394:陸上での戦い
「セーダイ、話がある。」
港にて荷下ろしを手伝っていると、アイオライトから声をかけられる。
獣人連合の使い魔は、結局のところ一瞬で蹴散らされていた。
こちらの損害はゼロ式使い魔1機、それも整備不良もあったのか帰投後に損傷が発覚したくらいで、相手の使い魔は文字通り全滅だった。
その後は特にこれといった障害もなく無事に港に到着し、荷が圧縮から開放される前に急いで積み上げていたのだ。
どうも運搬用の圧縮魔法も、魔力を供給し続けないと制限時間で解凍されてしまうらしい。
だから運搬専用の、“輸送船”という魔装と運用者が必要なのだ。
そんな彼女等も、流石にキツイのか港につくと魔力補充で休憩している。
その為、手の空いている俺も荷下ろしを手伝っていたというわけだ。
「あぁ、何か指示でもあるのか?」
持っていた荷物を積み上げ、腰を叩きながらアイオライトに答える。
気楽な俺とは違い、アイオライトの表情は硬い。
「ウム、大本営から連絡があった。
お前はこのまま陸魔族に合流し、現地状況の視察だそうだ。
我々はこのまま帰るが、お前はこのまま獣人大陸統括魔族司令部に向かえ。」
「そうか。
……解った、道中ありがとう。
戻ったら、講義の続きを聞かせてくれ。
あ、いや、違ったな。
“セーダイ・タゾノ、命令を拝受いたします”か。」
右拳を握り、胸の中心に掲げる。
どうも魔族は、こういう敬礼方法らしい。
「あぁ、貴殿の武運を祈る。
……気をつけてな、セーダイ。
戻ってきたら状況を聞かせてくれ。」
アイオライトも答礼を返すと、お互い何となく握手を交わす。
細く、小さい手だ。
この女性の手に、どれだけの責任が乗っているのか。
少しだけ悲しくなりながら、その場を後にする。
「失礼します、セーダイ・タゾノ、命令に従いこちらに伺わせていただきました。」
補給部隊の魔族に道を聞きながら、獣人大陸攻略の為に設置されている司令部に赴く。
「……誰だ貴様は?
お前みたいな人間上がりが来るなんざ、俺は聞いてないぞ?」
ずっと問題は発生し続けている。
さっきからこのセリフを聞かされ続けているので、流石にもう聞き飽きた。
司令部入口の検問で一悶着、司令部の受付で一悶着と、ずっとこのセリフを聞かされ続けてきた。
誰も彼もが慌ただしく動き回っており、こういった情報がまるで降りてきていないのがわかる。
何となくではあるが、今回の獣人大陸侵攻は、ここにいる陸魔族達にとってもイレギュラーな事態なのではないかと感じていた。
「……フム、お前が閣下から直々に指令があったタゾノか。
全く、大本営は何を考えているのだ。
こんな人間上がりを送り込むなら、魔石の1つでも送ってくれれば良いものを。」
ようやく、ここの偉い人間と会うことができた。
見た目は俺より年上の、筋肉が軍服を着ているような存在感あふれる壮年の男性。
彼は自分を“獣人大陸統括の魔族司令部大将ストーレ・ルード”と名乗ると、先程のような愚痴が真っ先に飛び出した。
「……まぁ、それに関しては私からは何とも。
正直、私もその方が良いと思ってますよ。」
俺の軽口に、ストーレはギョロリと俺を睨む。
「君は確かアンバー海魔族軍総大将の直轄だったな。
立場としては私より上かもしれないが、そんな事は今関係ない。
いいか、君がどんな役目を持ってここに来たか知らないし、知りたいとも思わない。
だが、ダン閣下か、或いはムッターマ閣下に話す機会があるなら、“これ以上の戦線拡大は自殺行為だ”と、伝えてくれ。
何故閣下達は拡大路線を取るのだ?
このままでは戦争は泥沼化し、魔族も獣人族も悪戯に疲弊するだけだ。
人間族に対抗するには、それこそ獣人族の協力が不可欠だと言うのに!」
ストーレの怒りは深い。
その後も、今回の作戦に対する不満をさんざん聞かされた。
彼自身、自分より上の存在としばらく話していないのだろう。
俺が一兵卒扱いで現場を見てこいと言われたことなど、露も知らないようだった。
ただ、ここでの話から、俺は自分の思い違いに気付かされた。
てっきり今回の獣人族侵攻、陸魔族が独断先行して始めたものだと思っていた。
だが、ストーレの不満を聞く限り、陸魔族でも現場に近い将校はこの作戦を快く思っていないらしい。
俺がここに来るまでには、会議の場では“獣人大陸など短期で攻め落とせる”という、楽観的な見方が大半を占めていた。
それに関しては、アンバーですらもそう思っていた程だ。
だが、実際の現場では、広がり続け、薄くなり続ける補給線との戦いで忙殺されていた。
司令部の地図には書き込める隙間がないほどビッシリと、展開している部隊と進行の矢印、補給タイミングまでもが書き込まれている。
これを見るだけでも、このストーレ将軍が必死にな
このストーレ将軍、脳筋な見た目と違い、かなりの頭脳派のようだ。
「じ、自分は本部から“戦線を把握してこい”と言われておりますが、戻りましたらストーレ閣下のお言葉は伝えさせていただきます。」
俺の言葉に、またもやジロリと睨むが、観念したように立ち上がると、壁にかけられている通信機を取る。
「……私だ。
最近司令部に配属された若いのがいたな。
アイツをここに呼べ。
そうだ、今すぐだ。」
ぶっきらぼうに通信を切ると、ドカリと椅子に座り込む。
ものの数分もしないうちに、司令室のドアが叩かれる。
「き、キルッフ二等兵、到着いたしました!」
入ってきた魔族の男は、坊主に刈り上げられているが頭の中心にはうっすらと髪が残る、ソフトモヒカン風のまだ若い青年だった。
陸魔族軍に支給されている軍服もまだキレイなところを見ると、本当に配属されたばかりなのだろう。
……っていうかお前キルッフじゃねぇか。
なんで魔族になってんだよ。
危うくツッコミかけたが、この世界でのキルッフに会うのはこれが初めてだ。
俺はグッとこらえて表情を消す。
「よく来たキルッフ二等兵。
君に重要な任務を与える。」
ストーレはどうやら、キルッフに全てを丸投げする事に決めたようだ。
現時点の最前線である獣人大陸南方戦線を視察、その後司令部に戻ってくるまでをキルッフに命じていた。
命じられたキルッフは顔面蒼白になっていたが、まぁ、別世界でも浅からぬ因縁ある俺だ。
諦めてもらうとしよう。
しかし、と、ふと考える。
キルッフの役回りは、多くの世界で“主人公(転生者)に絡むモブ”だ。
要は、“転生者と敵対する”立ち位置が多い。
今回はコイツ転生者側なんだなぁ、と、何だか遠い目をしながら、俺はキルッフと共に司令部を後にするのだった。




