438:種明かしと別れ
[もう、いいのかしら?]
水晶の少女は、静かに言葉を紡ぐ。
『あぁ、もう良い。
やるべき事はやった。
伝えるべき事は伝えた。
後はもう、俺の出る幕じゃない。
飛び入り参加の役者が、いつまでも舞台に居座るほどたちの悪いものはない。
手紙で伝えた様に、アンタが“本当の転生者”なら、俺に権限を一時的に移譲してくれ。』
水晶の通信越しではあるが、予想通り権限は移譲され、世界のパラメータを弄る事が出来る様になっていた。
『やっぱり、この世界の転生者はアンタだったんだな。』
画面に1/2と映し出されたらどうしようかと思ったが、そんな事もなく無事に移譲されたところを見ると、ダンもまた、世界の異物扱いだったという事だ。
しかし、愛しい妹を追って強引に転生とは、中々強烈な奴だった。
[そう言えば、何故元の世界の歴史を辿ったのか、とか、何故ダンの不正能力がアナタに効かなかったか、とか、お聞きにならないのですね?]
ふと思い出したように、コチョウが不思議そうに俺を見る。
転送作業をしながら、俺もチラとコチョウを見る。
『あぁ、それか。
いや、これは個人的な経験からの勘で、確証は無いんだがな。
アイツの人心掌握とやら、恐らく不正能力レベルじゃなくて、スキルレベルだったんじゃないのか?』
アイツの能力の効きが悪すぎた。
もし本当に不正能力レベルだとしたら、俺に効かないはずがない。
神そのものはともかく、“神の力”には俺でも対抗はできない。
それなのに、マキーナにはかかっていても俺にはかからない、それがずっと引っかかっていた。
マキーナと俺の違い、それは単純に“異世界産かそうでないか”だ。
俺には魔力がない。
だから物理的な現象を引き起こす攻撃魔法や、暗闇で視覚を奪うといった行動阻害系魔法ならともかく、混乱や魅了といった精神に影響するような魔法、それと回復系の魔法は効きが悪い。
他方、マキーナは異世界の能力を取り込んでいるため、当然ながらなのか魔力を保持しているらしい。
ついでに言うなら、魔族への魅了のかかり方がおかし過ぎた。
不正能力なら、もっと思想の根底から洗脳されていて然るべきだ。
それこそ、反逆など思いつきもしなければ、本来の目的を隠して協力するなどあり得ない。
『それとまぁ、これは勝手な推測なんだが、本当の“人心掌握”という能力を持っているのは、もしかしてアンタなんじゃないのか?』
俺の問いに、ホログラムの少女はニッコリと笑顔を返す。
その笑顔で全てが解る。
やはり、俺の想像通りだった。
[結果的には仰るとおりですわ。
でも1つ訂正を。
あの男は、やはり神から不正能力を授かっていたんですよ。
能力の本当の名前は“事象改変”。
あの男が本気でそうだと思い込んでいる限り、そのようになる能力だったんですよ。
あの男がもう少し自分に自信があったなら、この結末にはならなかったでしょうね。]
何ともまぁ。
だが、確かにと思う。
例えば“自分なら絶対に出来る”と思えることでも、ほんの少し、頭の片隅では“もしかしたら”を想像してしまうものだ。
絶対の自信を持つまで訓練していたなら別だが、普通の人間であれば100%自分を信じ切るのは難しい。
なるほど、だから全てにおいて詰めが甘いのか。
魔王を倒しきれると信じていたから倒せたが、心の片隅、無意識の領域では出来そうにないと考えていたので殺しきれず。
人心を掌握していると信じていたが、無意識に“かかっていなかったら”と考えてしまうから、自由意志を奪いきれなかったり。
多分俺の場合は、それこそ“元の世界”が強く認識できてしまっていたのだろう。
元の世界には魔法もなければ都合のよい不正能力も無い。
そんな無意識の思い込みが、この結果に結びついていたって所か。
……。
ん?
……って事は、俺って結構危なかったんちゃう?
[気付かれましたか?
でも、結果的にはアナタの存在が“自分の能力は効かないかも知れない”とあの男の心に隙を生み、私の言葉を信じるきっかけになったのですから。
これは思いがけぬ僥倖、というのでしょうか、ともあれ簡単に引っかかってくれて、凄く助かりました。]
ホログラム上で舌を出すコチョウを見ながら、“やっぱり女って怖いなぁ”と、素直な感想が出てくる。
『……まぁ、結果こうなったから、何でもいいけどよ。
ただ魔族と人間族の間の子の、ムッターマの奴を操ったのはあんまり感心しないと思うがね。』
思えば、ムッターマは被害者だ。
多分、この世界で1番の被害者だろう。
胸の内にある復讐心を逆手に取られ、良いように吹き込まれ、そして結果は今もそこに死体として転がっている。
[その事に関しては言い逃れできませんが。
それでも言うなら、“放置しておけば革命を起こす可能性があった、だったらいっそ”と……。
いえ、利用した事は否定しません。]
『なるほど、“解っててやった”のか。
良い答えだ。
悪を悪として認識しながらやってるってんなら、俺がどうこう言うべき話じゃねぇ。』
現在の結果から、それを酷い事だ、悪だと断罪する事も出来るだろう。
ただ、ムッターマも転生したコチョウも、言ってみればこの世界の一部だ。
これがもし“世界を平和にするために、彼は必要な犠牲だった”などと抜かしていたなら、間違いなく世界に不要な倒すべき敵と俺は認識していたかも知れない。
勝手な言い分だが、俺には“悪には悪の美学がある”と思っている。
転生者にありがちな、自身を善と思い込み無自覚に悪をバラまく手合いなら、それは世界の理に反する力を使い、世界を崩壊まで導く病巣になりかねない。
それは何としてでも剪定する必要がある。
だが、そうでないならそれは、この世界が自ら選んだ選択に他ならない。
発展も滅亡も、この世界に生きる人々が選ぶ事だ。
ここに立ち寄り、また出ていく俺にはそれを、批判も判断もする事は出来ない。
コチョウが言うには、ムッターマは差別をなくそうと同士を集め、武装蜂起しようとしたところを人間族のスパイに察知され、そしてスカウトされたらしい。
見方によっては、“国家転覆”という壮大な夢を見た男が、その大きすぎる夢の対価を支払っただけ、かも知れない。
[もう行っちゃうのね。
アナタとはもう少しゆっくりとお話したかったけれど、残念だわ。
また立ち寄ることがあれば教えて頂戴。
歓迎するわよ。]
作業をほとんど終えて、後は実行ボタンを押すまでにした俺は、手を止めてホログラムのコチョウを見る。
『嫌なこった、二度と来るかよこんなクソ世界。
アンタはせいぜい、兄貴の干渉のないこの世界を満喫することだ。
大体、俺を呼ぶ様な物好きな奴は、この世界にはいねぇよ。』
[アラ?後ろの彼女はそう思ってないと思うけど?]
悪戯っぽく笑うコチョウに釣られて、俺は視線の先を追う様に振り返る。
そこには、怯えた子犬のような目をしたアンバーの姿があった。
「せ、セーダイ、私は本当にその、貴方の事を心から……。」
『ストップだ、アンバー。
俺はただの幻。
……この世界にはいない、ただの異邦人だ。
お前は、存在しない男の幻影を見たに過ぎないんだよ。』
アンバーが、言いかけた言葉をグッと飲み込むのが見えた。
『ただ、俺がいなくなると、お前が分け与えてくれたこの魔力が消えちまうのは、ちっと申し訳無いと思うがね。』
「……それなら、問題ないんだ。
お前が死ぬかこの世界からいなくなれば、魔力は私のもとに帰ってくるんだ。
……だからこそ、私は魔力をお前に預けたのだから。」
さっき、仮に俺がアンバーを殺したとしても、魔力は全て俺に集まる。
そうして俺がこの世界からいなくなれば、浮いた魔力は近親者、この場合魔王に注ぎ込まれるらしい。
俺が魔力を持っていない事、そして“必ずいなくなる”事を見越した、良いアイデアだった。
『なるほど、じゃあ問題ねぇな。
しっかり最後まで俺を利用しようとしたその手腕、見事だぜアンバー。
完全に俺の負けだ。
それだけ抜け目ないなら、かえって安心したぜ。
じゃあな、アンバー。』
「違うの!それでも私はアナタの事が……!!」
決定と同時に一瞬で転送が始まり、光に包まれると世界を渡る。
アンバーの言葉は、最後まで聞こえなかった。
でもそれで良い。
さぁ、また次の旅を始めるか。




