418:開戦
「哨戒機、出せ!」
ガーネットの号令で、ガーネット、ルベライト、サファイア、タンザナイトはそれぞれ、各自の目ともなる哨戒用の使い魔を飛ばす。
「もう少ししたら、この霧は晴れますわね。」
サファイアが使い魔に意識を回しながら呟くと、周辺の女騎士達にもそれが聞こえたのか、戦闘準備を始める。
「後ろから着いてきていたゴールドから通信。
“我、これより陽動のため行動を別にする。以降通信魔法を封止。武運を祈る。”だ、そうです。」
ルベライトが通信を伝えると、いよいよ周囲に緊張が走る。
「それにしても、この作戦、本当に大丈夫なのでしょうか……?」
「どうしたサファイア?
今更怖気づいたのか?」
ガーネットが真剣な表情でサファイアに振り返る。
その横顔は、俺から見ると何故か厳しい表情に見えた。
「いえ、怖気づいた訳ではありませんわ。
ただ、今回が同時三方面作戦でしょう?
本来もう何人かで進軍するはずが、私達と従士しかいないというのは、どうにも。
本来なら、ゴールドもこちらについても良かった筈ですのに……。
何だか、あまり良くないものを感じずにはいられませんわ。」
「まぁ、そう言うな。
ムッターマはまだ、リリーオ・カラニ島攻略を諦めてはいない。
奴の中では、“完全成功”ではなかったようだし、何より完全に制圧しなければ、人間族の攻撃からも身を守れん。
……この間、人間族の使い魔により、魔族領の一部で空爆があったらしい。
リリーオ・カラニ島周辺を制圧しなければ、今後は更に酷い事になるのは明白だからな。」
“そんな事、聞いてませんわよ!?”と、サファイアが声を上げる。
俺も初耳だ。
もう既に、魔族領自体が狙われていたとは。
「当然だ。
これはトップシークレットとされていて、事情を知っているのは上層部か、……“その時現地にいた”者だけだ。」
その言葉に、俺達はガーネットを見る。
どうやら彼女は、その現場に鉢合わせていたらしい。
「抜かったよ。
内地にいたから装備が何もなかったからな。
避難するので精一杯だったさ。」
疲れたようにガーネットは笑うと、元の凛々しい顔つきに戻る。
「よし、それでは第一次攻撃隊、出せ。」
4人の空母級装備を持つ女騎士から、次々と飛ばされていく対地・対艦用使い魔達。
装甲の一部だった黒い金属片は、空に飛び上がると飛行機の形に変わり、急上昇していく。
「予定数、出撃しました。
これより周辺警戒を行いますわ。」
「……何か、妙ですね。
ミッドブルックス方面の通信量が増大しています。」
サファイアとルベライトの声をそれぞれ聞きながら、俺は方位磁石と地図を見つめる。
作戦自体はシンプルだ。
使い魔達がミッドブルックス島の守備隊へ向けて爆撃する。
これを何度か繰り返し、“地面を均した”後で、上陸部隊が突撃し島を制圧する。
その行動は、ウェイキー島攻略でやった通りだ。
少し違うのは、恐らく再建されているであろうリリーオ・カラニ島から出撃してくる敵の機動部隊を、こちらの対艦部隊で叩くという、二重三重の策を用意しているところか。
ただ、見方を変えればそれは、悪戯に戦力を分散させているだけとも言える。
今回の作戦、ミッドブルックス島の攻略を主張するムッターマと、敵機動部隊の撃破を優先するアンバーとの意見がぶつかり、折衝という名の妥協点がこの作戦らしい。
今までの異世界で軍隊的なところにも属した経験がある俺としては、この作戦は詰め込み過ぎと感じていた。
本来、こういった作戦行動はシンプルであればシンプルである程良い。
“そんなに複雑な事は、どうせ大人数ではできない”からだ。
要素を徹底的に排除して、シンプルな目標を1つ達成させる。
今回であれば、“ミッドブルックス攻略”か“敵機動部隊の撃滅”のどちらかだろう。
規模が大きくなれば、どんなに統率の取れた軍隊や組織であっても、所詮それくらいしか出来ないはずだ。
その上で細かな手段手法を、もっと細かい部隊に分けて実施しなければならない。
「……ん?あれは何だ?」
周辺警戒をしていたサファイアとタンザナイトが、同時に何かに気付く。
目を閉じ、しばらく無言で使い魔と同調していたが、急に目を開くと、焦った表情を見せる。
「使い魔の1つが、ミッドブルックス島近辺に……恐らく空母級装備の敵影を発見!」
「数は?敵部隊はどれくらいの規模だ!?」
ガーネットが叫ぶが、どうにもかなり遠くに使い魔を飛ばしていたらしく、情報が判然としない。
「多分……まだ遠くだとは思いますが、空母級の敵艦を1つ見つけただけです。
それ以上は距離がありすぎて全体が見渡せません。」
「ガーネット様、ミッドブルックス島空爆部隊、爆撃成功です。
……ただ。」
ルベライトが一次攻撃の成功を伝えながらも、何か言いよどむ。
俺はルベライトの表情が強張っているのを感じながら、何か良くないものを感じ取り始める。
「何?報告は明確に!」
「はっ!空爆をしていて感じたのですが、敵基地守備隊の使い魔の数が少なすぎます。
……私の使い魔は、空っぽの整備ハンガーを破壊しただけです。
敵の使い魔が、いないんです!」
ルベライトの最後の言葉は、最早悲鳴だった。
その言葉の意味は、恐らくこういうことなのだろう。
“既に飛び立っているか、別の場所に移動したか”
「敵使い魔!空襲!」
答え合わせはすぐに行われた。
敵の基地守備隊所属使い魔が、上空から強襲してきたのだ。
何人かの女騎士達が被弾するが、幸い致命的ではなかった。
「クソッ!こちらも使い魔で応戦だ!」
ガーネットが焦るように声をかけつつ、自身も使い魔を幾つか出撃させる。
だが、第二次攻撃も残っている。
予定通りの対空使い魔を出し、最小限の被害で押し止める作戦を取っている。
そうして、少しずつ判断ミスは積み重ねられていく。
「クソッ!キャットにしては意外に粘るじゃないか!」
相手の魔術師も死にものぐるいなのだろう。
アウトレンジからのヒットアンドアウェイ。
何故か相手は、無理をしてでもこちらの撃墜を狙ってこない。
ヒラリヒラリとこちらの攻撃を交わし、まるで千日手の様な動きだ。
『……ガーネット、何かヤバくねぇか!?』
「解ってる!
だが、ミッドブルックスを攻めるには最低でも後1回、いや2回は空爆を実施する必要がある!
ここで無駄に数を消費するわけにはいかん!」
使い魔は、術師から分け与えられた魔力によって動いている。
魔力の貯蔵がなくなれば、当然ただの金属片に戻る。
また、空母級とはいえ、使い魔装備を無尽蔵に持ち運ぶことはできない。
彼女等が輸送時に使っていたコンテナに収める方法もあるだろうが、それをすれば現地で使い魔として創り上げる必要がある。
輸送時にはそれでもいいが、当然、こういう時には向かない。
使い魔は繰り返し使うほど、よりその能力が上がっていく。
使い魔をそのまま使い捨てられるほど、魔族の、いやどの種族であっても、その物資は潤沢ではない。
そして、当然のことだが使い魔は魔力が無くなり金属片に戻れば、海の上に落ちてそのまま沈む。
「ガーネット様!そろそろ一次攻撃の使い魔が戻ってまいります!」
ルベライトの悲鳴が、遠くに聞こえる。




