442:静かな交流
「なぁ、アンタはその……。」
「シッ、……問答は後だ。
今は静かにしてくれ。」
見た目が日本人そのもののソイツは、俺の話を遮り周囲を警戒する。
少し周囲の音を聞いていたかと思うと、突然遺跡に向かい歩き出す。
「信じられないかも知れんが、今は黙って着いて来い。
ここにいたら死ぬだけだ。」
少し進んでから俺の方を見ると、その男は手招きをしている。
こうして初心者を遺跡の奥に連れていき、“新人狩り”をする悪質な手合いもいると聞くが、それにしては誘いが雑だ。
それに、コイツには俺も聞きたい事がある。
黙って着いて行くと、少し小高くなった遺跡の構造物を登り始める。
手を貸してもらいながら登り切ると、壁裏に隠れるように伝えてくる。
「音を立てるなよ?
静かに覗き込むんだ。」
先程まで俺達がいた辺りを指差し、小声で呟く。
言われた様に音を立てないようにしながら壁から下を覗き込むと、ソレが歩いていた。
<勢大、“自動防衛人形”です。>
(そのようだな。だが、現地改修型か?)
全身が金属でできた、8本の足を持つ機械。
ちゃんとした整備がされていないのか、動く度にギシギシと音を立てるソレは、周辺を警戒するように触覚らしきものを時々伸ばしながら、やがて歩き去って行った。
<昆虫型の自動防衛人形でしょうか?
データベースには同一種はヒットしませんでした。
類似種はドッグタイプとアリゲータータイプになります。>
マキーナの疑問に、俺も答えられないでいる。
蜘蛛型の自動防衛人形は見たことがない。
それに、全体のシルエットが何か歪だ。
下半身こそ蜘蛛の様な形状だが、上半身には戦車のような平べったい砲塔がついており、そこから銃身と腕らしきものが複数本、不規則に生えている。
(製造情報にエラーでも発生してるのかな?)
コイツ等は基本的に、艦の自動生産工場で勝手に作られる。
基本的な方針を入力しておくと、その時々の環境に応じて生産工場で最適のデザインまで起こしてくれる。
とはいえ本体のベースは何パターンかで決まっていて、それに装備を合わせるくらいの程度だ。
だから、視界に映る自動防衛人形の様なデザインは、通常ではボツになる筈だ。
そもそもの基礎パターンからも外れている。
或いは、NGを出せる存在がいなかったから、そのまま製造されたのか。
「……いいか、あまり物音を立てるなよ?
多少は小声で会話する程度なら大丈夫だが、奴等は集音器……いや、耳がいい。
それと、障害物には隠れておけ。
サーモセンサ……蛇のように人の体温を感知してくるからな。
そして見つかるとあの頭から伸びている複数の筒、あそこから詠唱のいらない魔法攻撃をしてくるからな。」
マジマジとそれを観察していると、彼が小声で、言葉を選びながら説明してくれる。
俺は小さく頷くと、そのまま静かに自動防衛人形が通り過ぎるのを待つ。
ゆっくりと周囲を警戒しながら歩くそれは、数分もすれば歩行音も聞こえない程遠ざかって行った。
「よし、もう大丈夫だ。
あの魔獣は夕暮れくらいにまたここを通るだろう。
だからそれまでには、ここを引き上げる事をお勧めする。
アイツの魔法攻撃は強い。
魔導障壁じゃ防げないからな、注意するんだぞ。」
「なるほどなぁ……。
あ、待ってくれ。」
“じゃあな”と去ろうとする彼を俺は引き止める。
何も言わず立ち止まり、こちらを見る彼の目はどこか面倒くさそうだ。
きっと“調子に乗った新人が甘えてくるのか?”と思っているであろう事は、何となく想像できる。
「……なんだ?
悪いが子守なら他を当たってくれ。
今お前を助けたのは、ただ単に探索者の数が減るのが嫌なだけだ。
新人がいなければ、いつまでも俺がこの薬草取りから抜け出せないからだ。
俺は誰ともつるむ気は無いからな。」
「あぁいや、違う違う。
俺だって強い奴に寄生プレイしてパワーレベリングなんてのは、よっぽどの緊急事態でもなければゴメンだね。」
ワザと“転生者なら解るような表現”で伝えると、想像通り反応があった。
改めて俺が何者なのかと問われたので、自分の素性と目的、それと、少々のこれまでの旅を説明する。
「……なるほど、“異邦人”か。
お前みたいな奴もいるのか……。」
彼はそう呟くと、何かを考えていたがすぐに先程の道に降り立つ。
振り返ると、俺を見上げる。
「ここでは落ち着いて話もできん。
旨い店に案内してやる。」
それだけ言うと、先を急ぐように町の方向へスタスタと歩いていってしまう。
“ちょ、ちょっと待てよ”と慌てて後を追うが、彼は止まる素振りを見せない。
それどころか、足場の悪い密林の中を、まるで舗装路かのように手慣れた足取りで進んでいく。
あまり表情が変わっていないと思うが、その足取りはウキウキとした、何か悪巧みを思いついた子供のような足取りだった。
「この店だ。」
案内されたのは、町外れに近い一軒の古びた食堂。
だいぶ日も落ちたそれは、店の中の灯りが無ければ見落としてしまうのではないかと思うくらい、ポツンと建っている。
だが、店の外にまで良い香りが漂ってきており、店の中はそれなりに騒がしい。
“地元の人達しか知らない隠れた名店なのかな?”と思いながら、俺は案内されるまま店の扉をくぐる。
店の中は活気付き、並べられているテーブルと椅子には所狭しと人が座っている。
「アラ、いらっしゃい。
昨日来たから今日は来ないと思ってたわよ。」
「……いつものを、俺とコイツに。」
恰幅の良いおばさん、女将さんだろうか?が親しげに彼に話しかけるが、彼はぶっきらぼうにそれだけ告げると、空いている席に座る。
座った後で、目で俺にも座るように告げている。
遺跡からここまで、休むことなく歩き続けていた。
割と疲労感を感じていた俺は、促されるまま席につく。
ただ、席についた時、いや、店に入った時から何となく視線を感じていた。
敵意や殺意の類ではなく、どちらかといえば好奇の目、だろうか?
まぁ、彼の噂を集めている最中で、彼が誰とも組まなくなった、という話は聞いていた。
だから彼が客人を連れてやってきた事が、恐らくは珍しいのだろう。
「はいよ、まずはエール2つだ。
食事は今作ってるから、もう少し待っとくれ。
……にしても、アンタが客を連れてくるなんて珍しいね!
アンタ、コイツのお友達なのかい?」
「ハハ、いや、彼とは同郷でして。
まさかこんな異郷の地で出会うとは思わなかったので、互いに故郷の思い出話を、と思いまして。」
目の前の彼は、俺の言葉に特に反応することもなくエールを口にする。
女将さんも、俺と彼の姿を見比べ、何となく納得がいったようだ。
黒髪黒目、しかも俺達の顔立ちは、この世界だと結構目立つだろうからな。
俺がそう説明して女将さんが厨房に戻ると、周囲の好奇の目も少し和らぐ。
どうやら、皆それなりには納得したようだ。
俺もエールに口をつけると、彼を見る。
「まぁ、先に飯といこう。
腹が減っていると、人間はどうしても攻撃的な言葉を使ってしまうからな。
それよりも、出来るならお前のこれまでを、もう少し聞かせてくれないか?」
まぁ、料理が来るまでの時間つぶしには丁度いいか、と、俺はこれまでの事を話し始める。




