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異世界殺し  作者: Tetsuさん
昇る光
420/832

419:判断

「クッ!まだ敵使い魔は撃破できないのか!?」


ガーネットの焦る叫びが、戦闘音に混じり周囲に響く。

使い魔で見れば、こちらの使い魔は圧倒的に機動力で優っている。


空戦では、その能力は非常に大事だ。

使い魔はその動きの特性上、どうしても前方に対してしか武器を装備できない。

後ろはどうしても攻撃できない無防備な弱点だ。

まぁ、大型の使い魔であれば後部機銃を設置したモノもあるが、そういった使い魔はどうしても動きが大きく重くなる。

魔族が使っているのは、対弾性能を若干落とすかわりに機動力を高めた使い魔だ。

それ故、相手に対して優位な位置を取り続けられる。


だが、人間族の使い魔“キャット”は、少し機動力を落とすかわりに防御力を高めているらしい。

多少撃たれたくらいでは、致命弾でもない限り飛び続ける。

それがこの状況では非常に厄介だった。


<勢大、弾道誘導範囲内に入りました。>


構えた小銃の先から伸びる半透明な線が、俺の視覚情報に追加される。


海面の波や大気の揺らぎがリアルタイムに反映され、線の先がフラフラと揺れる。


『……ここだっ!!』


魔力がこもった弾丸は表示される線の通りに進み、敵使い魔を破壊する。


「セーダイ殿、お見事!

今ので最後です!

周辺空域に敵影無し!

第一次攻撃隊が見えました!」


ルベライトが、安心したようにホッと息を吐きながら状況を教えてくれる。

だが、安心するのはまだ早いだろう。

ここで、ガーネットが選択を迫られているのは理解できていた。


先程報告のあった敵空母級が使い魔を出撃させているとしたら、こちらが使い魔を収納しているうちに攻撃されてしまうだろう。


だが、対空防御の為に二次攻撃部隊を対空換装して飛ばしてしまえば、本来の作戦に支障が出るだろう。


一次攻撃を終えた使い魔を収容し、対空部隊と地上攻撃部隊とをいっぺんに出撃させる場合、タイミングが合わなければ敵使い魔の集中攻撃を受けることになる。


他方、先に対空部隊と地上攻撃部隊とを出撃させてから、一次攻撃を終えた使い魔を収容する場合、少なくない数の使い魔を海に落とすことになるだろう。


この場合、どちらの判断も正しいかも知れない。


そしてこのどちらかを選ぶための情報は、先程の“敵空母級の騎士1隻発見”の報告。

場所はハッキリしていないが、まだ遠方に控えていたらしい、という、不確定な報告のみ。


「よし、敵空母級がまだ遠方におり、それが少数であると言うならば、収容が先だ!

多少の損害よりも、海に落とす使い魔のほうが多い!

各自、急ぎ収容と再出撃の準備だ!」


先程の情報を信じ、まだ時間があると判断したガーネットは、一次攻撃の使い魔を収容してから二次攻撃部隊を飛ばす判断を下す。

情報通りなら、正しい判断だと思う。

多分、俺でも同じ判断を下すだろう。



ただ、俺は知らなかった。


この時のガーネットの判断が、“俺がいた元の世界でも、似たような判断をしていた”という事を。

そして先程の報告が、元の世界でも同じように、誤情報であったという事を。




ガーネットが、ルベライトが、サファイアが、そしてタンザナイトが使い魔を収容し、魔力の再装填を始めだす。


そうして、霧が晴れる。

大分時間が経っていたのだろう。

空は夜の闇と朝の光が混じり合い、夜でも無ければ朝でもない、曖昧な紫の空となっていた。

この空の色を見る時、俺は人生であまり良い事が起きたことはない。

大抵、空虚な気持ちを抱えたまま、帰路につく事が多かったからだ。


「……じょ、上空に、多数、機影あり!!」


それは、誰の報告だったか。

その声につられ上空を見上げれば、雲の隙間から見える敵使い魔の大部隊。


“絶望”

その二文字が、俺の頭をよぎる。




一番最初は、ルベライトだった。


「危険です!ガーネット様、回避行ど……!?」


敵の使い魔から落とされる、無数の対艦爆弾。

シミュレーションでは、命中弾は9発だった。


だが、現実での命中弾は3発。

そういう意味では、あのシミュレーションは正しかったのかも知れない。


……その内の1発で、粉々になるルベライトを除けば。


「ルベライトォッ!?」


仲間の呆気ない死に、足を止めてしまう。

大事な仲間であれば、誰しもがしてしまう反応だろう。


こんな状況でなければ、俺もそうしたはずだ。


『足を止めるな!ガーネット!!』


俺の言葉は、少し遅かった。

無数の敵使い魔から、集中砲火を浴びるガーネット。


敵使い魔からの爆弾で、ガーネットは大きく弾み転倒する。

海面についていなければならない両足が浮き上がり、海の上をバウンドする姿が見える。


「ガーネット!?」


自身も被弾し、ボロボロになりながらもサファイアが駆け寄る。

ダメだ、それをやっちゃ駄目なんだ。


だが、俺もまとわりつく敵使い魔を撃ち落とすので精一杯で、声すら出せない。


「……おぉ、サファイアではないか、久方ぶりだな。」


意識が混濁しているのか、四肢が千切れながらもまだ息のあるガーネットが、自身を抱き上げた相手を見つめて呟く。


「アラ、どこかで見た顔だと思ったら、アナタでしたの、ガーネット。

……お加減はいかがかしら?」


自身の血か、それとも抱き上げた友人の返り血かわからない程血塗れになりながらも、サファイアは穏やかに微笑む。


「……あぁ、今日は体調がいい筈なんだが、何だか凄く眠い。

少し眠っても良いかな……?」


「えぇ、おやすみなさいガーネット。

起きたら、また一緒に海原を駆けましょう。」


サファイアがそう告げると、2人は顔を見合わせ静かに笑う。


その笑い顔は、ある種の悟りにも似ていた。




『直上、敵使い魔!避けろサファイア!!』


無理なことは解っている。

それでも、叫ばずにはいられない。


「……セーダイ様、この場はお引きくださいまし。

……どうぞご武運を。」


涙を堪え、気丈に微笑むサファイアの顔は、次の瞬間には爆炎で見えなくなっていた。


『クソッ!おい、生きてたら返事しろサファイア!!』


無駄だよ。


心の中で、誰かが呟く。

返事を待つ俺の目の前に、見慣れたサファイアの装備が左腕ごと落ち、そして海中へ沈んでいく。


『クソッ!クソッ!クソッタレがぁ!!』


小銃を乱射する。

ロクに狙いもつけないそれは、数機を落とすに留まり、無駄に弾丸を消費するだけに終わる。


「各員、傾注!!」


それまで俺と同じように使い魔を追い払うので必死だったタンザナイトが、叫び声を上げ、全身から光を発しながら次々に使い魔を強引に射出する。


「我を除く三騎士は撃破された!

特にサファイアは今も炎上中である!

魔族の栄光のため戦いを続けるには、ひとえに我と諸君等にかかっている!」


タンザナイトは、次々に使い魔を射出していく。

もはや後先を考えていない、全力、いや、それ以上の命の輝きを放っていた。

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