400:ムッターマという男
「どーもダン閣下、ご機嫌麗しゅう。
こちらに、セーダイ・タゾノ特使がいると聞いたんですが、そちらがソレでしょうか?」
年齢にすると20代?位だろうか。
他の魔族の様にこめかみの少し上くらいから2本の立派な角を生やした、浅黒い肌をもち長髪の若い男がひょっこりと、俺が蹴り飛ばした扉を踏み越えて現れる。
その身なりは他の魔族とは違い、なにやら勲章が大量についた軍服に、厚手のいい生地で仕立てられたとすぐに解る高そうなコートを着けてと、まるで少女漫画に出てくるお貴族様のような格好をしてやがる。
そして、一応国家元帥の立場にいるダンに対しても物怖じしないそのフランクな口調が、酷く場にそぐわなかった。
「フン、ムッターマか。
お前がこちらに来るとは珍しいな。」
ダンが玉座に座り、頬杖をつきながら少し呆れた顔をしている。
ダンの言葉が本当なら、この優男が噂のムッターマ将軍か。
想像より随分と若い。
それに、魔族特有の青い肌でないのも気になる。
「えぇ、直接お会いした方が良いと思いましてね。
文章や念話では、細かなニュアンスを伝え損なう恐れも、誰かに聞かれる恐れもありますから。」
「あ、あの、緊急の……。」
飛び込んできた若い通信兵の女性は、この空気にどうして良いか解らずオロオロするばかりだ。
「あぁ、もう良い、下がれ。
ムッターマ、お前が来たのもこの件であろう?」
ダンが鷹揚に顎で通信兵を下がらせると、ムッターマ将軍に目だけで威圧する。
それはきっと、コイツ等の中では挨拶のようなものなのだろう。
ムッターマ将軍はどこ吹く風と、涼しい顔を崩さない。
「えぇ、えぇ、その件ですとも。
どうやら人族とホワイトエルフ共は、小賢しくも我々を経済封鎖で困窮させようという作戦のようですな。
ともあれ、このままただ反発するのも、風聞が良くない。
そこで、閣下の新しい玩具をお借りしに来たと、そういうわけでして。」
「む?なるほどな……。
とりあえず聞いてやろう、仔細を話せ。」
ムッターマが言うには、まだ直接の戦闘状態にない人間族に対して会談を持ちかけてはどうか、という提案を持ってきたらしい。
ここで変に反発しては全種族を敵に回しかねない。
今回の獣人大陸侵攻も、獣人族が先に仕掛けてきたことに対する主権の侵害と防衛行動、そして周辺の少数獣人種族の保護を掲げたものであることを説明し、魔族の正当性を主張する。
それが、ムッターマの提案だった。
「ホウ、やはりな。
流石は俺の頭脳、よく頭が回る。
それでセーダイか。
だが、コヤツは人間だが?」
「左様でございます。
人間族の交渉の場に、人間のこの男がいる。
彼奴め等の驚きが見えるようです。」
“なるほど、なるほど”と、解ったように頷く。
こいつ等、解っているのだろうか?
経済封鎖までやった相手が、“対話”などするわけもない。
それに、さっきからダンの奴が訳知り顔なのも何だか不愉快ではある。
「だが、セーダイ1人では不安だな。
よし、アンバー、お前もついていけ。」
「流石閣下!
私がお願いしたい事を、既に見抜いていらっしゃいましたか!」
ムッターマ将軍は全身で喜びを表すと、両手を広げて天を仰ぐ。
「このままセーダイを向かわせても、あちらの言に惑わされ丸め込まれることも考えられます。
そこで、基本の交渉はアンバー殿に任せ、セーダイはいる事で圧をかけるべきではと進言しようとしておりましたが、流石は閣下!
既に私の考えを見抜いておられましたか!!」
「ハッハッハ、そんなに持ち上げてくれるな、ムッターマよ。
お前の提案はいつも驚かされる事ばかりだからな。
よし、その進言、採用しよう。
……聞いていたな、セーダイ。
さっそく俺のために働く栄誉を授けてやろう。」
……なぜだか知らないが、この会話に酷く違和感を感じる。
上手く言い表せないが、何となく“ボタンの掛け違い”という言葉が脳裏によぎるほどだ。
「……特使だなんて、今初めて聞いたんだが?」
「フン、ムッターマの進言でな。
陸魔族の現状を見に行かせるために表に出したとはいえ、階級も身分もないお前がまともに相手にされるわけが無かろう。
だからお前に“特使”という立場を与え、多少は動きやすくしてやったほうが良いだろうというムッターマの慧眼に、感謝するがいい。」
確かに、どこへ行ってもそれなりの立場としては迎え入れられた事にも、少しだけ違和感を感じていた。
念話か何かで、事前に通達が言っていたのだろうと思っていたが、まさか特使扱いだったとは。
「いえいえ、閣下がセーダイを送り出した時、すぐにこれは“閣下は私を試しておられる”と気付きましたよ。
私がどこまで即応できるか、確認されていたのですね?
いやはや、閣下もお人が悪い。」
ムッターマの言葉に、ダンはただ笑う。
「よし、ではセーダイ、会談場所が決まり次第、アンバーと共に行ってもらおうか。
もう行っていいぞ。」
ダンの言葉で、俺の体に少しずつ痛みが走る。
“行っていいぞ”とはつまり、“早くここから出ていけ”ということなのだろう。
だから、留まり続ければ俺の体に不調が出るというわけだ。
俺は痛みをこらえながら立ち上がり、ダンを指差す。
「戻ってきたら、次こそはテメェぶちのめしてやるからな。」
全身の激痛がより激しくなったが、堪えて背を向け、歩き出す。
「……セーダイ、無理するな。
肩を貸してやる、行くぞ。」
玉座の間を出たところでふらついたが、アンバーに抱えられ、肩を貸してもらい歩き出す。
「へっ、すまねぇ、下手打っちまった。」
アンバーを見上げる最中、雫が1滴落ちていく。
「怒ってくれて、嬉しかったよ。
でも、それだけでいい。」
見上げると、悲しげに微笑むアンバーの顔が目に映る。
王城の1室、ベッドと机と椅子、それにクローゼットがあるだけの、先程の玉座の間に比べたらうさぎ小屋かタコ部屋の様な部屋に案内される。
どうやら、ここが俺の私室になるそうだ。
「とりあえず、今は体を休めろ。
どうせすぐに、人間族の中央大陸に向かうことになる。
……それとも、私が添い寝しないと眠れないか?」
“馬鹿言え”と怒ってみせると、アンバーは笑いながら部屋を後にした。
(マキーナ、今俺の体はどういう状況になってる?
この首輪の効果は確認できたか?)
ベッドに横になり、音1つしない空間で目を閉じながら、自身の状態を確認する。
<勢大の想像通り、この首輪には盗聴機能がついているようです。
但し、この機能に関しては常時起動ではないため、起動すれば私でも検知出来ます。
また、この首輪から細い糸のようなものが、勢大の後頭部を経由して脊髄まで伸びています。
恐らくこれが遠隔魔法、或いは任意の行動に対して電気信号を発し、激痛を与えているものと推測されます。>
しかも、この糸に関しては物理的なものというよりは魔法的な存在らしく、俺の変身でも遮断することが出来ないという事だ。
<最後に、私の状態ですが……。>
こちらはもっと深刻だった。
マキーナの全ての機能がダンの手に落ちていた。
所有者権限で俺にしか装着は出来ないが、ダンが意識するとマキーナが“自主的に”ダンの想定する状況になるように機能を使用してしまう、らしい。
俺自身の力はマキーナに依存している訳では無いが、なんだかんだでマキーナの補助があって成立している事も多い。
単純な殴り合いなら負ける気はないが、“魔法”を絡めた戦いになってくると、どうしてもマキーナが無いと厳しい戦いになる。
(まいったねぇ……。)
いつしか、俺は眠りに落ちていた。




