416:遊戯
「判定は?」
「……先頭の空母級に9発命中だ。」
リリーオ・カラニ島強襲で戦力は減っているとみなされ、こちらの戦力は正規空母級2隻、急造の改造空母級2隻、戦艦級2隻が主力だ。
後は駆逐艦級や水中兵士達がそれぞれ30隻ずついるくらい。
準備万端で襲いかかる、海魔族騎士達の数と比べるまでもない。
それでもその駒の進め方はやはり、中途半端と感じざるを得ない。
こちらの戦艦を落としたいのは解るが、そのせいで魔族の空母級部隊が突出しすぎている。
それでは、こちらの迎撃用対艦装備の使い魔の的だ。
案の定、アンバーはそこに向けて使い魔を差し向け、対艦用爆弾を落とす。
判定は俺に任されたが、こういう時に良い出目を出すのが俺のジンクスだ。
6面体のサイコロを2個転がすと、出た目は“9”。
大型戦艦級装備ならまだしも、9発の爆弾の直撃を受けて、耐えられる空母級装備は無い。
盤上のミニチュア、サファイアを模したそれは少しだけ苦しむモーションをしたあと、ノイズと共に消えていく。
後に残るのは赤いバッテンと“撃墜”の文字。
「待った。
リリーオ・カラニ島で大損害を目の当たりにし、そしてまた奇襲を受けた人間族共がそこまで士気旺盛とは思えん。
奴等は我等が姿を見せただけで怯み、怯えると考えるなら、そこまで高い命中制度は出せぬと思うが、皆はどう思うか?」
「流石ですダン閣下!
相手の心理まで読み取り戦術に組み込むその慧眼、恐れ入ります!
このムッターマ、まだ精進が足らぬと思い知らされました!
それではダン閣下のご意見の元、人間族の命中弾は今後全て1/3とする!
よろしいですかダン閣下。」
ダンの奴はムッターマのその言葉を聞くと“よろしい”と満足そうに頷く。
ダメージ計算がやり直され、サファイアを模したミニチュアが何事もなかったかのように復活する。
何だろう、怒りや憤り?哀しみ?侮蔑や嘲笑?
正直、ここまで来るとそんなモノは何1つ浮かんでこない。
むしろただただ、“大丈夫なのか?”という不安だけが頭をよぎる。
コイツ等は何と戦うつもりでいるんだ?
リリーオ・カラニ島の戦いが、人間族の間では抗戦の象徴のように言われているんだろう?
先程演習を準備している最中にチラとアンバーからも聞いたが、人間族の中では“リメンバー、リリーオ・カラニ”という標語で、リリーオ・カラニ島で起きた国際戦争法規を無視した魔族の騙し討ちを、人間族のレイク大統領が厳しい発言で非難した、と、全世界に向けて映像が流されたらしい。
人間族のレイク大統領が表舞台に立つことは珍しい事らしく、普段は滅多に人前に姿を表さないと言うことだ。
ただ、その放送もフードを目深に被っていたのでどんな人間だったかわからなかったらしく、かすかに見えた口元から相当に若い人物だろう、という事らしかった。
アンバーが、“気のせいかもしれないが、その映像を見ていて何となくダン閣下が思い浮かんだ”と言っていたのが印象に残っている。
女性の感性は鋭い。
もしかすると、“もう1人の転生者”なのかもしれない。
どこかで会いに行きたいところではあるが、敵対国になっている以上、それは難しいだろう。
そうと知っていれば、あの会談のときに無理にでも大統領と会いたいと言っておけば良かったと後悔していた。
「おい、セーダイ、怒るなよ?」
アンバーに声をかけられて、今が演習中だと思い出す。
俺達が操る人間族の軍隊は、徐々に敗退し後退せざるを得ない状況になっている。
魔族軍は当初の目的の通り、人間族の艦隊に大打撃を与えつつ、ミッドブルックス島への上陸を始めている。
アンバーに助言し、撤退戦に切り替えたが少し遅かったようだ。
魔海魔族の部隊及び陸戦隊は、じわじわとその包囲の輪を狭めていった。
「……こちらの敗北です。」
アンバーは、静かにそう告げる。
その声は何も感じさせない声だ。
怒りも、悔しさも、何もかも。
「ハッハッハ、流石はダン閣下!
鎧袖一触でございますな!
如何でしたかなアンバー将軍!
同族の軍が相手では、些か気が引けましたかな?」
「いえ、流石はムッターマ将軍、そしてダン閣下です。
手も足も出ませんでした。」
アンバーも解りやすい嘘を言う。
アンバーの手持ち、隠し戦力としてまだ使い魔の大部隊を持っていた。
それを使えばもっと粘れる。
もっと魔族軍側に被害が広がっている。
そうしていたずらに時間をかけさせ被害を広げ、遂には奴等が指定した25ターンが過ぎる。
その瞬間、盤面がひっくり返る筈だった。
「……アンバー、そいつを使わなかったのは、何か考えがあっての事だったのか?」
どうしても気になり、そっとアンバーに耳打ちする。
アンバーは、少しだけ疲れたように笑うと、ため息を吐き出す。
「この手の遊戯では、“悪い駒の後に良い駒を出す”のはタブーだからな。」
俺も釣られて、苦笑いを浮かべる。
まさかメックでバトルするゲームの定石が、こんな時代にまであるとは思わなかったからが1つの理由。
もう1つの理由は、アンバーも既にこの演習を遊戯と認識していた事に、だ。
「笑ってばかりはいられんぞ?
この演習での、魔族軍の損害を見てみろ。
ここまで手を抜いた上で、尚軽くない損害が出ている。」
俺は盤面を見返す。
確かにミッドブルックス島は制圧されていた。
だが、魔族軍の被害も甚大だ。
使い魔を繰り出す空母級はほぼ全壊に近い半壊。
駆逐艦級もマドモなユニットを探す方が手っ取り早い程だ。
ゴールドが装備予定の超弩級戦艦装備は軽微な損傷で済んでいるが、それ以外の戦艦はダメージが重い。
このミッドブルックス島を攻略した後はすぐに第二次リリーオ・カラニ島攻略と、ムッターマは意気込んでいたが、とてもではないが連戦をさせるのは厳しいだろう。
「それでは参謀担当の各々方は、今回の結果を踏まえて再度作戦目標の明確化、被害を減らすための戦術の検討を始めよ!
アンバー将軍、貴殿には敵方担当として意見を拝聴したい。
セーダイ特使、ご苦労であった。
攻略時には貴殿にも参加いただきたいが、本日の貴殿の任務は以上である。
追って連絡あるまで耳疾で待機されたし!
他の者も同様である。
以上、解散!」
ガタガタと多くの魔族官僚たちが席を立ち去る。
こうなった以上、俺にできることはない。
アンバーには知る限りの元の世界の話をしておいた。
後は、アンバーに任せるしかないだろう。
アンバーが少しだけ名残惜しそうに俺を見ている。
まぁ、こんな魔窟にいると、気も休まらないだろう。
とはいえここに留まる理由がない俺は、“後で飯でもくおうや”と、精一杯気楽なふりをして、アンバーを励ますことしか出来なかった。




