を返して俺も早足で訓練場に向かう。
肉体の衰えは制御できなくとも、心の衰えは制御しなきゃだ。
また新しい気持ちと共に、訓練場に辿り着いた俺は、彼の満面の笑みで一気に気持ちが萎んでいくのを感じる。
「ククク……、この時間を待ちわびたぞ。
この時間でなら、正規の手段でお前をブチのめしてやる事が出来るというものだ!」
ジャック君が腕組みをしながら、俺に向かい高らかにそう宣言する。
いやぁ、俺の到着を待ちわびていてくれたようだ。
「ハイ、それじゃ午後の実技訓練を始めます。
皆さん、いつもの様に2人組を作ってくださーい。」
「あっ!カルーアちゃーん、アタシと組もー!」
ミナンちゃんはいつも組んでいるらしい友達に声をかけている。
学年内を見渡すと、幾つかのグループがあるのに気付く。
年齢の近しい者同士なのだろう。
身なりのいい子供達グループ、平均的な冒険者スタイルの、ミナンちゃんもいる少年から青年のグループ。
そして俺に歳が近いような見た目の、武器防具が年季の入った中年のグループ。
大体その3グループっぽいのだが、よく見ればそのグループは皆偶数なのだ。
そして目の前には俺と、……ジャック君。
……お前、まさか。
「あ、ジャック君、今日はセーダイさんがいるから先生が組まなくても良いですね。」
無慈悲!
あまりにも無慈悲な事実という一撃が、俺とジャックの間を通り抜ける!!
ましてや、おっとりとした善人感が凄いシェリー氏に言われた事により、そのダメージは倍化する!!
「……と、とりあえず、よろしく頼む、ジャック君。」
あまりの気まずさに、思わず俺から話しかけてしまう。
その優しさが最後の引き金になったのか、ジャック君は両膝から崩れ落ちていた。
泣くといい。
そんな日もある。




