401:交渉
「こちらが、今回我々人族が魔族に対して要求する項目になります。
目を通していただき、質問があればお答え致します。」
「……なっ!?」
人族の外交官から渡された数枚の書類。
それを見始めたアンバーの顔色が変わる。
斜め後ろにいる俺にも、その書類の内容は見えていた。
これでは、まるで……。
「巻き込んでしまってすまないなセーダイ。
今回の交渉、本来なら私だけで向かう予定だったのだが。」
人族との交易船、その一室に俺とアンバーがいた。
目的地は勿論、人族が支配している中央大陸。
そこであちらの外交官と、魔族・人族間での戦争が起きないように和平交渉をするためだ。
「ダン……、いや、ムッターマの奴は俺を連れ出したかった様だから、どう転んでもこの結果になったろうさ。
アンバーが気にすることじゃねぇよ。」
「そう言ってくれると助かる。
だが、お前もアレだぞ?
流石にあそこまで派手にやると……。」
アンバーが何気ない会話をしながら、筆談で“その首輪は盗聴機能もある”と書いてこちらに見せてくる。
「あぁ、まぁ、その辺は解ってるよ。
いや、俺も暴れすぎたかなとは思ったんだ、だけどよう……。」
会話しながら頷くと、アンバーも理解したようだ。
今現在、この盗聴機能がオンになっている事をマキーナも確認している。
この場合、この首輪は俺の動きまでトレースする事が可能なので、俺の手の動きまでバレる可能性がある。
だから、筆談ですら避けたいところだった。
あくまで自然に、受け答えの中でこちらも気づいている事を伝えるしかない。
「まぁ、解ってるなら私は別に良いが。」
「それよりも、何で人族は今回の和平交渉に応じたんだ?
言っちゃなんだが、別に相手にしなくても良いというか、勝手に魔族と獣人族で戦ってるなら物資だけ支援して放置で良いんじゃないか?」
俺の状況を把握してもらったところで、俺は気になっていた事をアンバーに話す。
経済封鎖を実行したのだ、これで獣人族に支援を送り続けていれば、放っておいても魔族が衰退していく可能性もあるだろうに。
「あぁ、それは人族とダークエルフ族との戦争に起因しているな。
今現在、エルフ族の大陸はダークエルフ族とホワイトエルフ族とで、領土戦争が起きている。
一時期はダークエルフ族が領土の7割を制圧し、ドワーフ族の大陸も1/3程度手中に収めたほどだ。
だが、その弱ったホワイトエルフ族を支援し、戦争に介入しているのが人族なのだ。」
改めて、アンバーからこの世界の情勢を聞かされる。
少し前に、やはり全世界的な戦争があったらしい。
最初はダークエルフとホワイトエルフ同士の一部族での抗争が、徐々に各部族に発展、最終的には獣人族を除く全種族を巻き込む戦争へと発展していった。
結果として、ダークエルフ族対魔族、人族、ドワーフ族という様相になり、ダークエルフ族の敗北で幕を閉じる。
その際、ダークエルフ族には各種族への莫大な賠償金が課せられ、そのせいで経済が困窮。
当時の主力部族が失脚し、現在は大ダークエルフ統一部族、という部族が主力らしい。
その大ダークエルフ統一部族は各ダークエルフの部族を併合、元よりも巨大になったところでホワイトエルフ族への併合または隷属化を迫ったらしい。
力をつけ直したダークエルフ族の攻勢は凄まじく、エルフ族の大陸は実に7割が制圧されているらしい。
また、ダークエルフ族はドワーフ族の大陸にも興味は強く、ドワーフ族との戦争も、もはや一触即発の状態らしい。
魔族も魔族で、先の大戦ではダークエルフ族とは敵対する立場にあったが、その際に各国の近代化された武装を元に軍備の強化、そして、戦争後の経済不景気で国民感情が蓄積し、“他種族のように魔族も植民地を持つべし”という理論が囁かれるようになったのが、今回の獣人大陸侵攻の遠因になっているとのことだ。
「……なるほど、それまでホワイトエルフが植民地化してきた獣人族を、“じゃあちょっと僕等も”とやってくる魔族はエルフ族からしてみれば面白くは無い話だし、獣人族からしてみても“支配者がエルフから魔族に変わるだけ”だし、台頭してくる魔族に対して“いつかは自分達を攻撃してくるかもしれない”と人族も警戒を強めている訳だ。」
「あちらの理屈では、そうだろうな。
だが、獣人族と魔族が大きくなろうとするその芽を、エルフ族と人間族が封じているというのも、また1つの見方ではあろう。
我々から見れば、そちらの方が真実だ。
獣人族に関しては、確かに一時は植民地化するかも知れないが、それは我々の経済が立て直るまでの間だけだ。
いずれは開放し、改めて独立の段取りを取る手はずではある。」
割りを食うのは獣人族、か。
なんとも言えない表情になってしまう。
なるほど、あの陸魔族の将校が言っていた“獣魔共栄圏構想”とやらに、これが繋がるのか。
虐げられた魔族と獣人族を、エルフ・人族という列強の植民地支配から解放し、魔族・獣人族での他種族に負けない経済圏を構築する。
なるほど、聞こえは良い。
それがその通り実行されれば、だが。
だが実際は、魔族拡大のための足場として獣人族を利用するだけだ。
“魔族が経済を立て直すため”?
それはいつの話だ。
期限を決めない青天井の空手形。
そんなもの、約束とすら言えない。
陸魔族の将校の、あの怒りの顔を思い出す。
現地にいる兵士達の、あれは理想と現実と上層部の思惑が入り混じった灰色に対する、沸き立つ怒りだったのか。
「何とも言えねぇな、陸の現状を見ちまうとよ。」
「……そうかもしれんな。
私の立場としては、それを認めるわけにはいかんがな。
……そら、見えてきたぞ。」
人間族の港が見えてくる。
その規模からも、魔族とは違い圧倒的な工業力があるのは一目瞭然だ。
曇天の空を見ながら、俺は元の世界の歴史を思い返していたが、ふんわりとしか思い出せない。
確か、元の世界でも開戦直前にあの大国と和平交渉があったはずだ。
あれ、何だったか……?
死因を書くとその通りにデスるノートじゃなくて……。
こんなことなら、もう少し歴史を勉強しておくんだった。
世の中、何が役に立つか本当にわからないものだ。
「お待ちしておりました、アンバー将軍。
……そちらの方は?」
「久しいな、スプリング長官。
元気そうで何よりだ。
こちらは私の副官、今回の交渉に同席するセーダイ特使だ。
今後、何かの折にこちらにも伺うことがあるかもしれん。
よろしく頼む。」
人族側の外交官は、一瞬だけ刺すような表情で俺を見るが、すぐに穏やかな表情に戻る。
「……左様でございましたか。
私はてっきり、そちらのダン元帥がいらしたのかと思いましたよ。
人間と同じ見た目だと伺っていますからね。」
「ハハハ、口には気をつけることだ。
“うっかり怪我”などしたくもないだろう?」
静かな、そして重い空気が早くも流れ出す。
「左様ですな。
さて、余談はこれくらいにして、今回のお話を始めましょうか。」
スプリング長官は俺達をエスコートすると、豪勢な文様が彫られた椅子に案内する。
アンバーが席に付き、俺はその斜め後ろで起立しておく。
一応は護衛の役でもある。
少しはそれらしくしておかないとな。
そんなことを考えながら周囲を警戒していると、アンバーの目の前に書類が一通置かれる。
「こちらが、今回我々人族が魔族に対して要求する項目になります。
目を通していただき、質問があればお答え致します。」
「……なっ!?」
人族の外交官から渡された数枚の書類。
それを見始めたアンバーの顔色が変わる。
その書類、端的に言うとこうだ。
全ての国の領土と主権を尊重すること。
内政には干渉しないこと。
平等で自由な貿易の継続を行うこと。
周辺国への不支配を約束すること。
端的に言えば、“獣人族の戦争と、ダークエルフ族との提携から手を引け”ということだ。
「あぁ、もちろん、タダでこちらの要望が通るとは思っていませんよ。
これをお約束いただけるなら、こちらもある程度は譲歩の余地があります。
その内容は次の書類に。」
ペースは完全に人間族の方が握っているらしい。
俺は周辺警戒しながらも、アンバーがめくる次の書類に、意識を向ける。
年内の投稿はこちらで最後となります。
次回投稿は2023年1月10日を予定しております。
皆様、良いお年を。




