43:転生者の糸口
それなりに読み書きが出来るようになり、物腰と見た目から、教会での炊き出しに優先的に駆り出され、挙げ句に教会の孤児達に読み書きを教える立場になっていた。
「兄貴、俺等ホントにヤクザ者なんですかね……。」
「キンデリックの親父がいつも言ってるだろう。
“足を洗うならいつでも言え、仕事探してきてやる”と。
親父だってやりたくてヤクザやってるわけじゃねぇだろうさ。
コイツらをそうさせないために、俺やお前がこうしてるんだろうが。」
そう話しながらも、気付けば現状に対しそれなりに心の平穏を得ていたことに気付く。
久々にマキーナを起動し、視界の左下に88.05と表示されていることを確認する。
まだ、俺はこの世界に飲み込まれてないはずだ。
しかし、これがいつまで続くのか。
その内満足して、ここで一生を終えてしまうのか。
残した妻や親はどうなるのか。
そう悩みながらも行動自体は手慣れたモノで、教会でシスター達が炊き出しを始める頃、俺達は順番待ちの列を作り始めていた。
「オイゴラァ!割り込むなっつってんだろぅがぁ!」
若い衆が威勢良く並べていく。
教会の神父やシスターでは、これは確かに荷が重いだろう。
列に並ぶ老人に声をかけていると、広場の外れからよく通る声が聞こえた。
「ここで炊き出しをやっているんですわね。」
あまり場にそぐわない声を聞き、俺は振り返る。
豪華な刺繍の入ったドレスを着た、14~15歳位の少女が護衛らしき二人の男達とその場に立っていた。
咄嗟に思ったのは、“あまり良い状況じゃねぇな”という気持ちだった。
炊き出しに来る人間はそれこそ今日の糧すら無い貧民だ。
そう言う人間は、裕福な人間の好奇の目を一番嫌う。
それこそ、次の瞬間にはここにいる集団が怒りのはけ口に襲いかかってもおかしくない。
それくらい、実際この場は危うい。
嫌だなぁと思いながらも、先手を打つことにする。
「くぉらガキィ!見せもんじゃねぇぞ!
とっとと失せろぉ!」
ワザと大声でそう叫ぶ。
護衛二人が身構えたが、構わず歩み寄る。
列に並んでいる人間は慌ててこちらから目をそらす。
よし、それでいい。
「ここは危ない。
スラムの出口まで誘導する。」
近付きつつ小声でそう伝え、少女を見る。
怯えながらも、こちらの意図をくんでくれたようだ。
護衛二人にも警戒をとかせている。
見かけによらず、強い少女だ。
だが、護衛騎士の一人は彼女ほど腹が据わっていなかったらしい。
“無礼者!”と叫びながら抜刀しようと剣を握る。
「あぁ、そう言うのいいから。」
抜きかけた剣の柄を左の掌底で打ち返し、強制的に鞘に戻す。
何が起きたか一瞬わからなくなった騎士の顎に、右の掌底を鈎突きで打ち抜き、昏倒させる。
「そっちのお前も余計なことするな。
お嬢さんの方がよっぽど肝が据わってるぞ。」
もう一人の騎士は青い顔をして頷くと、剣から手を外す。
そのまま追い返す振りをしながら、昏倒した騎士を担ぎ上げ、一緒に歩く。
「脅かして悪かった。
だがなんだってこんな所に?
貧しいモンはね、いつだって他人を、特に金持ちを羨んでいるんだ。
そこにあんたみたいのがろくな護衛も付けずにやってきたら、襲ってくれと言ってるようなもんだ。」
お嬢様が物見湯山で来たのだとしたら、かなり悪趣味だ。
しかし、こちらを見返す少女の目には狂気は宿ってない。
むしろ高い知性が伺える。
それだけに不思議だった。
「申し訳ありません。
しかし、自分の目で見ておきたかったのです。
どうしたらこの貧民街を無くせるか。
そのためにも、現場を見れば何かわかるかと。」
難しい問題だ。
俺みたいにただのおっさんに、答えなんか出せない。
そう言うのは経済学者か誰かの分野だろう。
「そうさなぁ、アンタ、実際見てどう感じた?」
少女は前を見る。
「正直に申し上げて、あまり衛生的ではないのかなと。
そう言うモノを改善し、もっと食料の配給を行き渡らせれば……。」
凄いな。
幼いのによく考えてる。
「確かにそれが一番大事かもしれん。
よく気付けたなと、尊敬するよ。
ただ、おっさんの意見だと、それだけだと家畜と同じになっちまうと思うな。」
続きを促され、大した事は話せないがと前置きする。
「夢のような空論だが、衛生環境の改善、栄養の改善、それと働き口の確保だろうな、と思う。
自分の力で生きている、という希望を得られなければ、飼い殺しの家畜と大して変わらん。
そうなれば人は必ず堕落する。
人は皆が皆、君のように強くはないからね。」
言っていて、少し寂しく思う。
今炊き出しにすがっている人間だって、何割かは“何もしなくても飯が食えるからいいや”という気持ちでいる奴もいるだろう。
“働き口がない”と諦めて、そのまま腐った奴もいる。
勿論全てそうだというわけでは無い。
働ける場所があれば働きたい。
子供にはまともな教育を受けさせたい。
そう考えている奴も沢山居る。
ただ、置かれている環境がソレを許さないのだ。
個人に出来ることは少ない。
俺だって、他に出来ることがないからと、暴力を売り込んだわけだしな。
「私は、変えたいんです。」
真っ直ぐにこちらを見る少女の目が、眩しかった。
もしも自分に子供がいたなら、こう育って欲しいと思えるくらいには。
「俺の名前はセーダイという。
その夢が実現できるよう祈っている。」
スラムの出口までたどり着き、少女を見送る。
やはり良いところのお嬢様だったようで、馬車が待っていた。
彼女は優雅に振り返り、スカートの裾をつまむと小さくお辞儀をした。
「名乗り遅れました。
私、ロズノワル公爵家のサラ・ロズノワルと申します。
来年、王立魔道学院に通うことになりますので、何かの折にはよろしくお願い致しますね。
ご機嫌よう、セイダイさん。」
確証は無い。
だがその発音でピンときた。
この世界の住人は、“セーダイ”としか発音しない。
俺もそれが解っているから自己紹介では“セーダイ”と言っているのだ。
だが、彼女の発音は“セイダイ”だった。
なるほど、恐らくは彼女が転生者なのだろう。
女性転生者とは思わなかった。
だがしかし、この様子だと彼女の望む何かを解決しなければ、しらを切られて話には応じてくれなさそうだ。
来年、王城近くの魔道学院に通うと言っていた。
あまり宜しくない組織の一員である俺と縁を繋ぐと言うことは、彼女なりに何かやって欲しい事があるのだろう。
困ったことになったと思いながらも教会に帰ると、キンデリックの親父から相談があると言われ、後を若い衆に任せていつもの酒場に向かう。
そこで、更に難問が待ち受けていた。




