427:違和感
『ゴォォォルドォォォ!!』
俺は、完全に突撃する体勢のまま、拳を振り上げてゴールドに接近する。
自分でも、意味のない怒りだと自覚している。
女に手を上げるのか、と、俺の中の冷静な部分が呟く。
構わねぇだろ、男も女も関係ねぇよ、と、怒りを煽る俺も呟く。
暗くなりつつある海の上、その表情は見えないがゴールドは酷く落ち着いていた。
まるで、殴られるのを覚悟しているかのように。
「よせ!止めろセーダイ!」
拳の届く距離にまで接近した時、横からアイオライトが抱きつくように俺へと覆いかぶさる。
アイオライトに止められた俺は、アイオライトの香りとその血と硝煙の匂いに、振りほどこうとした動きを止める。
「落ち着いて、よく見ろ!
ゴールドは、すべき事をしただけだ!」
ゴールドは、覚悟をしていたわけではなかった。
包帯で巻かれた腹部からは、おびたたしい出血をしていた。
避けなかった、ではなく、避けられなかった、のだと、すぐに気がつく。
いや、避けられたとしても、やっぱりゴールドは避けなかったかも知れない。
冷静になって見たゴールドの表情は、涙をこらえていた。
いや、俺が到着するまでに、既に泣いていたのかも知れない。
その両目は真っ赤に充血しており、まぶたも腫れていた。
「なに?ジロジロ見られて、マジ不快なんですケド?」
血がにじみ出続ける脇腹を手で抑えながら、荒い息を吐きながら憎まれ口と共にこちらを睨むゴールド。
その目で睨まれた瞬間、俺は自身の行いが恥ずかしく思えてきた。
こんなにも気丈に振る舞う少女に、俺は拳を振り下ろそうとしていたのか。
先程の戦闘もそうだった。
勝ち気に振る舞いながらも、この少女は周りをよく見ている。
先程の発言も、俺の心が折れかけていたから、怒らせる事で無理矢理にでも繋ぎ止めようとしただろう。
こんな少女に、ここまで気遣わせてしまうとは。
穴があったら入りたいとは、まさにこの事だろうなという思いが頭をよぎる。
『いや、……すまない、頭に血が登っていたようだ。
俺が悪かった。
そうだな、……急ぎ、撤退しよう。
傷、大丈夫か?』
謝るなら早い方がいい。
俺がそう言うと、ゴールドは何も言わずに顔をそらすと、魔族大陸側へと進路を向けて進み出す。
他の騎士も、どこか安堵した表情をしながら、ゴールドに続く。
行く時は大部隊だった。
帰りは、俺やゴールド、アイオライトと、あと数人の女騎士達しかいない。
見方によっては、ミッドブルックス海戦よりも酷い風景だ。
主力騎士を幾人も失い、あまつさえ戦術の要、ゴールドと対をなす超弩級装備を持つ、シルバーを失った。
それに対するここでの戦果としては、人間族の数人の騎士を撃破した程度。
そして俺自身、彼女達を救うという、アンバーとの約束すらも果たせずに終わった。
どう良く見繕っても、魔族の大惨敗だ。
仲間を失い、傷だらけの俺達の足取りは重い。
まるで葬列のように押し黙り、ただ移動を続けている中、今回の結果報告を大本営にしていたアイオライトから、不意に声をかけられる。
「セーダイ、アンバー将軍からの伝言だ。
“セーダイ特使は基地帰投後すぐに補給を行い、大本営まで戻られたし”だ、そうだ。」
アイオライトが申し訳無さそうに俺に告げる。
今回の件で、シルバーを守れなかった事で何か言われるのだろう。
俺は了承の意志を返すと、またアイオライトは通信機に向かって何かを話している。
「オッサン、城に戻るなら陸路は止めて、海から行った方がマシだよ。」
俺達の話を聞いていたらしいゴールドから、ふと思いついたように声がかかる。
『あ、あぁ、そうなのか?
何でまた?』
「そんなん決まってんジャン。
陸は人間族に爆撃され続けてるからね。
マトモな道なんかありゃしないよ。」
そういうものか。
俺が礼を言うと、またゴールドはプイとそっぽを向いて先を行く。
やれやれ、どうやら嫌われたらしい。
まぁ、この不甲斐なさなら仕方もないか。
数日かけて魔族大陸に戻ってきたが、俺は言われた通りに魔原石の補充だけ受けて再出発の準備をする。
陸に上がり、担架に乗せられたゴールドが、不思議そうに俺を見る。
「オッサン、休憩とかしないの?
アンタだって、少しは怪我してるんじゃない?」
(マキーナ、このメットだけ開放する事は出来ないか?)
<少し前から出来るようになっています。
フェイスガード、オープン>
マキーナが指示を出すと、俺の頭を覆っていたヘルメット部分の前が開き、ガシャガシャと機械音を立てて後頭部側へと収納されていく。
おぉ、ホントだ、今までこんな事出来なかったのに。
ちょっと感動しかけたが、それどころではない。
極力笑顔を作ると、ゴールドに笑いかける。
「安心しろよ、ゴールド。
俺は治りが早い方でね、大きな傷も、移動中にもう大体治ってる。
人の心配してねぇで、お前もしっかり傷を治せよ?
戻ったら、また一緒に出撃だ。」
俺の言葉に、ゴールドは少しだけ目を丸くすると、プイと反対側を向いてしまう。
「なら良かったジャン。
じゃあサッサと王城に向かっちゃえよ。
……じゃあね、セーダイさん。
……バイバイ。」
まるで今生の別れのような事を言うなぁと思いながらも、他の隊員にも急かされたので、改めてフェイスガードを装備し直して、俺は出港する。
ふと振り返ると、ゴールドと、あれはアイオライトだろうか。
仲睦まじい姉妹のように、小さなゴールドをアイオライトが優しく抱擁している。
(あぁいう風景を、守りたいだけなのにな……。)
何故だか少し寂しい気持ちになりながらも、俺は先を目指す。
こんな緊急事態に、アンバーは叱るためだけに俺を呼び出すのだろうか?と、理由を考えながら。
<勢大、少し気になることがあります。>
『何だよ、珍しく抽象的じゃないか?』
海路をただ航行し、たまに見える陸地から立ち上る薄い煙に、“やはり、どこもかしこも主要地は爆撃されているな”と観測していると、マキーナが思い出したように話しかけてきた。
<いえ、ただの気のせいならいいのですが、魔力の総量が上昇している気がするのです。
先のラーテ沖海戦では、ミッドブルックス海戦よりも攻撃能力が上昇していました。>
この世界では魔力量は数値化されていない。
魔力が多い、少ないは体験的なものや、感覚的なものがほとんどだ。
だから、マキーナとしても実感が持てなかったのかもしれない。
『使い込まれて、慣れていったって線は?』
<……わかりません。無い、とも言い切れませんが。
ただ、勢大が構えた銃に魔力を送る際、明らかに先の戦闘ではスムーズに行えました。
これが何を意味するのかは、私にはまだ断定しきれません。>
俺には魔力がない。
マキーナがそういうのなら、多分そうなのだろう。
そう聞くと、何かが引っかかる。
どうにも、何かに踊らされているような、手のひらの上で転がされる様な気持ちの悪さを感じてならない。




