413:最初の辛勝
「山の中腹からこちらを狙い続ける砲台。
あまり状況は良くない……出し惜しみはしないほうが良いですわね。」
『サファイア、それは?』
使い魔を展開するサファイアが、胸元から金色の板を取り出す。
「私の取っておき、と言うやつです。」
魔力を込めると、飛行機の形になり、他の使い魔を従える様に先頭を飛び、編隊を組む。
「対地爆撃、用……何ですの!?」
雲の中から飛び出すように、1機の青い使い魔が飛び出してくる。
敵の使い魔、キャットだ。
キャットは真っ直ぐに金色の使い魔へと向かい、そして真上から魔導弾を一気に浴びせる。
「くぅぅぅ……!!」
隣のサファイアの全身から電気と火花が飛び散り、口元から一筋の血が流れる。
とっておき、という事はそこに込められている魔力も他の使い魔よりも強くなっている。
それをやられれば、跳ね返ってくるダメージも同じくらい強力なモノになるはずだ。
「まさか……、上空に潜ませていたとは。
こ、こんな事なら、金呪符を出すタイミングをもう少し遅らせれば良かったですね……。」
『バカッ!格好つけてる場合か!!
クソッ!衛生兵はどこだ!?』
混乱する戦場であっても、作戦は進んでいく。
敵のキャットを撃墜し、制空権を確保したところで上陸部隊が揚陸艇に乗り込む段階になったが、またもや不運が襲う。
『クソッ!このしけで揚陸艇が出せないだと!?』
「それに加えて、敵の反攻が激しすぎます!
このままでは荒波に揚陸艇が転覆するか、敵の集中砲火を受けて無駄死にするかの二択です!」
一次攻勢で引いてしまっている以上、二次攻勢では引くことは出来ない。
かといって、高波と砲台の波状攻撃で、前に出ることもままならない。
「……突破口を切り開きます。
サファイア様、お達者で!」
「よしなさい!まだ焦っ……!?」
二人の駆逐級装備の女騎士が、両腕で頭を守り前傾姿勢のままウェイキー島に突撃していく。
基本、海魔族騎士の装備は水陸両用ではない。
それに、ウェイキー島の周囲は鋭い岩場の岩礁地帯だ。
誰しもが予想した通り、駆逐級の女騎士達は岩場に装備が引っ掛かり、座礁する。
「魔帝国、万歳!」
「魔帝国に栄光あれ!」
動きを止めた相手に、情けをかける敵はいない。
射撃訓練場の的のように、次々と砲弾の雨が二人を襲う。
山からの砲弾が雨あられと飛び交い、駆逐級女騎士達の装備を次々と破壊していくが、女騎士達も懸命に致命弾を防ぎ応戦している。
それは生き延びるためではない。
1秒でも長く、囮としての役割を果たすためだ。
「彼女達の覚悟を無駄には出来ません!
上陸部隊、進め!」
血が出るほど唇を噛み締めたサファイアがそう指示を出すと、後方に待機していた輸送艇が前に進み、飛び交う砲弾を懸命に避けながら次々と小型の箱の様な船を吐き出していく。
箱の様な形状のその船、揚陸艇には、魔族の兵士が小隊単位で乗り込んでいる。
揚陸艇は荒ぶる波に上下しながらも、次々と接岸し、正面の板を下ろす。
次々と砲撃陣地からの銃撃で何人も撃ち抜かれていくが、それでも兵士達は死体を押しのけ、奥へ奥へと突き進んでいく。
「兵士達の支援砲撃、開始!
ただし、周辺警戒は厳にせよ!」
俺達と入れ替わるように、新たな海魔族の女騎士達が前に出てくる。
新たな女騎士の1人は、サファイアの元に近付くと彼女を助け起こす。
「よくぞ耐えたサファイア!ここから先は我々が引き受けた。
使い魔の一部を戻し、体を休めよ!」
「……助かりますわ、ガーネット様。
ロードライト様もいらしているようで。
……でも、もう少し早く来てくださっても良かったんですわよ?」
ガーネットと呼ばれた女騎士は、苦笑いを返す。
ガーネットの装備は、魔族基準の重巡洋艦級、と言われる規模のものだ。
大型の主砲を4基装備した、重装備の魔装具。
それを、コートでも羽織っているかのように軽々と操っている。
「ハハ、言ってくれるな。
ちと道が混んでいてな。
……だが、無事で良かった。」
それだけ言うと、ガーネットは颯爽と島へ向かい、山の中腹にある砲台に向けて攻撃を開始する。
「……無事なものですか。
アンバー様からの御下賜品である金呪符を、こんなところで失ってしまうとは……。」
いつも優雅な表情を崩さないサファイアにしては珍しく、悔しさに溢れた表情をしている。
本当に一瞬だが、疑問が浮かぶ。
何故、サファイアはこんなにアンバーを慕っているのだろう。
ダンを慕い、従うならわかる。
それだったら、アレの不正能力で、まぁやられてるんだろうなぁ、と思うだけだ。
ただ、サファイアはどちらかというとダンよりもアンバーを慕っているフシがある。
それに“下賜”とはまた、随分とへりくだったものだ。
まるでアンバーが王族か何かみたいだ。
「クソッ!陸の奴等め、入り組み過ぎだ!
これだと、支援砲撃が出来ないぞ!」
地上を突撃する兵士達と、海上の女騎士達。
互いに足並みも揃っていなければ連携も取れておらず、進軍の手助けとなるべき支援砲撃が満足にできない状態に陥っている。
人間族側はウェイキー島への海上支援を諦めているらしく、海上戦力が増援で来ることはなかった。
陸上の部隊からの報告で、数度の支援砲撃を行いはしたが、結局それ以上の支援をすることもできず、警戒態勢のまま海上で一夜を明かす。
「陸上部隊より打電!
ウェイキー島守備隊の基地司令を、生きたまま確保したとのことです!」
その報告を聞いて、“やっと終わる”と胸をなでおろす。
「よし解った。
なら早速その捕虜を連れて、島の各地で抵抗を続けている人間族を止めさせよ。」
ガーネットがすぐに指示を出すと、島のあちこちで断続的に鳴っていた銃声や爆音が、次第に小さくなっていく。
「……あの、セーダイ様、そろそろ放して頂けませんでしょうか。」
やれる事が無くなっていた俺は、ずっとサファイアの両肩、というか二の腕を掴んで支え、固唾をのんで成り行きを見守っていた。
気付けば日が昇り、朝の光が差し込む中、サファイアの肩を抱いている俺、というマズイ構図になっていた。
『あっ!?す、スマン、!!』
「あー!やっぱセーダイさん、スケベオヤジじゃん!!」
タンザナイトに問答無用でチョップを入れる。
“あいで!?”と、可愛らしさも何もない悲鳴を上げると、タンザナイトは頭を抑えてうずくまる。
『全く、そんな頭ピンクだと先行きが思いやられるぜ。』
両腕を組みながらタンザナイトに言い放つ。
だが、ガーネット達には笑顔は浮かばなかった。
「先行き、か。
確かにそうだな。
この戦い、勝つには勝ったが、受けた被害に対して得られるものがあまりに少ない。
……人間族との戦い、本部が言うほど楽観視は出来ないだろうな。」
ガーネットの横顔は、勝利に酔う人の顔ではなく、未来を憂う寂しい眼差しだった。




