430:喪失
「はぁ?燃料半分だと!?
どういう事だ!?」
「は、ハイ……、そう言われましてもその、大本営からの指示でして……。
ゴールド様からも“それで良い”と仰せでしたので……。」
整備兵を締め上げていた胸倉から、手を離す。
整備兵は衣服を直すと、そそくさとその場を離れていく。
それを目で追う事もなく、俺は埠頭に向けて走り出す。
予想通り、軍港に辿り着いた時には、ゴールド達が出撃してからだいぶ時間が経っていた。
今回は魔族大陸の最南端、コードオーシャン島に遂に人間族の軍隊が上陸を果たした事から、緊急の増援としてゴールド隊の突撃が決定された。
軍港に残存している全ての兵力を投入し、“コードオーシャン島へ強行突撃を行い、島の友軍に物資を届けた後に固定砲台と化し最後まで島への支援を行う”という、特令攻撃作戦、要は特攻が大本営の中で満場一致で可決したらしい。
もはや作戦の体すら成していない。
俺から見れば、それはもう“自殺してこい”と言っているのと同義だ。
何故こんな無謀な作戦が“満場一致”なのか。
せめてアンバーくらい、海魔族の代表として否定しても良いだろうに。
そう冷静に考えて思い返してみれば、それまでの無謀な作戦も大体が満場一致で可決されていた。
当然そのメンバーの中にアンバーもいるのに、だ。
それはダンの不正能力の影響なのだろうか?
正直今でも何故?という疑問は残ったままだ。
だが、ブル君達の証言や今までの状況証拠から、アンバーは自らの意志で、手塩にかけた部下達を殺そうとしているのは間違いない。
多分、魔力量の高い部下達を殺し、俺を介して自身の魔力量を増大させているのだろう。もしかしたら、魔力を回収する手段があるのかも知れない。
だが、“それが何のためなのか”は解っていない。
所詮俺は、この異世界に立ち寄っただけの異邦人。
この世界での対応は、この世界の住人がやればいい。
俺はその結末を、粛々と受け取るだけでも問題はない。
それでも。
それでも、こんな事は間違っている。
いや、間違っている筈だ。
(それに、利用されっぱなしは性に合わねぇしな。)
“魔力を持たない異邦人”である俺を使い、何かを企んだのは間違いない。
その企みで皆が不幸になるようなら、止めなきゃマズい。
「マキーナ、起動しろ!」
<海上モード、起動します。>
海に飛び込みながら、マキーナを起動する。
腰に当てた金属板から、赤い光が全身を走りフレームを描く。
体の周囲を囲むフレーム同士から光が広がり、全身を包む黒いラバースーツの様なモノが出現して張り付く。
鈍い銀色の肩当て、胸当て、手甲に足甲が出現し部位に装着する。
足の裏から光が広がり、短いスキー板の様なモノが出現するとともに海上に着地し、変身が完了する。
「セーダイ特使!持ってきましたよ!」
全身傷だらけのブル君が、自身よりも大きな黒い石を両手で抱え、こちらに走り寄ってくる。
『おぉ!スマン!
……しかし、その傷どうした?』
「へへへ、ちょっとここの奴等と色々ありましてね。
ホウセの奴がまだあっちにいますんで、これ届けたらまた俺も参戦ッス!」
移動用の燃料と、ゴールド達への追加燃料。
それを持ってきてほしいとお願いしていたが、どうやらここの兵士と揉めたらしい。
そんな事を微塵も感じさせないブル君に感謝しながら、俺は受け取った魔原石をマキーナに吸収させる。
『すまない!助かった!
もし何かあったら、“セーダイ特使に脅されてやった”と言ってくれ!』
「お気になさらず!
俺等こういうの、慣れてるんで!」
傷だらけの笑顔で親指を立てるブル君に、俺も何も言わず親指を立てる。
『マキーナ、全速力だ。』
<承知しました。
最大出力で飛ばします。
振り落とされないようにご注意を。>
最大出力で海上を飛ばす。
この軍港からコードオーシャン島沖はすぐだ。
間に合う、大丈夫だ。
そう念じながら腰を落とし、加速に耐える。
<セーダイ、戦闘音を捕捉しました。
コードオーシャン島からやや逸れた位置です。>
『戦闘中の流れでそっちにズレたか?
ともかく進路をそちらに!
ガイド頼む!』
視界に、ナビゲーションの矢印が表示される。
本土に続く小さな島をいくつか抜けると、爆炎と水柱が見える。
『あそこだ!もっと飛ばせマキーナ!!』
<この速度が限界です。>
言われずとも、かなりの速度を出している事は理解していた。
それでも海の上、しかも景色がほぼ変わらない中では、酷くノロノロ進んでいるように感じられた。
「セーダイ特使!?何故ここに!?」
襲いかかる敵の使い魔の群れを機銃で薙ぎ払い、何人かの驚く女騎士を追い越し、ゴールドが微かに見える位置まで進む。
ゴールドの周囲は、まさしく空を覆い尽くさんばかりの数の敵使い魔で埋め尽くされている。
背面の装備からは延焼と思われる煙が立ち昇り、所々から火を吹いている。
『避けろゴールドォォォ!!』
機銃をメチャクチャに撃ちまくりながら、ゴールドに向けて叫びながら突撃する。
空を埋め尽くす使い魔と、そこから一斉に吐き出される爆弾。
思わず叫ぶが、手遅れなのは一瞬で判断できる。
やはりまだ回復しきっていなかったのか、ゴールドの腹部からは夥しい出血が流れ出している。
左手で腹部を抑えているが、流れ出る出血の前では意味を成していない。
その動きは緩慢で、満足に動けていない。
それでも俺の声が聞こえたのか、ゴールドはゆっくり振り返ると、俺を見る。
彼女は少し驚いた表情の後、優しく微笑む。
年相応の、無邪気な花のような笑顔だ。
ゴールドの唇が動き、何かの言葉を紡ぐ。
だが、爆発の音でそれはかき消され、その花のような笑顔も爆発の光に消えていった。
『ゴー……うわっ!?』
爆風で吹き飛ばされ、まるで地面の上のように海上を転げ回る。
転げ回り、それでも何とか体制を立て直すと、海に沈みゆくゴールドの装備が見えた。
女騎士達が装備している背面装備、魔装具と言われているそれには、簡単には沈まないよう各種の浮上するための装備や工夫が備わっている。
特に超弩級クラスの装備となれば、それこそ他の艦装備には無い技術が組み込まれていたのだが。
そんな事を微塵も感じさせないくらい、ゴールドの装備は一瞬で海に引き込まれ、簡単に沈んでいった。
ゴールドが、今回派遣された戦力での、ほぼ最後の抵抗だったのだろう。
撃沈を確認したらしき敵の使い魔達は、先程の攻勢が嘘のように引いていった。
その場に残されたのは、水上装備の上で膝立ちになり呆然と海を見る俺と、そしてボロボロになりながらもかろうじて航行して俺に近付こうとしているアイオライトだけだった。
『……なぁ。
最後にゴールドは、何て言っていたんだ……?』
<唇の動きから算出出来ますが……。
……聞きたいですか?>
マキーナが、ためらいがちに答える。
このまま聞かない方が良い、と、頭の片隅では警鐘が鳴っていたが、俺はマキーナに“頼む”と伝えていた。
<承知しました。
“あーあ、見られちゃったか。ゴメンねセーダイさん。”です。>
自分の膝を思い切り殴る。
彼女は知っていたのだろう。
そして同時に、この結果を理解していたのだ。
その上で死の瞬間を見せまいと。
俺は拳を握り、立ち上がる。
『……マキーナ、大本営に向かうぞ。
もう手段は選ばん。
奴等の内の何人かを殺してでも、この戦争を止める。』
俺の頭の中には、アンバーでさえも殺すリストに入っていた。




