40:同業者
1時間か2時間か。
気が付けば、ナニカをしている声と音は聞こえなくなっていた。
玉座の間に続く扉が開くと、そこには先ほどの紳士とゴスロリ服の少女?が仲睦まじく出てきた。
「オジサマぁ……、また今夜、お待ちしておりますぅ……。」
「はっはっは、それまでしっかり兵士さん達を慰労しておくんだよ。」
“ハァイ”と甘ったるい声を残し、少女?は近くの兵士を連れてどこかへ行く。
ん?王様どこいった?
「やぁ、何だか待っていていただいたようで、申し訳ないね。」
おじさんがさわやかな笑顔で歩み寄ってくる。
オレンジブリーフの半裸のおじさんが近付いてくるというその圧は、結構激しい。
「いやあの、色々聞きたいことはあるんですが、とりあえず王様はどうしたんですか……?」
おじさんは爽やかな笑顔で親指を立てる。
「今見てたじゃないか。
彼にはちょっと変わってもらったのさ。
僕はねぇ、男の娘が好きなんだ。」
衝撃的すぎて言葉が出なかった。
身長も年齢も外見も変わりまくっていたが、どうやら先ほどのゴスロリ娘が王様のなれの果てらしい。
驚く俺を尻目に“いい酒場があるんですよ。そこでもう少し話しましょう。”というと、ズンズンと城を歩き出す。
マキーナでの回復もだいぶ経過しており、痛みがあるが歩けそうだったのでついていく。
城の兵士たちはみな、おじさんが通り過ぎると敬礼していく。
オレンジブリーフの半裸のおじさんが皆に敬礼されながら通り過ぎるのだ。
裸の王様どころの騒ぎではない。
もはや訳が分からない。
混乱している俺に、おじさんは楽しげに話してくる。
「いやぁ、安心して下さい。
履いて……いや、このお城の兵士さん方には“私という存在が当たり前”という風に常識を変えておりますからな。
さぞや立派な紳士に見えることでしょう、はっはっは。」
サラッと恐ろしいことを言ってのける。
これ、俺も“耐精神”してなければヤバかったんじゃ無いだろうか?
色んな意味で回り道して正解だったかも知れない。
城を出て、城下町を歩く。
ネクタイとオレンジブリーフの半裸のおじさんが上機嫌に歩き、その後ろをスーツ姿のおっさんが足を引きずりながら歩くその光景は、このファンタジーヨーロッパ風の世界では異様なはずだ。
しかし通りを歩く人々は、“まるでそれが自然なこと”の様に認識している。
“常識改編”という能力の恐ろしさを感じる。
これ、俺も気を抜いたら“ズドン”されてしまうのでは無いだろうか……?
そんな俺の心配をよそに、おじさんは一軒の酒場の前で止まると、その扉を開けて俺を手招いた。
……結果的に命を助けて貰った恩人の誘いだ。
無下には出来ないと決心し、扉をくぐる。
「「「お帰りなさいませ!旦那様!!」」」
あぁ、うん。
解っていた。
入るときに店の看板に、
“メイド酒場~ボーイ・ミーツ・ボーイ~”
と書いてあった時からそんな予感はしていた。
メイドのコスプレをした男の娘と思われる方々が、俺達を出迎えてくれた。
「おじさま!また来てくれたのね!」
「お待ちしてました~!」
「兄貴ぃ!本日は如何致しやすか!」
おい、一人変なの混じってるぞ。
「はっはっは、僕はいつものを。
こちらの御仁にはエールを頂けるかな。」
席に着くと、オーダーをとっていたウサ耳娘?が名残惜しそうに厨房へ向かう。
猫耳娘?が膝に座り、おじさんのアゴを撫でている。
筋肉ムキムキで角刈りのバニーガール?がエールのジョッキを俺の前に置き、股間の隙間からミルクの入ったグラスを取り出し、おじさんの前に置く。
さっきの絶対お前だろ。
「あの……、結局何がどうなっているのか、説明してくれると嬉しいんですが……。」
おじさんと男の娘メイドのイチャイチャをこれでもかと見せつけられ、全く話が進まないため話題を切り出す。
「はっはっは、まずは乾杯とイキましょう。」
妙な部分をカタカナにするのは止めていただきたい。
グラスとジョッキを軽く合わせるが、“さっきあのグラス、股間から取り出してたよな”と思い、位置をしっかり覚える。
絶対そこは口つけんとこ。
「改めまして、僕は絵二三 壱系と言います。
種付けおじさんやってます。」
すいません、最後の台詞がパワーワード過ぎて入ってきません。
「あの……“種付けおじさん”とは、農業的な?」
一縷の望みをかけて聞いてみる。
農家の方だったりしないだろうか。
「いえいえ、もっぱら女性への方でして。
ただ、必ず種を付けてしまうので、社会的な責任というかそう言うモノが取れない時も多いので、男の娘専門というわけでして。」
恥ずかしそうに話すおじさんを見て、もう訳がわからなかった。
聞くと、昔はガリガリな青年だったが、ある日ちょっと薄くていかがわしい本を読んでいるうちに、“これだ!”と閃いたらしい。
そうして本にある通りに鍛えた結果、こうなったらしい。
「……それって、あの、王様を作り替えたりとか、この常識改編とかも?」
「えぇ、努力したら出来るようになりました。」
努力すげぇ!
更に話を聞くと、おじさんはこういった様々な異世界を、ずっと渡り歩いているらしい。
行った世界で転生者が常軌を逸していると感じると、彼なりのやり方で修正しているとの事だ。
方法は違うが、俺と同業者ということになるだろう。
……あまり認めたくないが。
その流れで俺自身の話もすると、おじさんは涙を流して聞いていた。
「……なんと……なんと過酷な。
……及ばずながら、僕も何かのお力になれればと思います。
必要なときは、僕の事を呼んで下さい。
貴方の叫びを聞けば、必ずや駆けつけましょう。」
泣いているおじさんがドアップで近付いてくる。
その恐怖に負けた俺は曖昧に頷き、差し出された手を取り、おじさんと固い握手を交わす。
大丈夫かな?
呼んだ対価に“尻にズドン”が待っていないだろうか……?
「はっはっは、ご安心下さい。
確かに貴方は私の好みだが、奥さんを思う貴方をNTRする趣味はございませんので。」
ごく自然に心を読むのは止めていただきたい。
「はっはっは、それもそうでしたな。
さて、私はベイビーとの約束があるので、そろそろ失礼させていただこうと思います。
あぁ、ここのお勘定は私が持ちますので、次のお店に向かわれると良いでしょう。」
おじさんはそう言うと金貨を数枚テーブルの上に置き、人差し指で光の玉を作ると俺に放った。
<システムアップデート、正常に終了しました。>
次の瞬間マキーナがアンダーウェアモードで強制起動し、左下の視界に100.00の数字が表示された。
「ささやかながら、僕からのプレゼントです。」
世界に入る毎に100%のエネルギーを持ち、世界から出るときに余った分を蓄積し続けている俺としては、願ってもない贈り物だった。
感謝をしようと視線を上げた時には、おじさんは既にいなかった。
店を出て、近くに広場があったので、そこにある噴水の縁に腰掛ける。
夜の帳がおり、街灯に照らされた街にはどこか清浄な空気が流れていた。
酒場では賑やかな笑い声が聞こえ、足早に家路へと急ぐ人々の顔は何処か明るい。
来たときのような陰鬱な、どこか狂気を感じる明るさとは違う。
(これも、おじさんの力なんだろうか)
まるで全てが書き換わったかのような、穏やかな景色だった。
多分そうなのだろう。
足下から始まる転送の光を感じながら、俺はいつまでも街を見ていた。




