42:見えない転生者の影
モヒカン頭に先導されて、裏路地を歩く。
それなりに顔が効くのか、ちょっかいをかけられることも無く路地裏を進む。
目的地とおぼしき、流行ってなさそうな酒場に到着する。
ホームに戻ってきたからか、モヒカン頭も余裕を取り戻し始めていた。
「へへへ、アンタ強いんだろうけどな。
ウチの組織に手を出したらもうお終ぇだぜ。」
「まぁ大方、その酒場に入ると、ナイスガイが大勢出迎えてくれるんだろう?
そこで質問なんだが、何人殺せば認められる?
30人か?50人か?」
こちらに振り向きながらそう言ったモヒカン頭が、真っ青な顔をした。
こちらの本気を理解してくれたようで何よりだ。
「マキーナ、起きろ。」
<通常モード、起動します。>
全身に赤い光の線が走り、いつもの装備が顕現する。
漆黒のボディスーツに髑髏の意匠が入ったマスク、しかも両眼は鈍く赤い光を放っている。
この上ない威圧感だろう。
「お、お前!王家の暗殺部隊か何かなのか!?」
モヒカン頭が大声でそう叫ぶ。
まぁ、中にいる仲間に危険を知らせているのだろう。
ならば、それも利用させて貰うか。
『いや、さっきも言ったとおりだ。
そんなモノは知らん。
君達の“組織”に興味があるだけだ。』
モヒカンを蹴飛ばして、ドアをぶち破る。
入口で構える二人がモヒカン頭を目で追ったのが見えた瞬間、踏み込んで顎に1発ずつ入れる。
二人が膝から崩れ落ちるのを横目に、中に踏み込む。
『こんばんは、いい夜ですね。』
1、2、3……10人位か。
先に行ったチンピラも、包帯を巻いただけでナイフを構えている。
『この中で一番偉い人、誰です?』
1人2人、視線が動く。
おぉ、キンデリックだ。
視線の先を見ると、懐かしい顔が見えた。
さしずめここでの役割は、犯罪集団のボスといったところか。
『先の二人はサービスだ。
ここからは襲ってきたら殺す。
俺は話し合いがしたいだけだ。』
「テメェ!ふざけるなよ!」
角刈りのチンピラがマチェットを振りかぶって襲ってくる。
右の手甲で左から右へ円を描くように受け払い、体をやや左に。
先程とは逆の動きで、右手の親指を相手の喉元に突き刺し、右から左へ円を描く。
右足で相手の足を払うように差し込み、右腰で相手を持ち上げる。
そのまま相手の頭を地面に叩きつければ、地面に真っ赤な彼岸花が咲くのだが、叩きつける直前にエル爺さんの言葉がよぎる。
即座に襟首を掴み、左手で相手の右腕をとると、頭を持ち上げるように投げる。
“スパァン”といういい音がし、相手の動きが止まる。
右腕を捻り腹ばいにさせつつ、左足で相手の右肩を踏む。
そして周囲を見渡すと、チンピラは攻めあぐねていた。
『どうする?
このまま肩を踏み砕いても良いし、何なら狙いがソレて頭を踏み砕いてもいい。
一応、話し合いたいと言った手前、まだ“やって”ねぇけど?』
「わぁーった、わぁーった。
オメェの勝ちだ。
ソイツから手を離して、ここに座れぃ。」
それまで何事も無かったかのように酒を飲んでいたボスが、両手を上げてそう叫ぶと、目の前の席に座る様に手で指し示す。
そのまま座ると、人のよさそうな笑顔を見せる。
「おいおい、そんなおっそろしい格好されちゃ、怖くて酒も飲めねえよ。
どうだい、顔を見せちゃあくれねぇか。」
『マキーナ、アンダーウェア。』
<アンダーウェア、起動します。>
装備を解いた瞬間、正面からガスのようなモノを吹きかけられる。
ジャケットからハンカチを取り出し、丁寧に拭う。
「なるほど、そちらの歓迎の挨拶は受け取った。
ではこちらの歓迎の挨拶を受け取っていただこうかな。」
また立ち上がり、近くで動揺しているチンピラを素早く捕まえると、裸絞めで意識を落とす。
落としたら放り投げ、また次に移り落とす。
どんなに抵抗しようと、ナイフを振り回そうと、全て受け流して裸絞めに持ち込む。
意識を取り戻した奴も、また絞めて落とす。
「わかった!わかった!
悪かった!この通りだ!
もう止めてくれ!」
そこに居た半数以上を絞め落とし、やっと本当に観念したのか、疲れたように叫ぶ。
「改めまして、私はセーダイと申します。
本日は御社の採用試験を受けに参りました。」
俺は冗談交じりにそう言うと、改めて向かいの椅子に座る。
「オンシャが何か知らねぇが、さっきの痺れ薬でこっちはネタ切れだ。
俺はキンデリックという。
ウチの組織を乗っ取りたいなら俺の首1つで勘弁してくれ。
まだコイツらは若いからな。」
これ以上のマジックは無さそうだ。
やっと交渉出来ると思い、今の状況をざっと話す。
無論、本当のことを言っても仕方が無いので、人を探している事、手持ちも身分証も無く手詰まりな事、絡まれたから丁度良いと思い来た事、別に壊滅させる気は無い事、その辺りの事を説明する。
“なるほどなぁ”とキンデリックは呟くと、酒を呷った。
「よし、オメェ等、俺はこのセーダイを仲間に迎え入れようと思う。
異論のある奴はいるか?」
沈黙が流れる。
キンデリックはニカッと笑うと、“よし、決まりだ”と言って酒の入ったグラスを俺の前に置く。
そのグラスを手に取り、琥珀色の液体を飲み干す。
口に含む前は甘いシェリーの様な香りとバニラの香りがしたかと思えば、舌に乗ると複雑に絡み合う重厚な年月を感じさせる。
喉を過ぎれば口腔と鼻腔に、スモークさと果実を煮込んだ様な爽やかな香りが吹き抜ける。
この夜に合う、良い酒だった。
そこから、気付けば4年の歳月が過ぎていた。
連中は格好良く“組織”と言っていたが、最初は何のことはない、“あぶれモノ達の寄り合い所帯”だった。
何をしているかと言えば、その見た目を生かして酒場の用心棒が主な生業で、そこからの賭博、高利貸し、日雇いの職業斡旋、不動産業など、昔ながらの裏稼業の様だった。
一応、この組織では薬と売りはやらないと決めていたようで、他所に比べればまだマシな部類だった。
それでも4年で大分大きな組織になり、他所との抗争などでは俺という余計な存在がいるためにほぼ負けず、その昔気質な立ち位置から、一般的な市民からもある種の“必要悪”と認識されるまでになっていた。
最近では貧民区の教会の炊き出しを手伝うなど、ますます世間からはそう見られるまでになっていた。
俺自身もこの4年間、読み書きできない欠点を補うためにこの世界の言語を勉強しつつ、転生者の情報を探っていた。
文字や体系は、アタル君の世界と同じ様なものだった。
言語は順調に習得することが出来たが、転生者の情報はサッパリだった。
今回の世界、中々転生者の情報が掴めない。




