449:初対面
「へぇ、あなたが“新しい来訪者”って言われてるセーダイさん?
……なんか、言っちゃ悪いけど普通のオジサンだね。」
ショートカットの黒髪に、外での活動が多いのか健康的に日焼けした肌、そして大抵の冒険者が身につけている革鎧を纏った、活発そうな少女が俺の前に立つ。
少しだけ、あけすけなその物言いに面食らってしまったが、件の少女、ミナン・ヨシカワちゃんと、こうして無事に対面する事が出来ていた。
マリブさんの行動は早く、本当に翌日にはこの城塞都市唯一の学校、冒険者養成学校に入学する事が出来ていた。
それも、来訪者という事で入学金も学費も、何なら入学試験すら無かった程だ。
ただ、それはつまり“来訪者が入学してくる”という事を喧伝しているようなものであり、入学前から俺の存在は話題になっていた。
それは先に来ていた転生者も同じだったらしく、冒険者学校の門を通り抜けたところで、待ち構えていたであろう彼女と初めての対面をした。
その結果が、冒頭の第一声だ。
「……その通りだが、あのな、俺はそういう事を言われるのには慣れているんだがな。
とはいえ、やっぱり少しは凹むんだぞ?」
どんな凄い奴がやってくるのかと話題になっていたらしく、門をくぐる前から似たような体験をしていた。
そういう奴等は実際俺の前に来て、大体の奴が彼女と同じ感想を述べ、そしてそそくさと去っていく。
いやあのね、本当に超凄くてマジの不正能力持ちなら、よっぽどの事がない限り、こうして学校入ってちんたらやってる暇なんて無いと、オジサン思うのよね。
まぁ、中には“本当に強いのか”などと言って決闘を申し込もうとした奴もいたが、適当な理由をつけて断っていたのも、実はあんまり良くなかったのかも知れんが。
ただ、マキーナの回復能力無しで何かやるのは危険だし、意外と手加減が効かない。
俺が学んだのは自衛のための武であり、正面切って戦うためのモノではない。
戦いの中での相手を傷付けずに無力化する“不殺活人”という技術も教わってはいるが、それとて自分が相手よりも強く、力量差があって始めて活かせるものだ。
そうでなければ、間違いなく“不活殺人”の道を選ばねばならなくなる。
自衛とはつまり“自らを衛る”事であり、“彼を衛る”事ではないのだ。
「アハハ、ゴメンゴメン。
でもさ、結構話題だったんだよ?
ワタシと違って、“本物の神の救済が来た”って言われててさ。
……あー、そう言えば気をつけた方が良いかもね。
ダニエル家のボンボンが、オジサンを狙ってるって噂もあったよ。」
「ダニエル家?俺を狙う?
……俺の命狙って何か良い事あるのか?」
ミナンは“違う違う”と苦笑いしながら否定する。
聞けば、今年の新入生、ミナン達の代に、この学園にも多大な貢献をしているダニエル公爵家の三男、ジャックという男の子がいるらしい。
彼は絵に書いたような悪徳貴族の子息、と評される人物であり、どうやら俺の入学を知って“どんな手を使っても来訪者を家臣にする”と周囲に息巻いていたらしい。
何とも、異世界転生のテンプレのようなキャラだが、逆に興味が湧く。
この後の流れはもしかして。
「お前が噂の来訪者か!?」
あ、やっぱり。
それなりに高そうな服を着た、いかにもな小太りの少年が反り返るように胸を張り、俺を見る。
胸を張りすぎていて、それがかえって脂肪の塊のような腹を突き出しているように見えて、酷くユーモラスだ。
「フム、いささか歳をとりすぎてはいるが、まぁ良いだろう。
我が名はジャック!
ダニエル公爵家の三男である。
喜べ、お前をこの俺様の家臣にしてやろう。」
「え?断ります。」
即答で俺が答えると、微妙な沈黙が辺りに流れる。
ジャック君は、何を言われたか解らないという顔をしている。
そのやり取りを見ていたミナンは、“おっ!異世界テンプレ!”と、何だか嬉しそうだ。
「き、貴様!
来訪者だと思って下手に出てやればつけ上がりやがって!
俺様が優しく言っているうちに承諾しないと、酷い目に合うぞ!」
世間知らずのお坊ちゃん、と言うやつなのだろうか?
俺は呆れながらも、頭を掻く。
「あのですね、私があなたに商売等で弱い立場ならいざ知らず、今初めてあったばかりの人間にその言い方をして、逆の立場ならあなた納得します?
それに家臣という事は雇用契約を結ぶということですが、あなたにその権限はございますか?
また、本契約における雇用形態と契約内容はお決まりですか?
出来れば口頭での契約締結ではなく、書面による正式な文面で、尚且つ説明して頂けますか?」
「こ、小難しい事を言って煙に巻こうとしても無駄だぞ!
こうなれば決闘だ!
決闘して、勝った方が負けた方の言いなりになる、それで良いだろう!
解ったなら闘技場に来い!」
思わずミナンを見る。
彼女は笑いをこらえながら、俺を見て肩を竦める。
こいつ、この状況を楽しんでやがる。
「お断りします。
よく知りもしないあなたを言いなりにさせたとして、私にメリットがあると思えません。
また、言いなりにさせる、とはどの範囲までを想定されてらっしゃいますか?
仮にあなたが負けた場合、私が“死ね”といえば、あなたは自害することができますか?」
勝手に盛り上がっている奴を見ると、何だか酷く冷める。
ミナンが脇で“えー、戦えば良いじゃん、こういうの、相手をコテンパンにして、やれやれですね、みたいな事を言うまでがテンプレじゃないのー?”と煽ってくるが、その煽りには乗ってやらない。
こちとら血気盛んな少年じゃねぇんだ。
この手のトラブルは、同じ土俵に立ったらある意味負けなのよ。
「き、き、き、貴様……。
どこまでも俺様をコケにしやがって……。
火炎球!」
野球の球ほどの火の玉が、それなりの速さで俺に向かってくる。
だが、どこかの世界で見た、バランスボール位のサイズでメジャーリーガーの投球レベルで襲ってきたそれと比べると、正直威力も無ければ速度も止まって見えるレベルだ。
どうしたものかと一瞬考えたが、ちょっと怪我しておこうかと思い、右手の甲で撃ち落とす。
地面に落ちた火炎球は弾けて散った。
手の甲は撃ち落とした時の接触で、炎が移って来ていたが、素早く叩き消す。
「会話では無く、暴力で物事を進めるのがダニエル公爵家のやり方なのか?
この件は後ほど正式に抗議させて頂きますが?」
「ぬ、ぐ、ぐ、何処までも馬鹿にしやがって……。
そんなモノ、お前がいなくなれば万事解決するだろうが!」
あー、コイツ本当に馬鹿だ。
学園中からこの光景は見られている。
そこで殺人でもやろうものなら、即座にバレるに決まっている。
ただ、こんな騒ぎになっても、教えている側が全く出てこないのは気になっていた。
……何だか、面倒な事になりそうだ。




