448:光と闇の庭
その昔、光と闇があった。
光は自らの存在が闇を生み出したと思っており、そして闇もまた、自らが闇たらんとするために光を生み出したと思っていた。
考えがすれ違う2つの存在は、どちらがどちらを生み出したのかを争いだす。
そうしてはてなき闘いの後、決着がつかない事を悟った2つの存在は、別の方法で決着をつけることにした。
その方法は、どちらがより豊かな表現を収めた本を作れるか、という方法。
光の存在は、その明るい表現で人々が苦を感じる事の無い、幸せな世界を。
闇の存在は、その暗い表現で人々が過酷だが必死に生きる、試練の世界を。
それぞれ作り上げた世界に対して、最初は批評し論戦を繰り返していた2つの存在は、いつしか争うことも忘れ、互いの本の世界に夢中になっていく。
自らの描いた世界ではあるが、そこで生きる住民達は意志を持ち、それぞれの人間模様を描き始める。
本の中に世界を描き、本の世界にのめり込む事で、その世界の住人が見せる喜怒哀楽に、いつしか2つの存在は心を奪われていった。
そうして、互いを認めた2つの存在は、新たな刺激を求めて考えを巡らせる。
“自分の世界の住人が、アイツの世界に行ったらどうなるのだろう”
その考えは刺激的で、2つの存在は早速模索を始める。
だが、2つの存在それぞれの住民達をいきなり混ぜてしまうと、どちらの世界も破綻してしまうかもしれない。
自分の世界はやっぱり大切だ。
話が破綻し、崩壊してしまう事だけは避けたい。
そこで2つの存在は、世界を渡るルールを設けた。
“自分達が選んだ者のみを渡らせる”
“渡らせる者には試練を与える”
“試練を越えた者は、2つの世界を自由に行き来できる”
そのルールを決め、本の世界にあまねく広めた。
結果、一時は我も我もと世界を越えようとする者が現れたが、遂には誰も帰ってくる事はなかった。
人々はその内に行き方を忘れ、元通りの生活に戻っていった。
「……というのが、この世界に広まるおとぎ話です。
実際にそれを渡れた者がいたのか、今となってはそれも不明です。」
なるほどなぁ、と腕組みをする。
この世界、“闇の庭”というらしいが、人類は割と追い詰められていた。
それこそ、大陸の8割程は魔獣や魔物が溢れており、人々は残り2割、数キロメートルに及ぶ太古に造られた巨大な城壁により、ギリギリ生存圏を確保している状態だ。
それはおとぎ話の通り、“生きる事が試練”の闇の庭なのだそうだ。
「だが、それだと俺のような存在はどう伝わっているんだ?
俺もそうだが、多分今までの来訪者達も、それこそ光の庭から来たわけじゃないんだろう?
きっとそいつ等は俺と同じ、光でも闇でもない、また別の世界から来ている奴等のはずだ。」
「えぇ、来訪された当初は光の庭から来たわけでもないあなた方を迫害する動きもあったそうですが、ここにいらした来訪者様達は皆、この世界を憂い、その力を振るって下さいました。
そのため、教会はあなた方を“神の救済”であり“異なる世界から我等を導く為に訪れた来訪者”と解釈し、現在までその教えが受け継がれている、という訳です。」
なるほどな、と、またしても呟く。
結局のところ、俺が追い出されなかったのは“善良なる先人達が努力した結果”、と言うやつなのだろう。
自分の評価は自分には降り掛かってこない事もある。
「まさに、“情けは人の為ならず”って奴なんだろうなぁ。」
過去の転生者達の行いが、今の俺達の評価に繋がっている。
なら、こういう“転生者が定期的に降り立つ世界”では、俺の振る舞いが未来の転生者の評価を決定付けてしまうのだとしたら、一応はお利口な振る舞いを心がけないと、だろうな。
「……あなた方の世界の格言か何かですか?
まぁ、その意味は後で教えていただければ結構ですが、あなたの様に来訪者としてこの世界に降り立った方には、幾つかの選択肢がございます。
そうですね……。
1つは、この城塞都市ノワールの冒険者学校で力の使い方を学び、将来的に壁の外へ向かうコース。
もう1つはすぐに冒険者ギルドに登録し、今日からでも稼ぐ事の出来る即戦力コース。
また、あまり選んで頂きたくはないですが、自由に生きるためにこの城を飛び出し、好きに生きるコース。
……セーダイ様の能力から鑑みると、すぐに思いつくのはこの辺でしょうか?」
ちなみに、最後のコースを選んでも、教会から準備資金と、国から一応の身分証が発行されるらしい。
結構、いやかなり優しいなと思いながらも、もう1つ気になっていた、“俺の前の来訪者はどうしたのか?”という疑問を問う。
「あぁ、ミナン様ですね。
彼女はそれこそ最初に提示させていただいた、“冒険者学校で教育を受ける”というコースをお選びいただいております。
今は学校の1年生として、各種研修を受けていらっしゃるでしょう。」
マリブさん曰く、俺の前にやってきた転生者、いや来訪者の名前は“ミナン・ヨシカワ”と名乗る少女。
彼女もまた、俺と同じように不正能力を貰ったかどうか解らないと言っていたらしい。
あ、俺の時にあのおっさんが焦っていたのはこれか、と繋がる。
予定外の2人の来訪者が来たのに、その両方が神の不正能力を持っていないかもしれない、等となったら、おとぎ話、ひいては神話や教義の類の否定に繋がりかねない。
教会の威信が揺らぐ。
だから、強引にでも俺にチートがある様に言わせたかった訳だ。
内心で呆れながらも、まぁ、追い詰められていればむべ無しか、と溜飲を下げる。
例外かも知れんが、先の来訪者には秘めた力があり、後から来た来訪者が直近の自分達を守る、とか適当な事を言っておけば、2人来た理由も何かそれっぽくでっち上げられるか。
「ん?ってことは待てよ?
今学校にいるミナンちゃんとやらが、立場的にはちと危ないか……?」
この後の事や、先々の事を予想する。
あまりよろしく無い想定を重ねると、ミナンちゃんとやらがあまりいい立場に居られない予感がしてくる。
「……マリブさん、申し訳ないが、こんないい歳したおっさんでも、その冒険者学校とやらには参加する事は出来るのかな?」
「お会いしたばかりでしたが、セーダイ様ならその様にお考え頂けると思っておりました。
冒険者学校へは、明日から通えるように速やかに手続きを進めさせていただきます。
……あの娘には、私を助けてくれた恩もあります。
この様な事をセーダイ様にお願いするのは筋違いであると思っておりますが、あの娘をよろしくお願いいたします。」
俺が委細承知した旨を伝えると、それまであまり感情を見せないマリブさんだったが、静かに頭を下げる。
どんな娘なのか、俺も会ってみるのが楽しみになっていた。




