426:ラーテ沖海戦
「敵使い魔多数!
我被弾!我被弾!」
「やかましいわね!
そんな事、皆解ってるわよ!
もっとしっかり狙いなさい!!」
空を埋め尽くす敵の使い魔。
絶え間なく降り注ぐ機銃弾と爆弾。
俺の単発打ちの小銃などモノともしない、圧倒的な物量。
旗艦ゴールドを中心としたゴールド隊は、嵐の只中にあった。
あちこちで被弾、撃沈報告が流れる中、ゴールドは誰よりも早く、そして華麗に海上を滑る。
腰に接続された魔装具からも対空砲が絶え間なく火を吹き、次々と敵使い魔を叩き落していく。
「ピーピー泣き喚かずに持ちこたえろ!
女だからとまたバカにされるぞ!
フォスフォフィライト!
シルバー隊の様子はどうなっている!?」
ゴールドは目まぐるしく動き、誰よりも激しく戦いながらも自部隊を鼓舞し、更には他部隊にまで気を回している。
これが超弩級装備を任された騎士の在り方かと、俺は驚嘆していた。
「は、ハイ!
シルバー隊からは“我、敵大部隊と遭遇”以降の報はありません!
恐らく、敵の主力とぶつかっているのかと!」
「バカにしてるの!?
なら、すぐに連絡を取れ!
状況はこまめに伝え、連携を意識しろ!!」
ゴールドの激で、フォスフォフィライトと呼ばれた騎士は慌てて通信魔導具を取り出してどこかに連絡を取り出す。
そのさなかにも敵使い魔からの攻撃は降り注いでいるが、ゴールドが器用に守るように動き、時に自身を囮にするように動きながら敵を翻弄していく。
特攻使い魔の存在に怯んだのか、魔力が尽きかけ始めたのか、敵の使い魔が少しずつ引いていく。
「シルバー隊と同行しているアイオライト隊アイオライト様より通信!
“我等、敵大部隊と交戦中、損害多数、支援求む”ですっ!!」
「……ヤバいわね。
でも、こちらからも支援は……。」
少しだけ攻撃が弱まった中、爪を噛む仕草をしながらゴールドが悩んでいるのが解る。
敵の使い魔を撃ち落としながら、何を考えているのかとゴールドをチラと見ると、丁度彼女と目があった。
「……そうよ、こっちには特使がいたじゃない。
セーダイ特使!お願いがあるわ!」
ゴールドは何かを思いついたように、改めて俺を見る。
彼女が言うには、シルバー隊に救援として向かってほしいらしい。
ただ、俺個人としては単発打ちの小銃しか持っておらず、先程のような攻勢の前には、焼け石に水だと思っていた。
それに、アンバーが俺をここに配置したということは、こちら側が何かヤバい事態に巻き込まれる可能性が高い。
きっと何か、意味があるのだと思うのだ。
もしここで目を離して、ゴールドが沈められる様な事にでもなれば……。
「ウダウダ言ってるんじゃないわよ!
妾のアイオライトがピンチなのよ!
さっさと行って助けてきなさい!」
いや、妾という訳では、と言いかけたが、事態が事態だ。
黙って従う。
この流れなら、ゴールド側は大丈夫かも知れん。
「特使、こちらを。」
フォスフォフィライトから、大型の銃を放り投げられる。
両手で受け取りながらよろけるが、何とか受け止める。
「九二式と言う、我が軍の重機関銃です。
陸魔族であれば地面に設置、海魔族であれば背面装備の一部として使いますが、特使は武器を吸収して装備化が出来ると伺っています。
今の小銃よりは格段に取り回しやすいでしょう。」
これはありがたい。
連射できる武器が流石に欲しいと思っていた。
俺はすぐにマキーナに吸収させると、左前腕部の尺骨側から、少しだけ形状を変えた重機関銃が出現する。
<右腕の取り回しがし易いように、左腕側に設置しました。
射撃時は倒れているグリップを引き上げてください。
トリガーは親指側のスイッチです。>
これか、と、左手小指側にまっすぐ伸びていたグリップを掴み、引き起こす。
「さっさと行って!
あっちが心配なのよ!」
ゴールドが語気を強め、支援射撃を繰り出しながら俺を送り出す。
言われるがまま、俺は急いでシルバー隊の方に進路を向ける。
結論から言えば、やはりここでも俺の不勉強が祟っていた。
運命を回す歯車と言うやつは、残酷なほどにその回転を止めない。
元の世界でも、レイテ沖海戦ではゴールド、いや、元となっているはずの戦艦、大和は落ちない。
代わりに、という訳では無いが、ここで落ちるのは大和級二番艦武蔵。
そう、シルバーこそが、この海戦で俺が守るべき対象だったのだ。
それを理解したのは鉄の嵐の中。
銀に輝く魔装具のいたるところが燃え盛り、片腕を無くしながらも戦っている彼女の姿を目撃した、その時だった。
『シルバァァァ!!』
左腕につけられた重機関銃が火を吹く。
敵使い魔を蹴散らしながら、シルバーの元に駆け寄る。
「……あぁ、せ、セーダイ、特使。
予定より……、早かっ、た、わね。」
崩れ落ちそうになるシルバーを支えながら、追加で爆撃してくる敵使い魔を撃ち落とす。
『無理に喋るな!
今、衛生兵をっ……!?』
「いいえ……、この身、もう長くは保たないわ。
セーダイが来たなら、あ、アイオライト達はもう大丈夫ね。
……安心、したわ。」
ゴールドと同じように小柄で華奢な体の、彼女のどこにそんな力があるのかと思うほどの膂力。
支えている俺の体を突き飛ばすと、ボロボロになりながらもその足で海上に立ち、そして全身が銀の光を纏い出す。
「ならばやる事は1つ!!
護国の魔鬼となりて、敵を1人でも多く討ち倒すのみ!
アイオライト隊は後退せよ!
我が隊は、……動ける者のみ私に続け!
後退の時間を稼ぐ!!」
銀に輝くその魔装具は、全方位に向けて砲撃を飛ばす。
失った左腕も、銀に輝く光が集まり、腕の形をなしている。
先程のゴールドの動きにも負けない動きで、銀の光は戦場を滑る。
『何故……、どうして……。』
どうしてお前達はそんな簡単に、命を投げ捨てられるんだ。
爆弾を光る左腕で弾き飛ばし、命中弾があっても怯まず、敵艦隊側に向けて砲撃する。
「シルバー様に続け!!」
彼女と同じ部隊なのだろう。
一部の女騎士達も、シルバーに惹かれるように次々と突撃を始める。
それでも、敵使い魔の厚い層を抜けきれず、敵艦隊の砲撃を浴びて次々と轟沈していく。
<勢大、重機関銃の砲身がオーバーヒートしています。
交換完了まで射撃不可です。>
最大限、彼女達を守ろうと重機関銃を撃ち尽くし、小銃に切り替えて撃ちまくる。
全てが手遅れだ。
なら、せめて俺も共に戦い、シルバーを看取ってやろう。
日が落ちかけ、辺りが薄暗くなってき始めた頃、ようやく周囲に静けさが戻る。
静かになった夕暮れの海には、燃え盛る女騎士達の残骸が転々とあるのみだった。
「セーダイ特使、撤退よ。
ラーテ島は人間族に上陸されたわ。
すぐに戻ってきて。」
ゴールドからの念話が、無感情に次の指示を伝えてくる。
『……なん、で。』
「なに?こっちも撤収作業で忙しいのよ。」
苛立つようなゴールドの声。
それが、ますます俺の感情を削り取る。
『何でそんなに冷静でいられるんだ!!
ふざけんな!どいつもこいつも!!
こっちは全滅したんだぞ!!
皆死んだんだぞ!
あぁあぁ!!
この、クソがぁっ!!』
もはや言葉にならない。
俺は、さっきまでシルバーの装備だった残骸を海に叩きつけ、夜が忍び寄りつつある空に吠える。
「……それで?
何?今度はアタシに慰めて欲しいの?
痛かったわね、怖かったわねって、ベッドで抱きしめて頭をナデナデしてあげましょうか?
まぁ、そういうの面倒くさいから、生きて帰ってきてるアイオライトにお願いしてよね。」
その挑発的な発言に、あまりの怒りに、俺はゴールドへ進路を向け加速する。
俺の中には、言い表しようのない理不尽への怒りが、マグマのように渦巻いていた。




