397:歯車の音
「全く……、丘で戦況を見たいと言い出したり、かと思えばすぐに帰りたいだなんて。」
キルッフは愚痴を言いながらも、魔導二輪車の速度を上げて港までの道をかっ飛ばす。
側車の中で硬いシートに揺られ続けて尻が痛いが、それは我慢する。
ここがもし俺の考えてるような歴史の流れ、状況の推移をしているなら、魔族の未来は決して明るくない。
それを、急いでダンの奴に確認する必要がある。
「スマンな、ただ、できるだけ飛ばしてくれ。
すぐに本部に戻って、確認したいことがあるんだ。」
俺の気持ちを汲んでくれたのか、キルッフの奴は特に文句も言わず、暗い夜道をひたすらに速度を上げて、休みも取らずにぶっ通しで走り抜けてくれた。
キルッフの頑張りもあり、夜明けには港にたどり着く。
「すまねぇなキルッフ。
お前の協力、俺は忘れねぇよ。」
俺の言葉にキルッフはフラフラで死にそうな顔をしながらも、握手で答えてくれた。
「短い間でしたが、こちらこそ色々と気づくことの多い道のりでした。
……ただ、次回はもう少し、時間的余裕があると嬉しいですよ。」
その皮肉に俺もニヤリと笑いながら、互いに力強く握手する。
「次に来る時があれば、そうさせてもらうぜ。
……あぁそうだ、キルッフ、お前に頼みがある。
俺の陸魔族の伝手は、今回こうして一緒に旅をしたお前しかいないんだ。
だからさ、死ぬなよ?
そして、偉くなっていてくれ。
可能なら、この戦争に何か物言いが出来る位の立場まで。
……頼むぜ?」
「セーダイさんは次から次へと無理難題を言うんだから、もう。
……まぁ、善処しますよ。
僕にできる限りの事、にはなりますけどね。」
キルッフも、先程までの疲れた表情ではなく、精悍な魔族の戦士としての顔で俺に応えてくれる。
この時代の魔族の若者にしては、謙虚な答えだと思う。
だが、その現実的な回答が俺にはありがたかった。
「それでいい。
戻ってきた時にまたすぐに連絡が取れるように、お前の念話周波数を教えてくれ。
あぁ、別にナンパしてるわけじゃねぇ。」
「ナンパだったら、少々強引が過ぎますよ?」
お互い少し笑うと、俺は港から海へ飛ぶ。
「マキーナ、水上モード。
変身だ。」
<水上モード、起動します。>
全身を黒いラバーのような素材が包み、いつもの装備が出現する。
そして水上に降りる瞬間、足裏から短めのスキーの様な板が伸び、裏側には水中用モーターが生成される。
(このモーター、なんかすげぇマブチ的な奴に見えるんだよなぁ。)
<馬鹿なことを考えてないで出発してください。>
マキーナ先生に怒られる事が最近多いな、と、思いながら、振り返りキルッフに手を振り、俺は獣人大陸を後にした。
<現状の速度で移動すると、魔族大陸までの到達は本日未明と予測されます。
この世界、空を飛ばないのは不便ですね。
飛べば半日程度は短縮できるのですが。>
珍しくマキーナが不満を言う。
「ん?なんだよマキーナ。
いくつか条件付けられた世界は今までも見てきただろ?
この世界だと、空が飛べないんじゃないのか?」
<魔法のある世界で、空が飛べていない世界はほぼありませんでした。
そういう意味でも、この世界は不思議なバランスです。
陸の装備、海の装備は、勢大に解るように言えば19世紀頃の文明力はありそうです。
勿論、ガソリンや石炭の代わりに魔力を使っている、という差は存在しますが。
それでも、ライト兄弟のように“空を飛ぼう”と考える人類、ないしはそれに近しい存在が出てきていない事が不思議でなりません。>
海の上を移動しながら、俺は考える。
マキーナに聞いたところ、取り込んだ魔装の仕様から、空を飛んでもおかしくないくらいには技術力があるらしい。
試しにと、マキーナの改造で空を飛べるか試してみる。
背中にウイングとブースターが出現し、起動する。
ブースターから、甲高いホワイトノイズが聞こえる。
……が、飛び上がらない。
『アレ?マキーナさん?』
<……おかしいです、燃料の消費が異常です。
申し訳ありません勢大、緊急停止します。>
結果としてわかった事は、空を飛ぼうとすると魔導石の消費が数十倍から数百倍に跳ね上がるらしい。
なるほど、それではあまりにも効率が悪い。
海魔族の魔装は、いやこの世界における大抵の兵器の燃料として、魔導石という鉱石を精製して液体、または固体のまま使っている。
エネルギー効率で言うなら、元の世界の豪華客船くらいの規模の船を、500mlペットボトル1本分くらいの量で、最大速度で1日稼働していても余裕なくらいのエネルギー効率だ。
それでも、魔装を含めた兵器類は、流しっぱなしの蛇口のようにこの燃料を使う。
その魔導石は大体どの大陸でも採掘することができるが、1番産出しているのは獣人大陸とドワーフ大陸となる。
魔装そのものはドワーフ大陸と人間族大陸から魔鉱石という素材の輸入が主だが、少し前に獣人大陸から大量に、それも高純度な魔鉱石の鉱脈が発見される。
だからこそ、ドワーフ、エルフ、人間、魔族と、全ての種族が獣人大陸を虎視眈々と狙っているのだ。
これはキルッフとの移動中の会話で知ったことだが、俺が来る前に魔族はドワーフ族と大きな戦争を行っていたらしい。
結果はダンの奴の采配もあり、魔族が勝利したらしい。
その際に、魔族ドワーフ族間で不可侵条約を締結していたらしい。
その不可侵条約から、ドワーフ族は獣人族を表立って支援することは出来ない。
また、エルフ族も、種族としてダークエルフとホワイトエルフの2種族がいるらしく、常にダークエルフとホワイトエルフで争いを行っている。
そして魔族とダークエルフは関係が良好であり、獣人大陸の支配エリアでもダークエルフ族が優勢となって植民地化していたため、やはりここのルートから獣人族を支援することはできない。
残る最後のルート、ホワイトエルフが植民地支配している地域。
ここを使い、ホワイトエルフを隠れ蓑に、人間族が獣人族に物資支援をしているルートがある。
魔族はこのルートを締める事が出来なかった。
一部の魔族将校からは戦争の長期化という懸念が上がっていたが、先のドワーフ族との大戦で勝利していた事が、悪い方に働いてしまった。
つまり、“この程度、大ドワーフ帝国を打ち倒した、精強な我等魔族軍には障害とならず”と、過信してしまったのだ。
先のキルッフの回答に、俺が謙虚だと見直したのはこれのせいだ。
陸魔族は当然の事、海魔族であっても、“強大な敵なぞ何するものぞ”というような、大言壮語が魔族の中では蔓延っていた。
自然、出来そうにない事でも“出来る”と言わないといけない様な、出来ないと言えば“軟弱者、未熟者”と嘲笑われる様な、そういった風潮のようなものが生成されていたのだ。
だからこそ、俺はキルッフの回答が地に足付いたモノと解り、好感を持つことができたのだ。
逆に言えば、この状況であれだけ冷静に現状を把握できる奴は貴重だ。
何とか陸と海の奴らを繋げなければ、俺が想像する通りなら最後は魔族大陸が碌でもないことになる。
話を戻す。
結果から言えば、これは後で知った事だがこのホワイトエルフルートと呼ばれる支援ルートを通じて、獣人族は魔族との戦争を続けられるだけの物資を人間族から受け取り続け、この獣魔戦争を長期化させていく事に成功する。
それは魔族にとって簡単に終わると思っていたこの戦争が、その予想を裏切り長期化という泥沼へと沈んでいき、低い国力の魔族が徐々に疲弊していく事を意味していた。
どこかで、終焉に向けて回転する歯車が、1つ回る音がした。




