414:快進撃と不穏
「ハッハッハ、我が方は快勝に次ぐ快勝ではないか!
どうですか、セーダイさん?
何やら我々が負けると言っておりましたが、今のそのお気持ちは?」
ウェイキー島で辛くも勝利した俺達は、沈んだ心のまま重い体を引き摺り、城へと戻った。
サファイアの報告を受けたアンバーと共に、報告も兼ねてダンに謁見していた。
俺は無邪気に勝ち誇るダンを、冷めた目で見ていた。
「俺もな、そこまで元の世界で勉強したわけじゃないんだがよ。
俺たちの国も、最初は快勝していたらしいぜ?
ちょうどこんな風にな。」
俺は、ダンと俺たちの間に横たわっている大きな地図を指さす。
その地図には魔族軍の侵攻ルートや、人間族・エルフ族・獣人族の推定あるいは想定戦力などが魔法で書き込まれ、文字や記号が浮かび上がっていた。
先のウェイキー攻略とは違い、陸魔族の侵攻は中々のハイペースで進んでいるようだ。
「フフ、負け惜しみを。
そうだ、此度の戦い、私は改めて魔族の発展と獣人族の解放を掲げ、“大獣魔解放”という偉大なる先人の理念を元に、“大獣魔戦争”と名付けようと思う。
皆の者、今後はこの戦争をそのように呼称するように。」
皆、一様に頭を下げダンの言葉に従う。
ただ、一瞬アンバーから“ギリ……”という、まるで歯ぎしりのような音が聞こえた気がした。
“大獣魔解放”
この国の歴史を調べていた時に、そんな単語が出てきていたのを思い出していた。
本来であれば、人間族やエルフ族、ドワーフ族が行っている閉鎖的な経済活動に対抗するため、獣人族と魔族で協力し新たな閉鎖経済圏の確立を狙う構想のはずだ。
文明が発展し各種族が交易をはじめ、そして奪い合いからの世界を巻き込んだ大戦争の果てに生まれた構想。
だがここでも違和感がある。
言っては悪いが、ダンにそんな事を思いつく頭は無い。
そんな事を思いつけるくらいの、もっと器の大きな存在がいてもいい。
奇妙な音からそう思っている時に、ふと思いつきを口にする。
「なぁ、お前は“偉大な先人”と言ったが、その先人とはどこの誰だ?
というよりは、お前の前の魔族頭首はどうしたんだ?」
部屋の温度が下がったように感じた。
俺の何気ない質問で、周囲が緊張するのがわかる。
動じていないのはダンとムッターマくらいだ。
「フン、今更だな。
先代の魔王だったら俺が倒したよ。
こう見えて俺は、全てのステータスが999なんでね。」
あぁ、出た出た。
よくわからない数値化された身体能力基準。
こういう数値を聞かされる度、“コイツ馬鹿なんだなぁ”と思うようになってしまった。
元の世界であったロールプレイングゲームのように、自身の強さを数値化して他者よりも強いと解らせる。
なるほど、それは説明不要でわかりやすい。
ただ、こうして様々な世界を転々としている俺からすると、その数値は気休め程度にしかならないと知っている。
“人間にとってのステータス999は、魔族のステータス50程度”だったりする世界もあった、というのが一番わかりやすいだろうか。
或いは、ステータス最高の転生者が、現地の武術の達人に手も足も出ない、なんて事もある。
その他、ステータスが高くても猛毒であっさりと殺されたり、弱点属性があったりするとそのステータスが全く通用しなかったり……と、ステータスが高いことは決して強いことではない。
普通の人間より頑丈で、早く、強い。
結局のところ、その程度の価値しかないのだ。
というか、そのステータスの1という数字は、だれが決めているのか俺が教えてほしいくらいだ。
それこそ、あの神を自称する少年あたりが適当に決めているのだとしか思えない。
それに踊らされる転生者が、滑稽であり哀れであった。
「……なるほど、先代魔王を倒してお前が現魔王になった、と。」
俺に認められたと思ったのか、ダンは上機嫌な顔で身を乗り出す。
「その通り!
私が一番強いという事が証明され、その上で彼等もついてきているのだよ。
私の意図をよく組んでくれるムッターマと共に、私はこの魔族で世界を統一して見せるからね、ハッハッハ。」
「いえいえ、私などダン閣下の深慮遠謀に比べればまだまだ……。」
言葉では恐縮しているが、態度は鷹揚なムッターマが芝居ががった礼をする。
まさに世界は自分たちだけのもの、自分たちの遊び場だと言わんばかりだ。
「それよりも、セーダイさんのお気持ちを聞いていませんがね、どうです?」
ニヤニヤといやらしい笑みを浮かべるダンから目をそらし、俺は地図を見る。
「……言ったとおりだ。
俺はあまり詳しく歴史の勉強をしてこなかった。
だが、通り一遍程度ならわかる。
俺たちの国は序盤に快進撃を繰り広げ、そしてミッドウェー島付近の海戦で海軍戦力を失う。
そこが敗北へ向かうターニングポイントになるはずだ。」
「なるほど、だけどセーダイさん、ここは元の世界とは違う。
ミッドウェー島などという島は存在しない。
であれば、その記憶そのものが無駄というわけですね。」
ダンの言葉に、俺は地図の一か所を指し示す。
人間族とエルフ族を繋ぐ海路に浮かぶ一つの島。
「ミッドウェー島そのものはなくても、ここにミッドブルックス島という、似たような位置に似たような島があるじゃねぇか。」
ムッターマも、一瞬だが“ムッ”という声を漏らす。
リリーオ・カラニ島からもそれほど遠くなく、海路として使われている、エルフ族とダークエルフ族を人間族が支援するために要塞化している孤島。
かつて人間族が大冒険と称して新たな大陸を探し求めていた際に発見され、人間族の大陸とエルフ族の大陸のほぼ中間地点にありることから、当時の船長の名と合わせてミッドブルックス島と名付けられた、海運の要衝。
ダークエルフ族を支援するには、いずれ狙わなければならない場所だった。
「な、なるほど、セーダイ殿は戦略家としての観察眼もお持ちだったようだ。
そこはダン閣下も既に意識しており、君を試したのだよ。
ダン閣下、ちょうどいい機会です、海魔族は新型の超弩級装備を、ついに完成させたと聞きます。
更に人間族めはリリーオ・カラニ島で再軍備を進めているとも、前回の強襲を魔族の不意打ちだなどと言い、国内の抗戦活動にも利用しているようです。
ここで彼奴等をおびき出し、我等の戦力でミッドブルックスを落とす事で真に強いのは魔族であると、人間族に更なる打撃を与えて解らせる、という作戦はいかがでしょう。」
言葉に詰まるダンの前に進み出て、ムッターマが作戦を提案する。
「お、おぉ、まさしく私が考えていた事を言葉にするとは!
さすがはムッターマだな!
フ、セーダイさん、残念ながらこういう事なのですよ。
元の世界にはムッターマのような天才戦略家はいなかったのでしょう。
それに、いよいよとなれば私の能力もある。
フフフ、セーダイさんの想像するような事にはならなさそうですね。
よし、そうと決まれば机上演習の準備だ!」
本当にそうだろうか。
だが、俺がその疑問を口にするよりも早く、演習準備のための用意が魔族達によって進められる。
何故だろう、また歯車の音が聞こえる気がした。




