396:戦争ゲーム
「……ホゥ、海の女狐共が、旨そうな匂いに釣られて横槍を入れてきたか。」
前線の駐屯基地。
そこに構える魔族の指揮官にキルッフが司令部からの書簡を渡し、その中身を見た現地指揮官が愉快そうに笑う。
「お前等は、この指令書を見たか?」
愉快そうなままこちらに話しかけてくる指揮官に俺達は顔を見合わせ、そして見ていないことを伝える。
俺たちの回答が予定通りだったのか、“そうか、そうか”と楽しげに笑うと、指揮官はドカリと椅子に座る。
「もうじき、獣共が潜んでいる鉱山基地を攻略する作戦が実施される。
我が部隊は奴等が潜む基地の、熱壁と呼ばれる城壁手前まで進軍し、前線基地を構築しておる。
それに対して、海からの砲撃と、使い魔による都市部の爆撃を提案してきておるのだ。
何とも非道なことよ。
儂等ですら、都市部への攻撃は避けたというのにな、ハッハッハ!」
にわかには信じがたい話であった。
ただ、俺達の表情を見て面白くなったのか、キルッフが持参してきた機密事項であるはずの書簡を、事も無げに俺達に放る。
「セーダイといったか。
この戦争、よく見ておく事だ。
マトモな奴などどこにもおらん。
そこにあるのは“戦後を見越した利権争い”が転がっておるだけよ。」
“熱壁作戦”
そう名付けられた指令書が目に入る。
作戦起案は例のムッターマという将軍だが、アンバーの同意を示すサインやダンのサインもそこには印されている。
今回の偽旗作戦を機に、“魔族への明確な敵対行為”を理由に獣人連合を攻撃。
その際に海魔族による艦砲射撃と、都市部への空爆が示唆されていた。
そして、その後治安維持の名目で親魔族派の獣人を代表にして、獣人共和国を樹立する事がこの作戦の全容のようだ。
「本国の政治屋共は戦線の不拡大を叫んでおるが、一皮むけばこれだ。
我々とて、魔装に使うためにも、獣人大陸の鉱石は無限に必要なのだ。
我々はもう戻れない。
戦線は伸び切り、横腹を食い破られてでもなお戦い続けるだろう。
……奪い尽くして、焼き尽くして、そこに一体何が残るんだろうな。
獣魔共栄圏構想とは、なんだったのか……。」
狂気の熱に浮かされていたと思った司令官は、最後に弱々しく言葉を漏らす。
その、弱々しくもはっきり聞こえたその言葉が、この男の本音なのだろう。
兵士として現場にいる魔族は、この戦争を“獣人族を開放するため”と本気で信じて戦っている。
誰も、本気で獣人族が鉄道爆破を仕掛けたなど思っていない。
でも、“獣人族をエルフの植民地支配から開放するためには仕方ない”、そんな思いが、彼等の中で共通の認識だ。
ここに来るまでにすれ違った彼等からの会話で、痛いほど解っていた。
その事実が、重い空気としてこの部屋に纏わりついているようだった。
「セーダイさん、そろそろ始まるよ。」
キルッフに頼み、俺達はすぐに引き返さず見晴らしのいい丘に来ていた。
ここなら、かなり先の地形まで把握できる。
熱壁作戦は今夜未明に始まる。
どうしても俺は、それを見ておきたかったのだ。
「……始まったな。」
低い山向こう、それまで夜の闇で真っ黒だったそこが、にわかに明るくなる。
遅れてかすかに響く無数の爆発音が、まるで遠雷のようだ。
本当にやりやがった。
何となく、海魔族の女性達は“善きもの”で、陸魔族の男性達が“悪しきもの”だと認識していた。
強い光がいくつか夜空を照らす。
アレは魔装の砲弾か。
改めてこの風景を見ていて、“戦争に善きものなどいない”と気付かされる。
「セーダイさん?そろそろ行きますよ?」
だいぶ長い事待たされて、キルッフも飽きてきていたのだろう。
早く側車に乗るよう促してきた。
俺は、視線を引き剝がすようにして振り返ると、側車のシートにおさまる。
「なぁ、キルッフ。
お前は、この戦争をどう思う?」
あまりにも陳腐な質問。
俺自身、こんな事を聞かれたら“はぁ?”と疑問を返すくらいだろう。
今更何を言っているんだ、戦争なんざ、こんなもんじゃねぇか。
そう、したり顔で答えるだろう。
「セーダイさんが思う事は解りますよ。
僕だって、この戦争は正しい事だと聞かされて、それで志願したんですから。
……僕は、あまり裕福でない村の出身でして。
いつも腹をすかせて、坊主になった山に食い物を探しに行っていましたから。
だから、貧しい魔族に経済制裁をするエルフ族や人間族は悪だと教えられてきましたし、同じように苦しんでいる獣人族は救わなきゃいけないと、そう教えられてきましたから。」
ならば何故。
ならばお前は何故、そんな風にすました顔でいられるんだ。
「だって、仕方ないじゃないですか。
いや、その言い方は適切じゃないですね。
“他に方法が無かった”んです。
ダン閣下が来てから、僕等の生活は一変しました。
細々と生きてた僕等は、エルフ族や人間族と肩を並べるような強大な力を得ました。
そのダン閣下が、勝てると思ってこの戦いを始めたんです。
なら、僕等はそれに従うしかないんですよ。」
魔族はどの世界でも、強い者に従う習慣がある。
転生者の不正能力、アイツは人心掌握だったか。
それを使い、強さを錯覚させて国の最高指導者まで上り詰めた。
その能力が失われれば簡単に鍍金は剥がれるだろうが、ここが奴の世界である以上、それは難しいか。
「それに、悪いことばかりでもないですよ。
ダン閣下が統治するようになってから、今のところ負け無しですからね。
それこそ破竹の勢いで、魔族は勢力圏を拡大してます。
この世界はまだ、弱肉強食ですから。
なら、我々魔族が世界を統治して、誰も飢えることの無いように管理してしまえば、こんな風に争わなくて良い世界になるかも知れないじゃないですか。」
聞きながら、それはどうかな、と思う。
世界を征服したところで、結局は不満を持つのが人間というやつだ。
それに、あの現地司令官も、既に悟っていたじゃないか。
“横腹を食い破られても止まらない”と。
あれは既に、この拡大し続ける戦線を抑えきれないと知っている発言だ。
「……俺には、お前のように無邪気に喜べないな。」
「まぁ、種族の違いからくる価値観の相違は理解できますよ。
でも、ダン閣下は凄いのも事実ですよ。
時々えすえるじー?とか言う不思議な単語を言ってますが、その戦略は目を見張るモノがありますから。」
えすえるじー?
……あぁ、SLGか。
ダンのヤツ、シミュレーションゲームが好きなのか。
そこまで言われて、考えて、やっと思い出す。
この流れ、いわゆる戦争ゲームでよく見た流れだ。
鉄道爆破に、拡大する戦線。
傀儡政権による国家樹立。
ここは、この世界はつまり、元の世界で言う2回目の世界大戦の流れをなぞってやがるのか。




