436:幕引き
[改めて、交渉とまいりましょう。
アンバー姫殿下、この戦争を終わらせる事を望みますか?
アナタ方がこの戦争の終結を望むなら、私はいくつかのご提案をする用意があります。]
ホログラムに映るコチョウは、喚くダンを無視しアンバーに問いかける。
コチョウが提案する案とは、魔族軍の武装放棄、獣人大陸からの魔族軍の完全撤退、魔族大陸での治安が回復するまでの間の人間族軍の駐留と統治、それを許容することで獣人大陸からの撤退支援と食料支援、更には経済的な支援を約束するものだった。
ここまで追い詰められた以上、この案を飲むしかないだろう。
だが、ダンはどうなるのか。
本来なら戦争犯罪における首謀者として、死刑は確実だろう。
しかし、殺してしまえばある意味でコイツは自由だ。
それこそ、もしかしたらまたあの存在と会い、もっとタチが悪くなって戻ってくるかも知れん。
そうならば、生きたままの引き渡し、というのが妥当なところだろうか。
[それともう1つ、そこにいる転生者の処遇ですが。
……アンバー姫殿下、そちらの地下にいらっしゃる前魔王は、まだ御存命かしら?]
その言葉に驚き、思わずアンバーを振り返る。
アンバーはまるで表情を動かさず、蝋人形のように微動だにしなかった。
[……その様子では、まだ御存命のようね。
ならば良かったわ。
先程の条件を全て飲み、人間族に降伏するのなら、この転生者の生命エネルギーを使い復活させる方法を教えます。
完全復活とは行かないけれど、この転生者を生かし続けることによって、前魔王のエネルギーを維持する事は可能よ。
そうすれば、アナタ達のもう1つの目的“魔王復活のための魔力の収集”は、必要なくなるわ。]
蝋人形のようだったアンバーが、疲れた表情を見せると深いため息を吐く。
「そこまで知られていて、ここまでの条件を得られるのなら、文句はない。
我々魔族は、人間族に対して降伏する。
……此度の戦い、同胞が死にすぎた。
復興は、長く険しいものとなるだろうな。」
[アラ、そんな事は無いかもしれないわよ。
だって、私達が元いた国もそう。
貴方達のような状況から、それでも立ち上がって見せたのだもの。]
ホログラムの少女が穏やかに笑いかけると、アンバーもつられて疲れた笑みを浮かべる。
幕引きは実に静かな、そして穏やかなモノだった。
ここに獣魔共栄圏戦争、人間族側の言い方をするなら全種族世界大戦は、魔族の敗北という結果で終了した。
「ふ、ふ、ふ、ふざけるな!
わわわ私は、いや俺はこんな事、認めんぞぉぉ!!」
ダンは地面に水晶を投げつけると、アンバーを指差す。
精一杯肩を怒らせ虚勢を張っているが、先程までのオーラは微塵も感じない。
現に投げつけた水晶は、破損することもなくただ転がるだけだ。
能力を剥奪される前であれば、きっと余裕で破壊出来たことだろう。
「お、俺はこの国をまとめ上げ、立て直した国王だぞ!
国王に対して無礼を働く気か!?
そもそも、お前等だって喜んで俺に尻尾を振って……!?」
「黙れ。」
アンバーが指を鳴らすと、ダンの両膝から下が瞬時に吹き飛ぶ。
急に膝から下を失い、重力に従ってドン、と膝から地面に落ちる。
落ちた後、バランスを失い尻餅をつく様が、少し滑稽だ。
「〜〜〜〜〜!?
い、痛い!!
い゛だぁ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛い゛!!」
地面に落下した衝撃で思い出したかの様に、両足から血が勢い良く噴き出す。
それに合わせて痛覚も戻ってきたのか、痛みで苦しみ、のたうち回る。
『ちょっと形は違うが、これが対応その4だな。
不思議なことに、転生者が現れるとその不正能力に対抗するかの様に、世界がカウンタースキル持ちを用意する事が多い。
そいつを味方につけて、転生者にぶつけるってのが本来の対策なんだが。
……まぁ、今回のお前には当てはまらんな。』
のたうち回るダンに声をかけるが、当の本人はそれどころではないらしい。
顔中を涙と鼻水でグシャグシャにしながら、血を吹き出しつつのたうち回り続ける。
「暴れ回られても迷惑だな。」
アンバーが更に指を鳴らすと、ダンの両腕が吹き飛ぶ。
流石に脳の許容限界を超えたのか、声にならない悲鳴を上げると白目を剥き、フツリと倒れる。
[殺さぬようにお願いしますよ?]
「心得ている。
おい、その者を運び出せ。
魔導師をつけ、常に回復させ続けろ。
但し、手足と意識は戻さぬように。」
衛兵が素早くダンを拾い上げ、数人がかりで担ぎ上げて玉座の間から運び出す。
それは元国王を扱うのではなく、まるで汚物の入ったズタ袋を扱うかのようなモノだった。
運び出された後で、コチョウがアンバーに“エネルギーに変換する方法”を伝えていた。
それによれば、地下にある生命維持装置を一部修正し、システムにダンを組み込むことで魔王の生体エネルギーを補い続けるらしい。
あいつにとってせめてもの救いは、二度と目覚めぬ状態で封印される、という事だろうか。
これからアイツは“二度と目覚める事も死ぬ事もない”拷問を受け続ける事になる。
それを少しだけ哀れに思うが、アイツ自身、もう後戻り出来ない所まで来てしまっている。
魔王を殺しかけ、その娘を辱め続けたのだ。
仮にこの提案がなければ、意識を保ち生きたまま何度も殺されるような拷問を受ける事は間違いない。
それよりかは、正直“幾分マシ”な扱いだろう。
運ばれていったダンを見送ると、俺はアンバーに向き直る。
アンバー自身も俺を見つめ、悟った顔をしている。
『さて、アンバー?』
周囲の将校や残りの衛兵が身構えるが、アンバーが指示すると全員が道を開ける。
「……おおよそ、お前の考えている通りだとは思うがな、セーダイ。
だが、答え合わせは必要だろう。
お前の考えを、私に聞かせてくれ。」
アンバーはとても落ち着いた、穏やかな表情をしていた。
それはまるで、この後自分の身に何が起きるか、予知でもしているかのような落ち着きぶりだった。
『色々言いたいことがある。
……いや、あった。
こうして言葉にしようとすると、どこから言っていいのかも解らん。
だから簡潔に聞こうと思う。
……お前、いつから覚悟を決めていた?』
「……始めから。
というと少し嘘になるな。
始めは計画だけに過ぎなかった。
私がこれを実施しようとしたのは、あの時さ。
お前と二人で向かった、あの和平交渉の時。
……あそこで、私は殆どの事を諦め、そして覚悟を決めた。」
気付けなかった。
いや、気付かないフリをしていただけか。
確かにあの時、あの後から、アンバーの感情は揺れ動かなくなっていた。
俺は、あそこから間違えていたのか。




