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異世界殺し  作者: Tetsuさん
昇る光
428/832

427:違和感

『ゴォォォルドォォォ!!』


俺は、完全に突撃する体勢のまま、拳を振り上げてゴールドに接近する。

自分でも、意味のない怒りだと自覚している。

女に手を上げるのか、と、俺の中の冷静な部分が呟く。

構わねぇだろ、男も女も関係ねぇよ、と、怒りを煽る俺も呟く。

暗くなりつつある海の上、その表情は見えないがゴールドは酷く落ち着いていた。

まるで、殴られるのを覚悟しているかのように。


「よせ!止めろセーダイ!」


拳の届く距離にまで接近した時、横からアイオライトが抱きつくように俺へと覆いかぶさる。

アイオライトに止められた俺は、アイオライトの香りとその血と硝煙の匂いに、振りほどこうとした動きを止める。


「落ち着いて、よく見ろ!

ゴールドは、すべき事をしただけだ!」


ゴールドは、覚悟をしていたわけではなかった。

包帯で巻かれた腹部からは、おびたたしい出血をしていた。

避けなかった、ではなく、避けられなかった、のだと、すぐに気がつく。


いや、避けられたとしても、やっぱりゴールドは避けなかったかも知れない。


冷静になって見たゴールドの表情は、涙をこらえていた。

いや、俺が到着するまでに、既に泣いていたのかも知れない。


その両目は真っ赤に充血しており、まぶたも腫れていた。


「なに?ジロジロ見られて、マジ不快なんですケド?」


血がにじみ出続ける脇腹を手で抑えながら、荒い息を吐きながら憎まれ口と共にこちらを睨むゴールド。

その目で睨まれた瞬間、俺は自身の行いが恥ずかしく思えてきた。

こんなにも気丈に振る舞う少女に、俺は拳を振り下ろそうとしていたのか。

先程の戦闘もそうだった。

勝ち気に振る舞いながらも、この少女は周りをよく見ている。

先程の発言も、俺の心が折れかけていたから、怒らせる事で無理矢理にでも繋ぎ止めようとしただろう。

こんな少女に、ここまで気遣わせてしまうとは。


穴があったら入りたいとは、まさにこの事だろうなという思いが頭をよぎる。


『いや、……すまない、頭に血が登っていたようだ。

俺が悪かった。

そうだな、……急ぎ、撤退しよう。

傷、大丈夫か?』


謝るなら早い方がいい。

俺がそう言うと、ゴールドは何も言わずに顔をそらすと、魔族大陸側へと進路を向けて進み出す。

他の騎士も、どこか安堵した表情をしながら、ゴールドに続く。


行く時は大部隊だった。

帰りは、俺やゴールド、アイオライトと、あと数人の女騎士達しかいない。


見方によっては、ミッドブルックス海戦よりも酷い風景だ。


主力騎士を幾人も失い、あまつさえ戦術の要、ゴールドと対をなす超弩級装備を持つ、シルバーを失った。


それに対するここでの戦果としては、人間族の数人の騎士を撃破した程度。

そして俺自身、彼女達を救うという、アンバーとの約束すらも果たせずに終わった。


どう良く見繕っても、魔族の大惨敗だ。


仲間を失い、傷だらけの俺達の足取りは重い。

まるで葬列のように押し黙り、ただ移動を続けている中、今回の結果報告を大本営にしていたアイオライトから、不意に声をかけられる。


「セーダイ、アンバー将軍からの伝言だ。

“セーダイ特使は基地帰投後すぐに補給を行い、大本営まで戻られたし”だ、そうだ。」


アイオライトが申し訳無さそうに俺に告げる。

今回の件で、シルバーを守れなかった事で何か言われるのだろう。

俺は了承の意志を返すと、またアイオライトは通信機に向かって何かを話している。


「オッサン、城に戻るなら陸路は止めて、海から行った方がマシだよ。」


俺達の話を聞いていたらしいゴールドから、ふと思いついたように声がかかる。


『あ、あぁ、そうなのか?

何でまた?』


「そんなん決まってんジャン。

陸は人間族に爆撃され続けてるからね。

マトモな道なんかありゃしないよ。」


そういうものか。


俺が礼を言うと、またゴールドはプイとそっぽを向いて先を行く。

やれやれ、どうやら嫌われたらしい。

まぁ、この不甲斐なさなら仕方もないか。


数日かけて魔族大陸に戻ってきたが、俺は言われた通りに魔原石の補充だけ受けて再出発の準備をする。


陸に上がり、担架に乗せられたゴールドが、不思議そうに俺を見る。


「オッサン、休憩とかしないの?

アンタだって、少しは怪我してるんじゃない?」


(マキーナ、このメットだけ開放する事は出来ないか?)


<少し前から出来るようになっています。

フェイスガード、オープン>


マキーナが指示を出すと、俺の頭を覆っていたヘルメット部分の前が開き、ガシャガシャと機械音を立てて後頭部側へと収納されていく。

おぉ、ホントだ、今までこんな事出来なかったのに。


ちょっと感動しかけたが、それどころではない。

極力笑顔を作ると、ゴールドに笑いかける。


「安心しろよ、ゴールド。

俺は治りが早い方でね、大きな傷も、移動中にもう大体治ってる。

人の心配してねぇで、お前もしっかり傷を治せよ?

戻ったら、また一緒に出撃だ。」


俺の言葉に、ゴールドは少しだけ目を丸くすると、プイと反対側を向いてしまう。


「なら良かったジャン。

じゃあサッサと王城に向かっちゃえよ。

……じゃあね、セーダイさん。

……バイバイ。」


まるで今生の別れのような事を言うなぁと思いながらも、他の隊員にも急かされたので、改めてフェイスガードを装備し直して、俺は出港する。


ふと振り返ると、ゴールドと、あれはアイオライトだろうか。

仲睦まじい姉妹のように、小さなゴールドをアイオライトが優しく抱擁している。


(あぁいう風景を、守りたいだけなのにな……。)


何故だか少し寂しい気持ちになりながらも、俺は先を目指す。

こんな緊急事態に、アンバーは叱るためだけに俺を呼び出すのだろうか?と、理由を考えながら。




<勢大、少し気になることがあります。>


『何だよ、珍しく抽象的じゃないか?』


海路をただ航行し、たまに見える陸地から立ち上る薄い煙に、“やはり、どこもかしこも主要地は爆撃されているな”と観測していると、マキーナが思い出したように話しかけてきた。


<いえ、ただの気のせいならいいのですが、魔力の総量が上昇している気がするのです。

先のラーテ沖海戦では、ミッドブルックス海戦よりも攻撃能力が上昇していました。>


この世界では魔力量は数値化されていない。

魔力が多い、少ないは体験的なものや、感覚的なものがほとんどだ。

だから、マキーナとしても実感が持てなかったのかもしれない。


『使い込まれて、慣れていったって線は?』


<……わかりません。無い、とも言い切れませんが。

ただ、勢大が構えた銃に魔力を送る際、明らかに先の戦闘ではスムーズに行えました。

これが何を意味するのかは、私にはまだ断定しきれません。>


俺には魔力がない。

マキーナがそういうのなら、多分そうなのだろう。

そう聞くと、何かが引っかかる。

どうにも、何かに踊らされているような、手のひらの上で転がされる様な気持ちの悪さを感じてならない。

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