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異世界殺し  作者: Tetsuさん
旅の途中⑦
446/834

445:仲間

『ブフォア!!これ浸水してきてるじゃねぇか!?』


<通常モードですので。>


マキーナからの素っ気無い一言に腹を立てている余裕はない。

濁流のような川を、必死で沈まないように手足をバタつかせる。

途中、丸太がすごい勢いで流れてきたが、身体能力を活かして何とか丸太にしがみつく。

元の世界の俺だったら、丸太にぶつかってそれで終了だったろう。


何とか丸太にしがみつき、一息ついて岸を見れば、あの人形がものすごい速度で川岸を並走し、追ってきている。


『やっぱ、そう簡単に逃しちゃくれねぇよな。

……ん?何だあれ?』


流されながらも落ち着けた事から、腹話術人形を観察する。

すると、左脇腹に浅く刺さった剣の破片を見つけた。

人間と違い、剣が刺さっていたところで動き自体に遜色はないが、その剣は抜け落ちずにしっかりとその脇腹に食い込んでいる。


更に腹話術人形をよく見ていると、右肘の辺りの球体関節がヒビ割れている。

割れ方が、何というか金槌の様なモノで打ち据えたような、中心が平たく凹み、放射線状にヒビが走っているのが見えた。


<勢大、涼んでいる所申し訳ありませんが、このまま流されていると滝に落ちることになります。>


『んなっ!?』


弱点がなにかないかと観察していたが、まさかタイムリミット付きとは思わなかった。

マキーナに言われて川の先を見れば、確かに少し先に突然視界が開けている場所がある。

あれが滝への入り口なのだろう。


『オイ!俺の声はまだ聞こえてるのか!?』


「聞こえてるよ!そのまま行くと滝壺だ。

その滝は高位の探索者でも落ちたら助からない。

早く脱出しろ。」


それが出来たら苦労はしてないよ、とボヤきたくなる気持ちを抑えつつ、彼にこの後の事を伝え、そしてこれからやろうとしている事を伝える。


「それなら良い場所がある。

今流されている辺りから近くだ。

アンタに解るように目印を上げるぞ!」


森の中から、光る球が尾を引いて空に上がる。

上空まで上がったそれは、ゆっくりと下降していく。


『マキーナ、あの光の落下点に向かうぞ!』


<ナビゲートします。>


俺は濁流の中から、人形に向けて丸太を投げつける。

走り続けている人形は、足を止める事無く俺が投げつけた丸太を、瞬時に断ち斬る。


『今だ!』


剣を振るう、その一瞬。

振った腕が人形自身の視界を塞いだその時を見逃さず、岸に這い上がり駆け出す。

あの人形が目以外で知覚していたらアウトだったが、そうではなかったようだ。

どうやら賭けには勝てたらしい。


命をかけた追いかけっこは、しかし俺のゴールで終わりを迎える。


『よぉし、ここならお前の自慢の機動力も発揮できねぇよなぁ?』


先程彼から聞き出したのはここ、浅瀬の沼地。

水位は膝下程度だが、底の泥は足首位までを簡単に埋没させる。


人形は、俺が走っていたことから、どうやらここを地面と認識してしまっていたらしい。

水面に足を踏み入れると派手に転倒したが、即座に立ち上がる。

ただ、俺には膝下程度だが、奴にとっては丁度膝くらいまで水没しているため、水と泥をかき分けて走るために、先程までの速度は流石に出なくなっていた。

残念なことに防水対策はされているのか、全身が濡れてもどうにかなる様子はなかった。


『クソッ、腹の傷から浸水とかで、内部機構がショートとかしねぇのかよ!』


<長時間沼につけていればその可能性もあるでしょうが、現状では難しいと想定されます。>


でしょうね!


そう言いたくなったが、堪える。

それでも機動力を殺せた事は大きい。


人形にジリジリと近付くと、向こうも両手に持った剣を構える。


「お、おい、アンタ、すぐに逃げろ!

ソイツの斬れ味は理解してるんだろう!?」


彼が慌てたように叫ぶと、援護してくれるのか森の中から矢を放ってくれた。

だが、放たれた2本の矢はあっさりと叩き落される。


『まぁな、腕一本斬り落とされた事もあるくらい、これの斬れ味は体験済みだよ。』


昔、どこかの世界で、似たような能力の剣に左腕をぶった斬られたことがある。

アレは防げない、かわさなきゃダメなことは、俺自身が一番知っている。


縦斬りで振り下ろされる右手の剣を、半身になりながらかわす。

水面に触れた高速振動剣(ヴィヴロブレード)が、小さな水蒸気爆発を起こす。

だが、人形はそれを意に介さず、振り下ろし空振ったその反動を利用し、くるりと横回転しながら左手の剣を横薙ぎに振るう。


『アンタの……おっと!』


横薙ぎを仰け反って交わし、沼の中を転がりながら距離を開ける。

転がりながらも、蹴り足で泥を跳ね上げる。


『アンタの仲間はさ、やっぱり凄かったんだよ。

コイツも、あと一歩まで追い詰めてたんだ。』


水蒸気の煙の中から、人形がユラリと姿をあらわす。


俺は、右の掌を水面につける。


『ちょっとツイてなかったのは、最初に魔術師が殺られたってところだと思うぜ。』


<放電、実行。>


マキーナの声と共に、俺の掌から高圧電流が水面を伝う。

マキーナが調べてくれていた。

人形の表面は宇宙用戦艦と同じ装甲材が使われており、耐圧、耐打撃、耐熱、耐電撃、耐冷と、殆どの攻撃は通用しない。

だが、奴の腹には彼の仲間が残した剣と、その破損箇所が残っていた。

沼地での戦いで、奴は全身ずぶ濡れだ。

それは、刺さった剣にも届く。


マキーナからの電撃を受けて、跳ねるように人形が踊る。


それでも相当耐久力が高いのか、最後の力で右手の剣を振り下ろす。


『あと一歩、後少しでコイツは撃破できたはずだ。

後に続くチャンスの布石は、しっかり残して置いてある。

倒してくれと、希望を託すことも出来たはずだ。』


振り下ろす腕、肘の辺りにハイキックを食らわせる。

人形の肘は、バキリと小気味良い音を立てて粉砕し、肘から先は沼の中に落ちていく。

反対の手に持つ剣をノロノロと振り上げたが、そこで人形は動きをピタリと止め、もう動かなくなった。


『……だが、アンタの仲間は最後のその瞬間、きっとアンタに生きてほしいと願ったんだろうさ。』


初見で仲間の魔術師のやられ方を見て、剣ではなく肘をシールドバッシュした重戦士。

特性を見抜き、人形の腹に剣の一撃を加えた軽戦士。


魔術師が気を抜かなければ。

重戦士が、人形は二刀流だと気付けていれば。

軽戦士の剣が、人形の腹を斬りつけた時に折れなければ。




……彼が、冷静に状況を分析出来ていれば。




きっと、彼等のパーティーは、また違った結末を歩んでいただろう。


でも、そうはならなかった。

これは、それだけの話。


せめてもの救いは、仲間が彼だけでも逃がそうとした事だろうか。

その事は、俺が彼の仲間の痕跡を辿り人形を倒した事で、彼自身に重くのしかかっているはずだ。

彼から約束通り権限を預かり、設定を終えると転送を開始する。




彼は膝から崩れ落ちた姿勢のまま、いつまでも泣いていた。

ちょっとリアルでの仕事がマズイくらい忙しくなっているため、新章突入前にお休みを頂きます。

次回更新は4/10(月)の午前2時となります。


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