443:敵討ち
「なるほどなぁ……。
お前みたいな旅をしている奴もいるのか。
不思議なものだ。」
感慨深げに俺の話を聞いた彼は、しかし直後に運ばれた食事に目を奪われる。
先程までの寡黙さはどこへやら、即座にフォークを握ると食事を始める。
同じ物が俺の目の前にも置かれる。
出来立ての湯気が立ち上る、デカいミートボール入りの大盛パスタだ。
あ、俺これ見たことある!
……いや、今はそれどころじゃない。
このままの勢いで、権限委譲してくれるならこれ程楽なこともない。
とりあえず、食べ始める前にお願い事を口にする。
「……そんな訳で、この世界を安定化させるためにも、アンタに“権限を一時委譲する”と言ってほしいんだが?」
「権限を移譲か……。
うーん、そうだな。
俺のお願いを聞いてくれたら、別に渡しても構わないが。」
静かにそう言い放った男は、旨そうにミートボールを口に頬張る。
旨そうに食うその笑顔を見ながら、俺は何となく3代目の泥棒の映画を思い浮かべていた。
「……なんだよ、思わせぶりな言い方しやがって。
まぁ、一応聞いておくが、そっちのお願いってのは何だ?
無茶な話だったり、尻を貸せってのは、流石に御免被るぞ?」
「馬鹿言え、そんなこと頼むか。
第一、飯が不味くなるだろが。」
彼はつまらなさそうにそう言うと、また旨そうに飯を食い出す。
仕方無い、まだ夜は長い。
ここは焦らずに話を聞くとしよう。
「……俺の願いってのはな、敵討ちだ。
あぁ、安心してくれ。
別に誰かを襲おうって話じゃない。
ある遺跡にな、付き合ってほしいんだ。」
皿が空き、エールが進んだところで彼がポツリと切り出す。
「……前の仲間の、って奴か?」
少しだけ、彼の目が細くなる。
先程まで上機嫌に食事をしていたとは思えない、鋭利な眼差しだった。
「……この世界に一緒に落ちてきた、友人達だったんだ。」
かつて、彼にはこの世界に一緒に落ちてきていた3人の友人がいた。
なんでも、この国の王様が異世界からの勇者召喚儀式で彼等を呼び出されたらしい。
ただ、そこで能力の鑑定を受けた際に、誰も勇者の素質も凄いスキルや称号も持ち合わせていない、ただの一般人の集まりと判明した。
そうなると非情なもので、召喚しておきながら彼等は幾ばくかのはした金と共に王の元から追い出される事となった。
それでもせっかく異世界に召喚されたのならと、彼等なりに力をつけ、いくつもの遺跡を踏破し、そこそこ名のある探索者グループになったらしい。
段々と名声が広がり、周囲の人間達が手のひらを返してチヤホヤしだし、彼等もそれに乗せられて有頂天になりかけていたところで、その事件は起きる。
“未踏破遺跡”
まだ殆どの機能が生きている遺跡に手を出し、そこの最深部にいた“守護者”を目覚めさせてしまったのだ。
それにより、彼等のパーティは彼を残し全員死亡。
それだけでなく、その遺跡にいた別の探索者達も残らず死亡するという、かなりの重大な事件となってしまった。
彼自身も重傷を負ったが、またもや手のひらを返して彼を悪し様に言う世間の目に耐えかねて、彼はここで名を変え、目立たぬように静かに生きてきたらしい。
「結局、この世界に来てから、俺の仲間はアイツ等だけだった。
あの時、確かに調子には乗っていたが慢心はしていない。
それでも、そんな俺達を嘲笑うかのように、あの守護者は俺の仲間を次々と殺していきやがったんだ。
俺の時間はあの時から止まったままだ。
いつか、借りを返したいとずっと思っていたんだ。」
何故、それが俺でないといけないのか?
この世界にも、高名な探索者はいるはずだ。
「いや、現代知識、というか、この世界の外の知識を持っていないとアレは対応しづらいと思う。
この世界の住人では、アレを理解する前に殺される。」
彼の言わんとしている事は、何となくだが理解はできる。
先程の遺跡を徘徊していたのは機械だった。
ならそういう知識があったほうが、確かに所見殺しは防げる筈だ。
どの道、彼に権限を渡してもらうには手を貸すしかない。
了承の意を伝えると、彼は先程の食事時のように、嬉しそうな顔になる。
無口で孤高な探索者、かと思っていたが、意外と表情豊かなやつなのかも知れない。
その後に久々に話題の通じる相手ということで、よく喋る彼の話を相づちを打ちながら聞く事になった事も、その印象に拍車をかけているだろうが。
「……マズイな、何かの討伐隊と被ったみたいだ。」
少し高くなった丘の上、下り道の遥か先、彼が指し示すその方向に目を凝らして見れば、大部隊の騎士達が列をなして進軍している姿が見える。
「俺達が向かう遺跡も、彼等と同じ方向なのか?」
彼に聞いてみれば、俺たちの先を行く騎士団の方向こそが、彼が何もかもを失ったその場所なのだという。
「あの遺跡はまだ未踏破の地域も多かった。
遺跡は発掘すればするだけ、希少な素材や金目のものが手に入るからな。
国としても、危険だからといつまでも放置する事など、到底出来なかろうな。」
もしかしたら、と、ふと思う。
国王が勇者召喚に頼ってまで手に入れたいのは、遺跡の機能なのではないだろうか?
王家にだけ代々伝わる何かの情報があって、それを手にしたいからこうして派兵してるのかも知れん。
「……大方、絶大な力か莫大な財宝、ってところなんだろうがよ。」
何となく察しはつく。
俺と彼が出会った遺跡、あそこは宇宙での戦闘を主軸とする、敵戦艦や防御陣地を破壊するための駆逐艦級の軍艦だった。
その機能が一部生きていて、自動防衛人形を未だに製造し続けているのだ。
これから向かう遺跡は、彼いわく出会った所の遺跡よりも何十倍、或いは何百倍の大きさらしい。
なら戦艦級か、下手したら要塞級だろう。
そこの機能が生きているとしたら、それこそ例え主砲の1本でも生きていようものなら、この世界の文明レベルでは絶大な力に見えるだろう。
それに、正規の自動防衛人形が製造できていて、それをコントロールすることができるなら、間違いなくそれは無敵の軍隊だ。
マズイものに首突っ込んじまったな、と、少しだけ後悔したとき、彼が“見てみろ”と声をかけてくる。
丘の上から見下ろせば、それまで綺麗な陣形で行進していた騎士達の動きが慌ただしい。
それどころか、先程までの統率が取れた動きではなくてんでバラバラな、混沌とした陣形にかわり、遂には逃げ出す者すら出始めている。
「アレが、俺達も殺られたガーディアンだ。」
混沌を煮詰めた、地獄のような風景が広がりだしていた。




