410:彼女達の覚悟と彼の決意
「さて、それでは良い知らせから話させてもらおうか。
我等のリリーオ・カラニ島強襲と時を同じくして、陸魔族の方でも進軍を開始したらしい。
獣人大陸の西側、並びに南方に広がる諸島群に電撃的制圧作戦を実行。
これを無事に達成した、と、報告があった。」
アンバーの言葉を聞いた女騎士達が歓声を上げる。
魔族は同時作戦を展開していたらしく、その中でも獣人大陸に広がる南方の諸島群は、魔鉱石が採掘される重要な土地だったらしい。
ここに対しての進軍は、今後も戦争を繰り広げるためには必須条件であり、最優先で制圧すべき場所だったようだ。
“これで燃料の不安は無くなった”と、女騎士達は誰もが安堵の表情を浮かべている。
「次に悪い知らせだ。
人間族は、正式に魔族に対して宣戦布告をしてきた。」
その言葉を聞いて、皆先程とは打って変わって押し黙る。
「まぁ、元から急襲してるのです。
何を今更、というところではありますね。」
サファイアが、さして感情を込めずにそう呟く。
皆、同じ様に頷いているところを見ると、まぁ、何となくは解っていた、というところか。
「そうだな。幾つかの手違いはあったが、我々から先に宣戦布告をしているのだ。
ただそれの返答がきた、というところだろう。
……だが、ここから先は厳しい戦いとなる。
何せ、戦場において最も避けねばならない、“二正面作戦”を繰り広げねばならないからな。
死にたくないものはここで挙手をしろ。
ダン閣下にとりあって、後方勤務に回してやる。
どうだ、誰かいるか?
別に恥ではないぞ?」
アンバーの言葉に、誰も動かない。
静かに座る女騎士達を見回すと、アンバーは精悍な顔つきで頷く。
「よし、よくぞ覚悟してくれた。
これから、我々は魔族の礎となる。
この戦争を戦い抜き、より良き未来のために命をかけろ。」
全員が立ち上がり、一斉に敬礼する。
その光景を見ながら、“危ういな”と感じていた。
劇の飛ばし方、覚悟の入れ方が、これから戦って勝とうとしている者達のそれではない。
これではまるで……。
「早速だが、これより対エルフ族を念頭に置いた、陸魔族によるエルフ領の香炉港国を奪取するための、香炉港作戦が始まる。
そちらへの物資運搬の警護と、海魔族単独で行うウェイキー島への攻略作戦が始まる。
こちらは南洋部隊を編成して作戦に当たる。
これより呼ばれた騎士は別途作戦会議室に集合だ。
まずは……。」
本格的な打ち合わせが始まりだしたところで、俺は静かに席を立つ。
ここに俺がいてもあまり意味はない。
海魔族の女騎士達は、指揮系統の違う俺に対して何かを指示することはない。
“参加するならばどうぞ”という姿勢だ。
北を上にした地図で見たとき、魔族領の西には人間族大陸がある。
丁度中間地点からやや人間族大陸寄りに、例のリリーオ・カラニ島がある。
そして魔族領の東側に、獣人族大陸がある。
獣人族大陸は中央から北部は地続きの大陸だが、南方は小さな島々が多数あり、そこが地下資源の宝庫と言われている。
獣人族大陸の東側、おおよそ大陸と諸島をつなぐような位置に、エルフ領土になっている香炉港という国が存在する。
その香炉港には、大陸側から陸魔族が攻め込むというのが先程の“香炉港作戦”だ。
そして、諸島群の東側にあるウェイキー島は、人間族の大陸から海上を移動して最初に見える島なのだ。
つまり、最も最初に人間族が到達しやすく、それでいてそこを抑えられてしまうと、人間族が獣人大陸のどこへでも自由に移動する事を許してしまうことになる。
そのため、魔族としてもその島を取られるわけにはいかないため、海上移動ができる海魔族が制圧に向かおうというのだ。
多分、俺が同行するとしたらこちらだろう。
ここでの戦いに似たような戦いが、元の世界でもあんまりわかっていない。
俺でも知っている歴史といえば、帝国海軍が歴史的大敗を喫し、敗戦の転換点にもなったと言われているミッドウェー海戦。
確かミッドウェー島はハワイの何処かだったと思う。
そしてこの世界には、元の世界のハワイと似たようなリリーオ・カラニ島があり、それから少し離れたところ、今度は人間族大陸とエルフ族大陸のほぼ中間点に位置する、ミッドブルックス島と呼ばれる島が存在する。
ミッドウェーとミッドブルックス。
怪しいなんてもんじゃない。
ここで海戦を行うという話が今後あるようなら、全力で止める必要があるだろう。
ifの話にはなるが、ミッドウェー海戦に勝利していたら、或いはそもそも発生していなかったとしたら、日本の戦況は少し違っていたと見る歴史家もいたはずだ。
なら、俺はそのifを実現させるしか無い。
このままでは、酷い敗戦を迎えてしまう。
それに、俺が知っているのはミッドウェー海戦だけだが、実際はもっと別の戦いでもそのきっかけがあるかもしれない。
なら、参加できる海戦には参加して、最善の結果を引き寄せるしかないだろう。
ふと、窓から空を見る。
“俺一人に、何ができるのか”
いや、そんなことを考えている余裕はない。
このままでは、負ける。
正直、ただ負けるだけならそれでも良いとは思っている。
所詮は異世界での出来事だ。
俺の目的には何にも関係ない。
だが、負けたその世界には、多分彼女達の姿はない。
無傷で負けられる戦争などない。
ましてや、きっと彼女達は、元の世界で言うところの戦艦や空母といった立ち位置の存在なのだろう。
戦争における必要な損害だからと切り捨てるには、親しくなりすぎた。
アイオライトの怒った顔が、サファイアの澄まし顔が、タンザナイトの無邪気な笑顔が。
そしてアンバーの照れた顔が。
俺の胸を締め付ける。
「待て、ここから先はダン閣下以外は通せない。」
「あー、失敬失敬、考え事をしながら歩いていただけなんだ。
別に通ろうとしたつもりはないよ。
……あ、でも、その扉の先って何があるんだい?」
俺の問に、扉を守る男は鬱陶しそうな表情を向ける。
俺の特使という襟元についた階級章を見ても、その表情が変わることはない。
「特使殿といえど、ダン閣下の許可なしにこの先の霊廟への立ち入りは禁止だ。
解ったら立ち去られよ。」
扉を守る魔族の男。
腕章を見るにダンの近衛騎士の類いのようだ。
魔族における近衛騎士は、他のどんな役職よりも一段身分が高い。
ならば、こういう態度にもなるか。
だが今はそんな事は重要ではない。
先程の返答から、“やはりここか”という気持ちになっていたからだ。
他の異世界とこの城が同じ構造なのだとしたら、この扉は小さな中庭の様な場所に続いている。
そこは歴代魔王の遺体を安置している霊廟への入口となっている場合が多い。
というか、それが存在する場合、大抵はそれが表向きの話で、実際には何か地下施設が隠されていた事しかない。
“地下施設に何かがある”
当たり前だが、ようやく何かの糸口を見つけた気持ちになる。
俺は近衛騎士に謝罪すると、その場を後にする。
ウェイキー島への出撃は数日後だ。
出かける前に、ちょっくら家探しさせてもらうとしよう。




