393:海上にて
「各員、周辺警戒しながら前進せよ。
急げよ、陸では私達の物資を同胞が心待ちにしているぞ。
だが慌てすぎて積荷を海に落とすなよ?
1つでも落とせば、どこかの大隊が1ヶ月間飲まず食わずで働くことになるからな。」
「陸魔族の奴等には、それも良いのではないですか?
アイオライト隊長。」
人間ではとても持てないような巨大なコンテナのリュックを連結して背負った少女達が、全体通信魔法でクスクス笑うのが聞こえる。
あたかも隣で話しているかのような通信魔法は、元の世界でもあったら便利だろうなとボンヤリ考えていた。
現在俺は“現場を見てこい”ということで、獣人族領土に向かう船団の中にいる。
船団と言っても、海の上に浮かぶ少女達の集団の中に、1人男として居心地悪くいるだけなのだが。
この世界、戦艦とはその名の通り船ではない。
魔族の女性だけが適合する外骨格、ここでは魔装と呼ばれているが、それを装着して海上を移動する。
魔装は圧縮技術を使っているらしく、元の世界で言うなら海上輸送コンテナ100個分くらいが、ハイキング用の小型リュックサック程度に圧縮されている。
それを更に10個くらい入るコンテナに入れ、それを多い女の子では5つ程連結して背負い、海の上を滑るように疾走している。
それだけの大物資だ、1つでも落とせば大事だろう。
だが、彼女達は臆することなく、なんならたまには先程のような冗談を交えつつ輸送している。
「セーダイ殿、もう少し速度を上げるが問題ないか?」
『あ、おぉ、問題ないぞ。』
この世界の魔装、やはりというか何というか、そのままでは俺も装備することは出来なかった。
ただそこは流石のマキーナ先生、彼女等の装備を取り込み俺用に再構築してもらう事で、彼女達と同じ様に海上を疾走する事も、このように魔法の受け子に対応する事もできていた。
いやぁ、“俺専用装備”とか、テンション上がるよね。
海の上だからターンピックが使えないのが残念だけど。
“今日もターンピックが冴えてるぜ”をやれるかと思ったんだがなぁ。
<勢大、馬鹿なことを考えていないで姿勢制御を。
この装備は足元に推進力を集中させすぎています。
上体のバランスをしっかり取ってください。>
『お、おわっ!?』
マキーナ先生が加速し、一瞬ふらつくが何とか立て直す。
周りの少女達のクスクス笑いが、恥ずかしさに拍車をかける。
「はは、セーダイ殿、そんなへっぴり腰では物資を落としてしまうぞ?
貴殿に荷物を背負わせなくて、どうやら正解だったかな?」
アイオライトの煽りで、女の子達の笑い声が大きくなる。
クッ、女子校の中にいるオッサン教師は、きっとこんな気持ちなんだろう。
何ともアウェー感が凄い。
まぁ、アイオライトも悪意ではなく、“部隊を円滑にするためのユーモアで言っている”とは理解出来るから、特段俺から何かを言い返すつもりはない。
(すまんな、彼女等も見た目はあぁだが、内心では異分子のお前に警戒している。
お前がこちら側の存在であると、彼女等に認識してもらう必要があるのだ。)
アイオライトから思念が飛んでくる。
通常は通信魔法で会話をしているが、秘匿された情報を話す時等に、思念を相手に飛ばしてコミニュケーションをとる、“念話”を使う。
念話は余程の強力な魔導師でもなければ、そう簡単に傍受される事は無い。
(安心しろ、些細な事は気にしていない。
むしろ、アンタがしっかりとこの部隊の統率を取っている姿に、見惚れてたくらいだ。)
(なっ!?ばっ!?)
腕を組み直立していたアイオライトが、突然姿勢を崩すと突然こちらに振り向く。
その顔は真っ赤だった。
俺は移動姿勢は崩さないが、ワザと見えるように肩をすくめる。
今は変身しているから、マスクを外せないのが残念だ。
マスクをしていなければ、これ見よがしにニヤついてやったのに。
「どうしたんですかアイオライト隊長?
……ははーん?」
近くの娘が、真っ赤になったアイオライトとその視線の先にいる俺とを交互に見比べ、ニヤけ顔をし始める。
そしてしばらくアイオライトを見ていたかと思うと、唐突に旋回して正面を向き、右手を耳に当てる。
「こちらアイオライト艦隊副艦キャッツアイより通達、アイオライト隊長のレアな表情を収めた。
希望する者に魔導画像にして配布する。
希望者はいるか。」
「あ、コラ!待ちなさ……!?」
「マジっすか!?欲しいッス!!」
「2番隊全員希望です!」
「こちら7番隊も!」
「3番隊、ちょうど全員夜のおかずに困ってました。」
「いっそ全員配布はどうでしょうか!?」
「エッチなんですか!?エッチなんですね!?」
女の子が3人いれば姦しいと言うが、いやはや、一艦隊ともなればその勢いは凄まじい。
まるで飢えたピラニアの群れに肉を投げ入れたが如く、その食いつきは凄まじい。
……ってか何人か、危ねぇ奴いねぇか?
「えぇい!全員静まれ!
お前等、帰ったら全員標的訓練の的にしてやるからな!」
“むしろご褒美です!”という何故か危うい発言も聞こえたが、ともあれ一瞬の騒乱も落ち着き、元の航行に戻る。 全員、何となく足取りが軽くなっているところを見ると、一定の効果はあったようだ。
(全く!セーダイ殿!)
スマンスマン、まさかこんな事になるなんて思わなかったんだ。
そうアイオライトに返すと、怒りはしていてもそれ以上の追求はない。
それよりも、念話を送ってきた真意を俺に語ってくれた。
(今回の、……その、いわゆる“偽旗作戦”は、陸魔族の総大将、ムッターマ将軍の発案だ。
獣人連合は様々な種族が入り混じる種族故、一枚岩ではない。
魔族として獣人族への技術供与やインフラ整備を行ってきたが、それを“経済支配”として快く思わない者も多い。
特に、我々の直接的な障害となる南部方面軍はその傾向が強いからな。
それを逆に利用し、開戦の口実にしようというのだ。)
(何故それを俺に?
俺はダンの奴に雇われてはいるが、完全に仲間じゃないだろう?)
チラとアイオライトを見ると、穏やかな、優しい笑顔をしてこちらを見る。
(アンバー様が、セーダイ殿の事を“自分と近い立ち位置”と言っていただろう?
あれは酷く珍しい事だ。
いや、今まで聞いたこともないと言ってもいいだろう。
あのアンバー様が、お前をそう評価したのだ。
なら、私達はそれに従うだけだ。
あぁ、“クソみたいな存在”と言って悪かったな。)
別に気にしてやいないよ、と返しながら、会議での事を思い出す。
確かに、何故アンバーは俺を“自分に近い立ち位置”と言ったのだろう。
てっきり権限的な意味でそう言っていたのかと思ったが、どうもそれ以外の意味も含まれていそうだ。
……駄目だ、謎が多すぎる。
もう少し、こいつ等と行動しないと、その意味も解らないだろう。
「報告!獣人大陸から複数の使い魔反応あり!
真っ直ぐこちらに向かってきます!」
(どうやらここまでのようだ。
また講義してやる。)
アイオライトとの念話が途切れる。
「各員戦闘陣形!
魔装空母部隊はゼロ式を出せ!
海魔族の精強さを見せつけてやるとしよう!」
彼女は即座に指示を出すと、自身も対空装備を展開する。
この世界、空を飛べるのは召喚した使い魔だけだ。
人々は基本、地を這うか海を滑るかしか出来ない。
どの国も、“人が空を飛ぶ”事を研究している。
それが出来たなら、魔導師を飛ばし対軍魔法を相手の領土に撃ち込む事が出来るからだ。
人が空を飛べてしまったら、この戦争はより酷い事になってしまうのだろうか。
使い魔同士の空戦を見ながら、俺はそんな事を考えていた。




