450:冒険者学校
「この!避けるな!氷の槍!!」
「いやいや、当たったら死ぬの解ってて、避けない奴いないですよね!?」
威力や速度はともかく、ジャック君は魔力量だけは多いらしい。
先程からガス欠狙いで避け続けているが、もう何十発撃たれたかわからない程魔法を撃たれ続けている。
「クソ!ちょこまかと!
雷撃散弾!!」
「おおっとマズイ!」
すぐに近くにある植林に身を隠す。
俺に向かう電撃はそれらの木が肩代わりしてくれるが、飛び散った電撃はジャック君を支点に放射状に広がり、俺以外の生徒にまで被害が及ぶ。
何人かの生徒らしき学生服の男女が、流れた電撃により“ギャッ”とか“グワッ”という悲鳴を上げてその場に倒れる。
まぁ、火力の中心は俺に向かっているし、本当に余波ギリギリの所にいたから、多分命に別状はないだろう。
……無いといいな。
「待ちなさーい!!
何をやっているのですかぁ!!」
ようやく、他の生徒にも被害が出たからなのか校舎から1人の教員らしい人間が走り寄ってくる。
全身真っ黒いローブを着ていたが、走っている最中にフードが外れ、顔があらわになり、光の加減でピンクにも見える長い赤毛で、いかにもな大きな眼鏡をかけた線の細い女性が、息を切らせながら俺達のもとに辿り着いていた。
「ハァ、ハァ。
が、学園内では、ヒィ、決められた施設以外で、フゥ、魔法は禁止と、フゥ、いつも言っているでしょう……ハァハァ。」
見た目通りなのか日頃あまり運動はしていないタイプのようで、校舎からここまで走ってくるだけでも、体力ゲージがレッドゾーンに突入しているんじゃないかと思うくらいに衰弱している。
「あぁ!これはシェリー教授!
ご機嫌麗しゅう!
何、この下民がダニエル家の三男である僕に対して無礼な口をきいたので、こうして躾けていただけですよ!!」
「フゥ……、アナタは……、こちらの学生ですか?」
呼吸が落ち着いてきたのか、まだ青い顔をしながらも女性が俺を見つめる。
「えぇと、“来訪者”としてこの世界に出現してしまい、本日からこちらでお世話になります、セーダイ・タゾノと申します。
……彼とは、唐突に雇用契約と奴隷取引を持ちかけられましたが、断ると襲われた為、逃げ回っておりました。
このように、火傷まで負わされて。」
俺は、焼かれた右手の甲を見せる。
これでこの人間はどういう反応を見せるかと思ったが、予想に反して素直に驚いた表情をチラと見せた後、静かにジャック君を睨む。
「……私には、どちらの言い分が正しい事なのか、すぐには判断しかねます。
しかし、平時に人を襲う魔法を、私はアナタに教えたつもりはありません。」
ダニエル君はまだ何かを言いかけていたが、後から来た他の教師らしき数人の大人が取囲み、なだめながら彼を連れて行きつつ、倒れている生徒を回収していく姿が見えた。
そちらに意識を向けていると、シェリー教授と呼ばれていた女性が俺に近付き、右手をとる。
「本校の生徒がご迷惑をおかけいたしました、来訪者様。
願わくば、寛大な処置をお願いしたく。」
話しながらも、シェリー教授は両手を重ねるように俺の右手を包み、淡い光を放つ。
痛みが引き、焦げていた手の甲がまるで動画の逆再生のように、元に戻っていく。
「傷が無くなったんなら、もう何かを騒ぎ立てる必要もありませんな。
回復ありがとうございます、……えぇと?
シェリー教授?」
綺麗になった手の甲を見、そして女性を見る。
「あ、自己紹介が遅れました。
私はシェリー・マッカラン。
こちらで、魔法学を研究、講義しております。」
「シェリーちゃんの講義は男子に人気なんだよ。
ホラ、おっぱいデカいじゃん?」
“なっ!?”と悲鳴とも叫びともつかない声を上げ、シェリー氏は慌てて胸を隠すと赤くなりながら俺を見上げる。
いや解ってたけど、今その情報いらんねん。
それこの後、微妙に話しづらくなるヤツやんか。
「いやあのね、そういうセクシャルシンボルの話は今良いんよ。
君がアレだろ?俺の前にこの世界に現れたミナン・ヨシカワちゃんでいいんだよな?」
シェリー氏は“なななっ!?”と言いながら両腕で更にきつく腕組みをするように胸を隠しているが、俺の興味は別にそこにはない。
「君には幾つかの聞きたい事と、教えて欲しい事があって……。」
「あ、講義始まるよ!」
言いかけた俺の耳に入る予鈴の音。
その音を聞いたミナンちゃんは全力ダッシュで校舎へ走り出す。
「ホラ、オッサンも早く早く!
後でお昼ご飯一緒に食べようねー!」
呆気にとられ、そして頭を掻く俺を、まだ赤面しているシェリー氏が見上げる。
「セ、セーダイさん、講義の前に皆さんに紹介いたします。
ともかく今は教室に向かいましょう。」
シェリー氏は何となく胸を見られないように早足で先行する。
全く、場を引っ掻き回す、面倒な転生者のようだ。
ともあれ、こうして立っていて良い事はない。
俺も渋々、シェリー氏に先導されながら学園へと進み出す。
「それでは、本日より本校で皆さんと共に学ぶことになります、来訪者のセーダイ・タゾノさんです。
年齢は41歳という事で、皆さんよりも年上ではありますがこの世界ではない所からいらしたので、何かと知らない事も多いと思います。
皆さん、是非セーダイさんが困っている事があれば力になってあげて下さい。
それでは、セーダイさん、一言どうぞ。」
うん、まぁ、別に言うこと無いのよね。
強いて上げれば今この瞬間に困っているかな。
ともあれ、社会人経験も長い以上、こういうスピーチ的な事は何度も経験してきている。
当たり障りなく、適当に頑張っていく旨を話しながら、教室の生徒達を見渡す。
冒険者学校と言っているため、もう少し規模の大きなモノを想定していたが、実際には各学年1クラス40人くらいがいる程度だ。
それが5学年なので、生徒数はざっと200人程度と、過疎地の学校並みかと思わせる程人はいない。
生徒も、子供がいっぱいいるのかと思ったがそんな事はなく、半数近くは成人しているか、下手したら俺と歳が近いのではないかと思わせるような奴も何人かいる。
どちらかといえば、夜間の学校の方が近いかも知れない。
後で聞いた話だが、人類の生存できる範囲は狭いとはいえ、子供達はもっといる。
ただ、こうして学校に通わせる事ができるのはジャック君のような、いわゆる“簡単に死なれては困る貴族や富裕層の子供”達のようだ。
また、こういった冒険者学校や統治機構、つまりはよくある冒険者ギルドの職員などは、就職するためにはここでの卒業資格が必須らしい。
そのため、ある程度稼げて冒険者を引退した、或いは引退しようと考えている者が、その後の生活のためにこの学校に入学しているらしい。
この学校に入れない子供達はどうなるか。
それはつまり、結局の所は“実地訓練”という事になる。
“領土拡張”という夢を釣り餌に人減らし。
その話を聞いていて俺には、どうしてもソレにしか感じられなかった。




