407:帰路にて
「思い返してみるとなんですが……。
あの基地というか島というか、何か変じゃありませんでしたか?」
海上を移動しながら破損や破壊された使い魔の状況を調べていた、オパールがふと呟く。
「あー、なんかそれ、ボクも感じたなぁ。」
こちらは波を飛び越えたりとまだまだ元気が余っていそうなタンザナイトの呟き。
どうやら、使い魔を出していた騎士達は皆同じ感想のようだ。
『変、って、何がどう変だったんだ?』
「そうですわね……。
“まるでこちらが仕掛けてくるのを待っていた”というような感じでしょうか。」
タンザナイトを諌めていたサファイアが、自身が感じ取ったことを教えてくれる。
彼女が言うには、こちら側からの攻撃を受けて迎撃機が上がってくるまでが相当な速さだったというのだ。
『……?
いや、まぁ言ってはアレなんだが、それは敵の練度が高かった、という事なんじゃないか?』
「……それが、奇妙に感じ取れるところなのですわ。」
いまいち理解ができなかった俺は、とりあえず相手側に立って考えてみる。
何故待った?
いや、本当に待っていたのか?
自軍に大被害が出るのに、本当に待つ必要があるのか?
……もしかして、知らなかったのだとしたら?
想像を元に、いくつかの仮説を立てる。
もし宣戦布告が届いていたなら。
人間族でも、“さらなる戦争”に向けていささか引け腰になる事もあるだろう。
為政者からすれば、戦争での犠牲者とはレポート上の数字だ。
そこに実感はないだろう。
だが、兵士として駆り出されるのは人々だ。
自分が、愛する者が、家族が隣人が知人が。
行ったきり、帰ってこない恐怖がそこにはある。
ならばこそ、“自らそれを選ぶ”のは抵抗がある。
でも、“魔族に家族友人を知人を殺された”という怒りがあれば、戦う事を躊躇わないだろう。
為政者としても、そこに大義名分が生まれる。
これは、それを狙った犠牲だった?
でも、だとしたら、随分身を切った賭けに見える。
これを選ぶくらい、人間族は追い詰められているとも思えない。
では。
もしも、もしも“宣戦布告が届いていなかった”としたら。
『……クリスタル、申し訳ないが本部に問い合わせてもらえないだろうか?
“本当に、宣戦布告は向こうに通達されているんだよな?”と。』
俺は青ざめながら、その推測における最悪の可能性を潰せればと、クリスタルに依頼する。
しかし、この推測が元の世界の歴史と照らし合わせても、自分の中で一番しっくり来てしまっていた。
“宣戦布告は相手まで通達されていない”
もしそれが届いていたなら、最優先で最大限の警戒態勢を敷くように軍全体に通達がされるだろう。
そうすれば、魔族領に一番近いここは、もっと早く警戒していたはずだ。
こちらの第二次攻撃の時に、あれ程の対応力を見せた練度の高い部隊だ。
それこそ第一次の攻撃の途中で、いや下手をしたら開幕から対応してきただろう。
こちらの使い魔は出撃した全体の中で1/5程度が撃墜されている。
また、敵戦艦が起動した場合に備えて共に進撃していた海中兵士という5人の女騎士達は密かに命を落としている。
現状でこれなのだ。
宣戦布告が通っていれば、こちらの被害はもっと激しいものになっていただろう。
「……何!?それはどういう……!?
……そうか、解った。」
本部と交信していたクリスタルが表情を変えて怒鳴りかけるが、途中で気落ちしたようにトーンを落とし、そのまま交信を終える。
『……クリスタル、出来れば内容を教えてほしいところだがね。』
眉間にしわを寄せ、複雑な表情をしているクリスタルに声をかける。
想像通りなら、士気を大きく下げる事になるかも知れない。
だがそれでも、このままには出来なかった。
「……わかった。
どうせ港に戻れば知らされる事だ。
ただ、改めての指示があるまで、ここでの会話は口外禁止だ。
……手違いにより、魔族の宣戦布告はつい先程、人間族に渡されたと確認が取れた。」
『なっ!?』
思わず驚きの声を上げる。
この作戦は魔族時間の午前3時、人間族の首都あたりの時差で言えば午後1時に渡すように手配していた。
このリリーオ・カラニ島への攻撃はその30分後の、午前3時30分、島の現地時間で言えば午前7時50分頃に開始している。
それが、どうやら人間族の代表に渡されたのは魔族時間で言えば午前4時20分。
つまり人間族には、午後2時20分に宣戦布告が手渡されたらしい。
完全にアウトだ。
作戦開始から50分後といえば、恐らくは使い魔の二次攻撃部隊を出撃させた辺りではなかったか。
「と、ともあれ、戦果は大戦果ですよ!?
確認戦果だけでも、敵戦艦級8基の撃沈もしくは撃破、その他11基の艦船装備の撃沈もしくは撃破、使い魔装備は300機以上の破壊を確認しています。
ここまでの損害は、流石に人間族といえども無視できないダメージになりますよ!」
ここまで本部との通信をしていたからか、オパールが確認戦果を読み上げる。
「そうだよ、セーダイさんだっけ?
オパール姉様が言ったとおり、アタシ等はあの人間族に襲いかかって、世界で初めて大戦果を上げたんだぜ?
心配なのは解るけどよ、あんま心配しすぎてるとハゲるぜ?」
また髪の話してる……。
って違うわ。
オパールの妹だという割には、白い肌の姉に全く似ておらず褐色でショートカットのガブロライトが、男勝りな発言で豪快に笑い、腕を組んで海上を滑っている。
『やっかましい!ハゲるは余計だ!』
「あ、怒ったぁー?ごめんごめーん。」
それ絶対謝ってないよね?
まぁ、起きてしまった事をどうこう言っていても始まらない。
オパールとガブロライトの2人が、沈みかけた空気を上げようとしているのは理解していた。
『……確かに、悔やんでも仕方ねぇな。
この後の事を考えないと。』
この後、間違いなく人間族は本腰を入れて魔族討伐に乗り出すだろう。
どこまで、あのムッターマとダンの奴が未来を見据えているのか。
戻り次第、すぐにでも確認する必要があるだろう。
「あ、そういえばセーダイ様。」
(マキーナ、加速準備。)
<……はぁ。まぁ、解りました。>
ふと、思い出したようにサファイアが俺を見る。
そのにこやかな笑顔に、不穏なものを感じて速度を上げる準備をする。
「その、行きに話していた魔力のお話でございま……あ、お待ちになって!」
『マキーナ!フルスロットルだ!』
<最大戦速、実施しました。>
マキーナの加速に合わせて前傾姿勢を取る。
こういうのは三十六計逃げるに如かず、って奴だ。
余計な追求が来る前に、疲れさせるためにも逃げ続ける!
「クソッ!オパール姉!そっちから回り込んで!」
「タンザナイト!貴方はそちら側から!」
ライオンの群れから逃げ回る子鹿の気分というのは、こういうものなのだろうか。
「まーてー!!」
「フム、別にどうでもいいが、あぁまで見事に逃げ回られると何故だか捕まえたくなってくるな。」
傍観していたクリスタル達も、何故か参戦してくる。
まぁライオンも、狩りをするのは実はメスって話だしな。
そんな現実逃避をしながら、俺は必死に逃げ回るのだった。




