423:自白
「おぉーい、待ってくれぇい!」
高速輸送艇に乗り込もうとする一団に、俺は走って近付く。
あぶねぇ、ちょっと寝過ごした。
危うく渡せずに行かれてしまうところだった。
<昨日は飲み過ぎです。
いかにアルコール度数が低いとはいえ、ここしばらく飲んでいなかったのですから……。>
えぇい!今そういうのは良いんですよマキーナさん!
乗り込む前に、何とかこの手土産を渡さなければ。
あれから、何度か暇を見つけてはキルッフと情報交換の名目で何度か飲んでいた。
遂に今日出発するというので、昨日は壮行会という名目で少し飲み過ぎた。
振り返り、走ってくる俺を見つけたキルッフは少しホッとした顔をすると、手荷物を隣りにいた兵士に預けて俺に歩み寄る。
「とんでもない、待ってましたよ。」
何かその返し不穏だな。
大丈夫?突然物陰からサブマシンガン出してきたりしない?
「何変な顔をしてるんですか?
昨晩飲み過ぎたから、来られないんじゃないかと思ってましたよ。」
「あ、いや、何でもない。
ちょっと筋肉モリモリマッチョマンの映画を思い出しただけだ。
あ、それよりこれ、手土産だ。
魔族領サイレントヒル名産のお茶だ。
お前、さんざん“他所の領に行くと、お茶が恋しくなる”って言ってたからな。
後、こっちは味噌だ。」
海外に行くとお茶と味噌汁が恋しくなるのは、元の世界で海外旅行行ったときに体験してるからな。
その気持ちは凄くわかる。
キルッフが感激しながら受け取っていると、右袖に“ MP”という腕章を付けた兵隊が数人、俺達を取り囲む。
「キルッフ外相、セーダイ特使、ご両名には機密漏洩罪の嫌疑がかけられております。
そちらの荷物、調べさせて頂きます。」
「あ、オイ、開けるな!」
MPの腕章を付けた兵士は、俺の言葉に何かを確信したのかキルッフから荷物を奪い取ると、それを開き出す。
「君達、僕はダン閣下から任命された外交官なのだが?」
「その、ダン閣下の御命令です。」
空気が緊張する。
一触即発の状態の中、MPの一人が中を開け確かめだす。
「た、隊長!」
「どうした、何があった?」
キルッフとやり取りしていたのは、この隊の隊長なのだろう。
自信満々の表情のまま、顔をこちらに向けたまま部下に続きを促す。
俺とキルッフは、それを固唾をのんで見守る。
「……いえ、それが、普通のお茶と、……味噌です。」
「何ぃ!?
そんな訳があるか!?
機密文書を持ち出そうとしていると、ダン閣下が仰っていたのだぞ!?」
隊長は焦り、部下と一緒になってお茶の袋の中身を漁る。
「……ねぇ、隊長さん?」
地面に置いたそれを必死に漁っていると、背後からキルッフが声をかける。
静かだが、地を這う様な、言葉に電気が走るかのような、怒気を孕んだ声だ。
「君は外国に行ったことはあるかな?
海外ではねぇ、食事はどうしてもそこに住む人達の味覚に合わせたモノになるから、意外に口に合わないことが多いんだ。
そうするとさ、やっぱり携帯できる故郷の味とかがさ、それこそ魔鉱石に優るくらいの価値を持ってたりするんだよねぇ。
でさ、これ、殆ど駄目になっちゃったんだけど、どうするワケ?」
「あ、あの、ダン閣下が……、ダン閣下が調べろと仰ったので。」
なるほど、やはり首輪で盗聴していた訳だ。
昨晩、初めて“間に合ったら手土産やるよ”と話していた。
それを怪しんで、こういう事をした訳だ。
……だが、割とダンの奴は短絡的だ。
こんな搦手を思い付くだろうか?
「なるほどねぇ、確かに、君達は職務に忠実な様だ。
なら、ダン閣下に君達がガッド・オル・カナル島へ転属を希望していたと、僕から上申しておこう。
今、ダン閣下はあそこの攻略に頭を悩ませておられる。
直接ダン閣下からお声がかかり、そして職務に忠実な諸君の事だ、きっとダン閣下も喜んで転属をお認め下さる筈だ。」
「お、おおおお待ち下さい!
この件に、ダン閣下から直接にはお話を頂いておりませぬ!
む、ムッターマ将軍から、そのような、お、お話を頂いておりまして!!
代わりの品を!
代わりの品を必ずやお届け致しますので!!」
慌ててキルッフの足にすがるMPの隊長を見下ろし、そして俺とキルッフは顔を見合わせる。
MPがすんなり白状してくれて、正直手間が省けた。
やはりか、という気持ちと、何故?という気持ちが変わらず沸き起こる。
「……まぁ、代わりの物を届けていただけるなら、今回の件は不問にしましょう。
セーダイさんすいません、とりあえず代品が来るまでの間、無事そうなやつを見つけて楽しみますよ。
それでは。」
「あぁ、そちらも武運を!」
キルッフはグシャグシャになった贈答品を綺麗に纏めると、小脇に抱えて輸送艇に乗り込んでいく。
MPは、そそくさと何処かへ逃げ出して行っていた。
[上手く出し抜きましたね。
あの手荷物に何か入っていると思いましたが、どうやったんですか?]
俺の目の前に、ムッターマの幻影が現れる。
そして、映像が現れると同時に、恐らくは音が漏れないようにするための結界が張られる。
首輪の機能だ。
やはり、ダンだけでなくムッターマもこれを使えるらしい。
「なんでぇ、覗き趣味の変態はダンの奴だけかと思ってたが、お前もそうなのか。」
[覗き趣味とはまた、セーダイ殿は口が悪い。
それよりも、彼には何を託したんですか?
自分だけが助かるよう助命の嘆願ですか?
それとも魔族軍の内情ですか?]
“お茶と味噌だよ、聞いてたんだろ?”と白を切ると、ムッターマの表情が苛立ちを含んだものに変わる。
だが、その苛立ちの表情さえ、どこか嘘くさい芝居がかったモノだ。
[あぁ、そのような戯言はもう結構。
私は、貴方が魔族を勝たせる為に奮起している姿を見ています。
だから、彼に何かを託すのは必然だ。]
遂に、遂にコイツは認めやがった。
今まで俺が抱いていた疑問の答え。
コイツはつまり、魔族を滅亡させたいと思ってやがる。
誰に元の世界のことを習ったか知らないが、多分コイツは俺が元いた世界の歴史を知ってやがる。
そして、知った上でその通りの道筋を辿ろうとしているのだ。
「へっ、良いのかよ?
そんな大事なことを俺に漏らして。
俺がダンに告げれば、お前の立ち位置が揺らぐぜ?」
[フフフ、今までダン閣下に服従を誓い、手となり足となり働いてきた私と、素行不良のアナタ。
どちらの言葉を信じるかは、一目瞭然でしょう。]
もはやダンは、自身のその凶悪な笑顔を隠そうともしてない。
[あぁ、アナタの鎧は特殊らしいですね。
こうした会話を、魔力も無しに記録できるのだとか。
ダン閣下からそちらの権限も受け取ってますから。
そのような行動も取れませんね。]
なるほどな、と、理解する。
道理で少し前からマキーナに呼びかけているのに、全く反応しない筈だ。
[アナタもどうやら未来が見えるのか、或いは知っているのか。
神から選ばれた転生者という存在なら、そういう事が出来るのでしょうね。
ただ、残念ながらアナタは無力だ。
ここで、全てを知りながらも何も出来ない無力に苛まされながら、行末を見守るがいい。]
「……目的は、生まれの不幸を呪っての復讐か?
半魔族さんよ。」
[……っ!?
……き、キサマに!!
キサマに何が解る!!
出自だけで蔑まれる日々を!!
どれだけ優秀でも、誰からも認められないこの苦痛を!!]
ヤツの映像が揺らぎ傾き、通信が勢い良く切られる。
恐らくは、映し出す魔導具を投げつけたか殴ったか、まぁそんな所だろう。
結界が無くなり、周囲の風景に色が戻る。
(頼んだぜ、キルッフ。)
俺は、遠くに見える船を見つめていた。




