445:仲間
『ブフォア!!これ浸水してきてるじゃねぇか!?』
<通常モードですので。>
マキーナからの素っ気無い一言に腹を立てている余裕はない。
濁流のような川を、必死で沈まないように手足をバタつかせる。
途中、丸太がすごい勢いで流れてきたが、身体能力を活かして何とか丸太にしがみつく。
元の世界の俺だったら、丸太にぶつかってそれで終了だったろう。
何とか丸太にしがみつき、一息ついて岸を見れば、あの人形がものすごい速度で川岸を並走し、追ってきている。
『やっぱ、そう簡単に逃しちゃくれねぇよな。
……ん?何だあれ?』
流されながらも落ち着けた事から、腹話術人形を観察する。
すると、左脇腹に浅く刺さった剣の破片を見つけた。
人間と違い、剣が刺さっていたところで動き自体に遜色はないが、その剣は抜け落ちずにしっかりとその脇腹に食い込んでいる。
更に腹話術人形をよく見ていると、右肘の辺りの球体関節がヒビ割れている。
割れ方が、何というか金槌の様なモノで打ち据えたような、中心が平たく凹み、放射線状にヒビが走っているのが見えた。
<勢大、涼んでいる所申し訳ありませんが、このまま流されていると滝に落ちることになります。>
『んなっ!?』
弱点がなにかないかと観察していたが、まさかタイムリミット付きとは思わなかった。
マキーナに言われて川の先を見れば、確かに少し先に突然視界が開けている場所がある。
あれが滝への入り口なのだろう。
『オイ!俺の声はまだ聞こえてるのか!?』
「聞こえてるよ!そのまま行くと滝壺だ。
その滝は高位の探索者でも落ちたら助からない。
早く脱出しろ。」
それが出来たら苦労はしてないよ、とボヤきたくなる気持ちを抑えつつ、彼にこの後の事を伝え、そしてこれからやろうとしている事を伝える。
「それなら良い場所がある。
今流されている辺りから近くだ。
アンタに解るように目印を上げるぞ!」
森の中から、光る球が尾を引いて空に上がる。
上空まで上がったそれは、ゆっくりと下降していく。
『マキーナ、あの光の落下点に向かうぞ!』
<ナビゲートします。>
俺は濁流の中から、人形に向けて丸太を投げつける。
走り続けている人形は、足を止める事無く俺が投げつけた丸太を、瞬時に断ち斬る。
『今だ!』
剣を振るう、その一瞬。
振った腕が人形自身の視界を塞いだその時を見逃さず、岸に這い上がり駆け出す。
あの人形が目以外で知覚していたらアウトだったが、そうではなかったようだ。
どうやら賭けには勝てたらしい。
命をかけた追いかけっこは、しかし俺のゴールで終わりを迎える。
『よぉし、ここならお前の自慢の機動力も発揮できねぇよなぁ?』
先程彼から聞き出したのはここ、浅瀬の沼地。
水位は膝下程度だが、底の泥は足首位までを簡単に埋没させる。
人形は、俺が走っていたことから、どうやらここを地面と認識してしまっていたらしい。
水面に足を踏み入れると派手に転倒したが、即座に立ち上がる。
ただ、俺には膝下程度だが、奴にとっては丁度膝くらいまで水没しているため、水と泥をかき分けて走るために、先程までの速度は流石に出なくなっていた。
残念なことに防水対策はされているのか、全身が濡れてもどうにかなる様子はなかった。
『クソッ、腹の傷から浸水とかで、内部機構がショートとかしねぇのかよ!』
<長時間沼につけていればその可能性もあるでしょうが、現状では難しいと想定されます。>
でしょうね!
そう言いたくなったが、堪える。
それでも機動力を殺せた事は大きい。
人形にジリジリと近付くと、向こうも両手に持った剣を構える。
「お、おい、アンタ、すぐに逃げろ!
ソイツの斬れ味は理解してるんだろう!?」
彼が慌てたように叫ぶと、援護してくれるのか森の中から矢を放ってくれた。
だが、放たれた2本の矢はあっさりと叩き落される。
『まぁな、腕一本斬り落とされた事もあるくらい、これの斬れ味は体験済みだよ。』
昔、どこかの世界で、似たような能力の剣に左腕をぶった斬られたことがある。
アレは防げない、かわさなきゃダメなことは、俺自身が一番知っている。
縦斬りで振り下ろされる右手の剣を、半身になりながらかわす。
水面に触れた高速振動剣が、小さな水蒸気爆発を起こす。
だが、人形はそれを意に介さず、振り下ろし空振ったその反動を利用し、くるりと横回転しながら左手の剣を横薙ぎに振るう。
『アンタの……おっと!』
横薙ぎを仰け反って交わし、沼の中を転がりながら距離を開ける。
転がりながらも、蹴り足で泥を跳ね上げる。
『アンタの仲間はさ、やっぱり凄かったんだよ。
コイツも、あと一歩まで追い詰めてたんだ。』
水蒸気の煙の中から、人形がユラリと姿をあらわす。
俺は、右の掌を水面につける。
『ちょっとツイてなかったのは、最初に魔術師が殺られたってところだと思うぜ。』
<放電、実行。>
マキーナの声と共に、俺の掌から高圧電流が水面を伝う。
マキーナが調べてくれていた。
人形の表面は宇宙用戦艦と同じ装甲材が使われており、耐圧、耐打撃、耐熱、耐電撃、耐冷と、殆どの攻撃は通用しない。
だが、奴の腹には彼の仲間が残した剣と、その破損箇所が残っていた。
沼地での戦いで、奴は全身ずぶ濡れだ。
それは、刺さった剣にも届く。
マキーナからの電撃を受けて、跳ねるように人形が踊る。
それでも相当耐久力が高いのか、最後の力で右手の剣を振り下ろす。
『あと一歩、後少しでコイツは撃破できたはずだ。
後に続くチャンスの布石は、しっかり残して置いてある。
倒してくれと、希望を託すことも出来たはずだ。』
振り下ろす腕、肘の辺りにハイキックを食らわせる。
人形の肘は、バキリと小気味良い音を立てて粉砕し、肘から先は沼の中に落ちていく。
反対の手に持つ剣をノロノロと振り上げたが、そこで人形は動きをピタリと止め、もう動かなくなった。
『……だが、アンタの仲間は最後のその瞬間、きっとアンタに生きてほしいと願ったんだろうさ。』
初見で仲間の魔術師のやられ方を見て、剣ではなく肘をシールドバッシュした重戦士。
特性を見抜き、人形の腹に剣の一撃を加えた軽戦士。
魔術師が気を抜かなければ。
重戦士が、人形は二刀流だと気付けていれば。
軽戦士の剣が、人形の腹を斬りつけた時に折れなければ。
……彼が、冷静に状況を分析出来ていれば。
きっと、彼等のパーティーは、また違った結末を歩んでいただろう。
でも、そうはならなかった。
これは、それだけの話。
せめてもの救いは、仲間が彼だけでも逃がそうとした事だろうか。
その事は、俺が彼の仲間の痕跡を辿り人形を倒した事で、彼自身に重くのしかかっているはずだ。
彼から約束通り権限を預かり、設定を終えると転送を開始する。
彼は膝から崩れ落ちた姿勢のまま、いつまでも泣いていた。
ちょっとリアルでの仕事がマズイくらい忙しくなっているため、新章突入前にお休みを頂きます。
次回更新は4/10(月)の午前2時となります。




