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異世界殺し  作者: Tetsuさん
昇る光
438/832

437:断罪

「異邦人、お前には感謝しているよ。

あの転生者には何度殺しても足りないほどの憎悪があるが、お前は私達の為に走り回ってくれた。

こうして、大使も味方につけて人間族と話をつけようともしてくれていたのは解っていたしな。

手土産の包み紙に魔力で文字を書くとはな、よく考えたモノだ。

アレは、中々良い手だ。」


『……やはり解っていたのか。』


キルッフがこうして水晶を持ち帰ってきた理由。

実際、俺はキルッフに手紙を託していた。

キルッフとの度重なる飲みの席、そこで会話とは違う筆談を行い手渡しの方法や検閲のかい潜り方を検討し、茶番まで用意した。

俺が機密文書を手渡すから現行犯で捕まえた方が良い、という噂も、俺とキルッフがワザと流したものだ。


そうして、託す手紙には俺の素性、現在の状況。

少しだけ賭けにはなったが、それらを説明した上で、もう一人の転生者と思しき人間族大統領に協力を依頼していたのだ。


とはいえ薄々、人間族の大統領が転生者の片割れであるとは勘付いていた。

あちらの方が、言ってみれば元の世界の正史に近い動きをしていた。

あれは間違いなく、“俺達が元いた世界の知識”が無ければ出来ない芸当だ。

まぁその為には、こちらも元いた世界と同じ様な動きをする必要があるのだが。


「そうだ、解っていたとも。

魔力を分け与えたお前の行動はな、例え魔力そのものはお前の何とかという機械に吸われたとして、魂は繋がる。

だから、その動きに至るまで私だけは感知することが出来るんだ。

お前がそこの大使と筆談している内容も、全て把握していたよ。

だから魔力で書いた手紙を用意していることや、それを感知し辛くなる高級紙で包んだ土産品に隠す事は、前もって知っていたさ。」


『……ハハ、そりゃ気付かなかった。

この世界で魔力を分け与えた奴等は、浮気とか出来なさそうだな。』


俺の軽口に、アンバーは一瞬だけ笑う。

その笑顔は優しく、無垢な少女のように感じられた。

だが、すぐに元のような氷の仮面へと戻っていた。


その表情を見ながら、俺も渡した日の事を思い返していた。

あれをキルッフに渡した日の朝、アンバーは俺と入れ違うように、俺の部屋に来ていた。

当然、出かける前はアンバーはいなかったのだから、俺がどこに行ったか、誰に何を渡したか、そこで何があったかなど、アンバーが知るはずもない。


それなのに、アンバーは俺がどこで何をしていたか、完全に把握していた。

あぁ、そういう事も見逃していたのかと、自分が恥ずかしくなる。

やはりどうも、俺はそういった機微には疎いらしい。


『……俺の行動が全て解っていたと言うなら、これまで俺が何を見て、今お前をどうしたいか。

……解っているって事だよな?』


氷の仮面だったアンバーに、少しだけ苦味が走る。

確かにアンバーの言う通りなのかもしれない。

その表情を見ただけで、アンバーがどういう感情で今立っているのか、何となく感じることができた。


俺は歩きながら先程まで座っていた椅子に近付き、ハンドガンを拾う。

左手に持ったそれは、至る所が傷だらけだ。

ふと、テセウスの船の話を思い出す。

中身は殆ど入れ替えているが、外側は受け取った時のモノだ。

きっとまだ、強い想いが込められている。

俺はそう信じている。


視線をハンドガンからアンバーに向ける。


『彼女等がどう思って俺を迎えてくれていたか、それは解らない。

ただ俺は、俺が信じた彼女達のために。

……アンバー、お前を討つ。』


「……彼女達は、皆お前の事を好いていたよ。

私も、お前を盗られまいと先に魔力移譲をしたのだから。」


全力で踏み込む。

瞬時に間合いを詰め、アンバーの正面に位置取る。

右拳に全力の力を込め、アンバーの顔面にめがけて振り抜く。

全身全霊、普段は抑え込んでいる、異能にも通ずる鍛え上げたこの力。

それは正しく振り抜かれ、衝撃は後ろの壁すらも粉砕する。




「……何故?」


アンバーは、納得の行かない顔でこちらを見つめる。

俺の拳は、アンバーの頭の脇を抜け、何もない空を打ち抜いていた。


俺の顔とアンバーの顔が近付いたまま、アンバーは表情を変えずに俺を見つめる。


『殺されて、それでチャラにしようってんならそれは大間違いだ。

お前という墜ちた悪を倒してメデタシメデタシってのはな、誰か他の正義の味方がやればいい。

俺は確かにハッピーエンド厨だがな、たまにはメリーバッドエンドも悪くはない。』


そう言うと、ハンドガンをアンバーに渡す。


『お前の、大切にしていた部下からの預かりものだ。

お前に返してやる。

……その銃にこもった想いを、受け取りやがれ。』


ハンドガンを受け取ったアンバーは、しばらくそれを見つめる。

やがて、膝をつくと、ハンドガンに雫が落ちる。


「……どうして。」


ハンドガンを胸に抱きしめ、俯くアンバー。

その姿はまるで、神に祈りを捧げる聖女の姿だ。


「どうして殺してくれないの!?

サファイアを!タンザナイトを!ゴールドもシルバーも!

みんなみんな殺したのよ!?

私も死んで、それでパパが生き返って!

残されたみんなで一生懸命復興して、そして幸せに暮らしましたとさ、で終わる物語でいいじゃない!!

アナタになら、アナタになら殺されてもいいと思っていたのよ!」


『……その物語も悪くねぇが、そこにはお前がいないからな。

俺はそんな筋書きはお断りだ。

それに、悪いが裁くのは俺じゃない。

……俺は、俺はお前の言うように、ただの異邦人だ。

裁きを下す神様とやらに、生憎なった覚えはない。』


俺はアンバーに背を向け、水晶を拾いに歩き出す。

俺が離れた瞬間、アンバーは銃口を自身の額に向けて構え、そして引き金を引く。


『……どうやら、アイツ等もお前には死んでほしくなかったみたいだな?』


撃鉄は虚しく金属音を響かせ、弾丸は発射されない。

焦ったアンバーが再装填しようとすると、ハンドガンはバキリと音を立てて中の部品が破損する。


正直、自害するだろうとは思っていた。

そして、それならそれで良いと俺も思っていた。


アンバーを討つのは俺ではない。

犠牲になった、彼女達の意志だ。

その為にちゃんと整備したし、弾丸はまだ装填されている筈だ。

偶然にしては出来すぎている。

それはもう、何者かの意志の介在を疑った方がいいレベルだ。


それはつまり、あの銃に宿った彼女達の意志なのだろう。


『テセウスの船はその意志がある限り、やっぱりテセウスの船なんだろうな。』


「……何を言っているのか、私には解らないよ……。」


俺を見るその女性は、全ての仮面が剥がれ落ちていた。

そこにいるのは、死ぬ事も出来ずただ泣き崩れる、1人のか弱い女だった。

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