432:現実感の喪失
『クソッ!このっ!!』
自由に飛び回る敵騎士の動きを先読みし、左腕の機銃を振り回し乱射する。
上昇という一方向にしか進まない俺の行動を見抜いたのか、敵騎士は俺の後ろに回る。
『こなくそ!!』
<勢大、側面から使い魔です!>
マキーナの声に反応するが、少し遅かった。
どうやら敵の使い魔はそこまで高出力という訳では無い様で、射撃攻撃はしてこなかった。
だが、使い魔の側面から前面にかけて、黒い剣の様なモノが伸びている。
右腕で1機ははたき落としたが、その後が続かない。
『ぬ、ぐぁ!?』
背中から1機、右脇腹から1機、動きが悪くなったところを正面から腹部に1機。
使い魔が殺到し、次々とその刃が俺に挿し込まれていく。
<ジャンプジェット、エネルギーカット。
応急手当にエネルギーを回します。>
よせ、止めろ。
俺はまだ、やられてない。
喋ろうとしても、口からは血の泡を吐き出し唸り声が漏れるだけ。
上昇する力を失った俺は、海面に向けてゆっくりと落ちていく。
そうして落ちていく俺に対して、狙いがそれた1機の使い魔の剣が、俺の左腕の機銃に突き刺さる。
<九二式改、破損。
弾薬用エネルギー、カット。
勢大のバイタル、危険域に突入。
エネルギーは応急手当に回します。>
ダメだマキーナ、これを撃てるようにしろ。
あの騎士を止めなければ。
反論しようにも、更に挿し込まれる敵使い魔の剣による激痛で言葉が出ない。
霞む視界で敵騎士を見れば、それまで背中に装備していた長砲身の大砲を展開し、地面に向けて構えている。
『や……め……ろ……。』
長砲身の大砲から、握り拳くらいの大きさの弾頭が射出される。
アドレナリンが出すぎているせいなのか、それは酷くゆっくりと、俺の目に映っていた。
<対閃光、対放射線防御障壁、展開。>
マキーナの機械的な声が、俺にこの後の全てを理解させる。
お願いだ、誰か助けてくれ。
もう誰でもいい、助けてください。
頼むよ、お願いだよ、助けて神さ……。
俺の思考は、強烈な閃光と轟音、そして爆風で中断する。
この異世界で初めて使用されたその爆弾は、半径1キロメートルの地上全てを消失させ、半径2キロメートル圏内を焼失させ、半径4キロメートルに及び甚大な被害を与えた。
後に最終的な調査報告では、平野では半径8キロメートルの圏内にまで、被害を及ぼした事が記録された。
当然、爆心地から半径4キロメートルの地上には、生きていられる者など存在しなかった。
老いも若きも、男も女も。
誰も彼も何もかも、押し寄せる熱と爆風で、消し飛んでいた。
『……ここは?』
意識が戻った俺が見たものは、夜空にとても美しく輝いている月と星。
そして耳に響く波の音。
月が照らす夜の海に、俺は一人浮かんでいた。
<だいぶ流されましたが、魔族大陸南東の海上です。
勢大の身体機能ならびに海上航行能力は復旧しておきました。>
夜の海は異常なほど静かだった。
たゆたう波間に苦労しながら、俺は水上機動装置を展開して立ち上がる。
<進路設定をします。
行き先は?>
マキーナの言葉に少しだけ考え、そして言葉を吐き出す。
『……王城だ。
ダンの元に向かうぞ。』
視界に半透明の矢印が映る。
その矢印に進路を向けると、ノロノロと動き始める。
海の上を移動しながら、ふと左を見る。
遥か遠方に、月明かりに照らされた大陸が見える。
点々と明かりの見える地上に、真っ暗な部分が見える。
あの暗闇は、生物が存在しない死の大地。
もう、何も考えられなかった。
ただ、この身を包み込むように重い疲労だけがあった。
<海上モードから、通常モードへと変更します。
勢大、今は変身を解除することは推奨されません。>
王城近くの港に到着し、陸へ上がる。
変身も解除しようとしたが、俺の体は俺が思う以上にダメージを受けたらしい。
まぁ、それでも構わない。
今、俺の表情を見られたくは無かった。
きっと、怒りで酷い顔になっているだろうから。
「だ、ダン閣下!!
セーダイ特使が、ダン閣下にお会いするんだと、衛兵を強引に薙ぎ倒して……!!」
『邪魔するぜ、クソ野郎。』
怯えながらダンに現状を報告していた秘書の肩を、後ろから軽く叩く。
振り返った秘書は、怯えながら腰を抜かし、這うように逃げていく。
「セーダイさん、私達は今忙しいんですよ。
どうやら人間族は、新型の爆弾を我が方に使ったらしいと連絡があったようでね。
現地の部隊と連絡が全く取れなくなったと……って、随分ボロボロじゃないですか?
もう少し身なりに気を使ったほうが良いと思いますよ?」
『……悪いな、その、お前の言う新型の爆弾とやらを体験してから戻ってきたんだ。』
ため息混じりに俺に忠告しようとこちらを見たダンが、俺のあまりの身なりに驚く。
更には俺が発した言葉に驚き、ダンはその目を丸くしたが、すぐに冷静になり“話を聞かせてもらおう”と言い出すと、近くの席を指差す。
「セーダイ、ダン閣下にお会いするにはそれなりの手続きをだな……。」
『悪いなアンバー、それどころじゃないんだ。』
唐突に来訪した俺に、名目上の上官であるアンバーは苦言を呈そうとしていたが、それも一蹴する。
「ム、だがせめてその仮面くらいは……。」
<フェイスガード、オープン。>
「これでいいか?」
マキーナの新機能を使い、頭部のみ装備を解除する。
流石に、アンバーもそれ以上は追求してこなかった。
ちょうどいい。
俺は椅子を引き、ドカリと座ると足を組み、両手も組むと膝上に置く。
周囲の雑多な将校達からは“不敬な”とざわめきが起きたが、そちらを睨むように振り返るとすぐに押し黙ってくれた。
改めて、ダンの周りにいる魔族達に目をやる。
困った顔をしているダン、同じ様に困り顔をしているアンバー。
ムッターマだけは、口元が僅かに釣り上がり、余裕の表情をしていた。
『今しがた、魔族大陸南部の軍港を中心に、お前等も知っている熱核爆発魔法が使われた。
それは軍港のみならず、周囲数キロメートル範囲にいる者を全て皆殺しにした。』
俺は静かに、そして淡々と起きた事実を話す。
ゴールドの死、その後に起きた空を飛ぶ騎士、そして大規模破壊魔法に関して。
「素晴らしい!
ダン閣下、やはりダークエルフ族が持ち込んだ技術に人間族共めが開発した爆弾は、新しい時代の幕開けとなりましょう!
すぐにでも生産の準備に入りましょう!
これで我が方は更に戦えます!」
俺の話を聞き終えたムッターマが、開口一番にそう謳う。
その言葉を聞いて、俺だけでなく、周囲の将校達もムッターマを冷ややかに見つめていた。
すいません、書いている途中で寝てしまったので上げ直しました。




