441:出会い
「権限を移譲か……。
うーん、そうだな。
俺のお願いを聞いてくれたら、別に渡しても構わないが。」
静かにそう言い放った男は、旨そうにミートボールを口に頬張る。
旨そうに食うその笑顔を見ながら、俺は何となく3代目の泥棒の映画を思い浮かべていた。
その男の事は、割とすんなりとでは無かったが、それでも相当苦労したうちには入らないくらいの労力で、見つける事が出来た。
そこは、少し変わった異世界だった。
エルフやドワーフといった亜人はおらず、人間だけが繁栄していた。
そこに存在するのは剣と魔法、移動手段は馬車で街の灯は魔法で灯されているなど、何となく想像するファンタジー海外そのものだ。
ただ、ここには迷宮は無い。
いや、あるにはあるのだが、それは魔原石と呼ばれる魔力がこもった石が高純度に固まった、“迷宮核”と呼ばれる動力が起因として発生するものではない。
“旧世界の異物”と呼ばれる遺跡、それがこの世界における迷宮だった。
そのためここでは“冒険者”という身分は無く、“探索者”という身分の荒くれ者達が闊歩していた。
この世界に転生していた彼は、そんな探索者の中でも一際群を抜いて何か光るものがある、というわけではなく、ただただ普通の男だった。
彼に関する噂を拾い集め、たどり着く頃には色々と情報が集まっていた。
彼は珍しい衣服を身に着けてこの国を訪れたが、色々と騙されて身ぐるみを剥がされたらしい。
そこで商人に売られて奴隷落ちする筈だったが、輸送中に商人のキャラバンが山賊に襲われ、たまたま探索帰りの探索者達が彼を助けたらしい。
そこで探索者達と懇意になり、そのまま探索者に志願。
そうして探索者になった彼は、近しい腕前の仲間を見つけてパーティーで活動するようになったが、ある時一人だけで、その辺の乞食のほうがまだ良い身なりしてるんじゃないか、と思えるほどボロボロになって帰ってきたらしい。
何があったか、パーティーメンバーはどうなったのか。
多くの探索者仲間が彼に問い、そして遂には答えを得られなかったとの事だ。
ただ、それまでもあまり話す方では無かったらしいが、この一件からより一層無口になり、誰ともパーティーを組まずに単独で活動するようになった、という事だ。
その過去からも、他の探索者達も彼へどう接していいか決めあぐねているうち、彼はますます孤立していった、というのが、俺が集めた情報だ。
転生者に近付くには、同業者になるのが手っ取り早い。
それに、探索者ならあちこち移動してたり話を聞き込んで回っても別に怪しまれることはない。
何より、他の世界の冒険者みたいなもんだから、日銭を稼ぐにはもってこいだ。
俺はまた適当にその辺の村から出てきたことにして、探索者登録を済ます。
とりあえず何をするにも先立つものがなければ始まらない。
登録を済ますと、早速手頃な遺跡へと向かう。
道すがら、登録時にもらったパンフレットのような冊子に目を通す。
「……まぁ、何となくどこも似たような事が書いてあるな。」
遺跡で戦闘中のパーティーに横入りするな、罪に問われないからと人を襲うな、別のパーティーが倒した化物のドロップ品を盗むな、何があっても自己責任、と、まぁ他の世界で注意されるような事がそこには書いてある。
<勢大、遺跡に到着しました。
……いくつか、私のデータベースに該当するものがあります。>
「あ?何だそりゃ?
ここに来た事があるってのか?
まぁ似たような世界を巡ってるから、そういう事もたまにはある?……のか?」
マキーナに言われ、周囲を見渡す。
緑が生い茂るその場所は、確かに既視感はあるがどうにも記憶に無い風景にも見える。
転生者が凄く厄介だったとか、腕の一本でも切り落とされたとか、何かちょっと面白い奴がいたとか、そういう何か強く印象に残った事がないと、俺はあまり覚えていない。
もう、1,000を越えた辺りから、渡った異世界の数も数えるのを止めている。
<いえ、この世界自体には初めて来ていると思いますが……。
これでどうですか?>
右目に少しだけ痛みが走る。
マキーナが俺の右目を操作して、植物が生い茂る構造物の輪郭を浮かび上がらせる。
「……これ、あれか?軍艦か?」
<類似船舶有り。
駆逐艦ランドグリーズの系列と思われます。>
思わず“マジか”という呟きが出る。
確かこの船はどこかの世界、俺が機動歩兵として戦っていた時に見た船だ。
まぁ厳密には同じ船では無いのだろうが、それでも同型艦である事は間違いないだろう。
<一応、本件は記録しておきますが勢大、まずは依頼を片付けてしまいましょう。>
「あ、お、おぅ、そうだな。」
今回の依頼は初級探索者でも出来る簡単な物という事で、この辺りに生えている、回復薬の材料となる草を採取するのが目的だ。
薬になる草とただの雑草が非常に良く似ているらしく、それなりに稼ぎにはなるが手間と労力を考えるとベテランはあまりやりたがらないという、実に初心者向けの依頼だ。
マキーナが表示する正しい薬草の形と照合しながら、地道に草を集め続けている。
<勢大、近付く存在があります。>
マキーナの警告に、静かに身構える。
視界に映る光点は、まっすぐ俺に向かって近付いてきている。
気配は消しているつもりだが、それなりに能力のある奴なら見つける事も出来るだろう。
「……珍しいな、薬草採取を俺以外の奴がやっているのは。」
近付く存在は、俺の攻撃範囲に入るか入らないかというところで何かを感じたのか立ち止まり、そう呟く。
「隠れてる奴、驚かせるつもりはなかった。
俺も薬草採取の依頼でここに来ている。
ここを抜けた先に向かおうとしただけだ。
別にお前を攻撃する意志はない。」
近付く存在を冷静に見てみれば、かなり使い込まれた革鎧に身を包んだ、黒髪黒目のアジア系。
両手をだらりと下げたその姿は、達人の所作というよりは“さして興味を持っていない”という風に感じ取れる。
首から下げた階級章が、彼も探索者だと示している。
階級章の色から、ベテラン一歩手前の探索者だとも理解出来た。
「すまない、アンタが真っ直ぐこっちに向かってきたもんだから、何か悪さされるんじゃないかと警戒しただけだ。」
相手が同じ探索者という事で、隠れていた茂みから立ち上がる。
こういう時、隠れ続けるのもルール違反だ。
詐称している可能性も考えられなくはないが、目の前の相手からは本当に全く殺意や害意のような物は感じられなかった。
「いや、それで良い。
ちゃんと警戒出来る探索者は生き残れる。」
ぶっきらぼうだが根は良さそうな人物。
彼に最初にいだいた印象はそんな感じだった。




