392:幕開け
「早速だが、私はお前を信用していない。」
仲間を紹介すると言われ、アンバーについて歩いているときにいきなり宣言される。
「だろうな。
逆の立場なら、俺でもそう思うぜ。」
俺の回答に、彼女は意外そうな顔をする。
「怒らないのだな?
閣下のお気に入りだからと、もう少し傍若無人な振る舞いをするかと思ったが。」
“よせやい”と苦笑いで返す。
俺は別にダンの奴に気に入られる必要はない。
目的さえ果たせるなら、この世界がどうなろうと、正直知ったことではない。
俺の回答にアンバーは少しだけ不機嫌な顔をしたが、すぐに表情が消え、また前を向いて歩き出す。
「まぁ、そうだろうな。
我々も、素性の知れぬよそ者に指揮されたくは無い。
閣下はあぁ仰っていたが、私はお前を重用などせん。
一兵卒に混じり、戦場に出てもらう。
安心しろ、給金は一兵卒と同じには出してやる。」
まぁ、その辺が妥当かね。
それでも、給料が出るのはありがたい。
この世界で何かの活動をするにせよ、先立つものがなければ何も始まらない。
どんなに優しい世界でも、その世知辛さは変わらない。
「そりゃありがたいね。
降り立った異世界で毎回苦労するのは、金と寝床だ。
それが保証されるなら、ある意味俺には天国みたいなもんだぜ。」
「フン、そこに“良い酒と女もあるから”ではないのか?」
アンバーの気の利いた返しに、俺は笑う。
あのダンという転生者より、アンバーの方が話せる奴に感じるほどだ。
「酒は求めて飲むほどでなし、女は悪いが元の世界に妻がいるんでね。
他所様で求めるほど、飢えちゃいないよ。
大体、そんな贅沢を求める奴は大抵ろくでもない奴と、相場が決まってらぁな。」
ようやく目的の部屋前にたどり着いたらしい。
先程までとは違い、幾分穏やかな表情で扉を開けると、俺に入るように促す。
「“魔女の巣”へようこそ、異邦人殿。」
扉をくぐると、そこは会議室なのだろう、幅広の長テーブルを囲み、女性達が全員直立していた。
ただ、どの女性も風呂場か痴女の集会かと思うくらいの薄着で、目のやり場に困る。
「全員着席、楽にせよ。」
アンバーが堂に入った号令をかけると、全員整然と椅子に座る。
「本日より共に戦う、セーダイ氏だ。
セーダイ、皆に挨拶を。」
少しだけ場がザワつく。
その中には“またか……”という声も聞こえてくるところを見ると、どうやらこういう事は過去にもあったらしい。
しかもアンバーが指定した俺の席は、長テーブルの短辺、いわゆる“お誕生日席”って奴だ。
これでは、周りに誰もいない分だけ余計に目立つ。
アンバー本人はサッサと向かいの短辺、奥の議長席らしき所に座ると、足を組んで生暖かい表情で俺を見ている。
クソ、完全に面白がってやがる。
「えー、本日はお日柄もよく……。」
小ボケをかまそうとしたが、全員の冷たい視線に耐えかねて早々にやめる。
こうなりゃどう思われようと知った事か。
こちとら所詮はただの一兵卒じゃい。
「……そちらのボスの気まぐれで、ここの一兵卒として働くことになった、セーダイ・タゾノだ。
まぁ、ただの一兵卒なんざ、この後はほとんど顔を合わせることもないと思うがよろしく。」
また、ザワザワとさざ波のように憶測が飛び交う。
“気まぐれとは不敬な”という囁きが多かったが、中には“何故一兵卒の紹介を?”と、首を傾げるものもいる。
「セーダイ、まぁそうイジメてくれるな。
一兵卒は取り消す。
何せお前は閣下が見初めた存在だからな。」
「アンバー様、それは本当ですか?
また閣下はこの様なク、……外部の人間を引き込まれたのですか?」
この野郎、俺を試しやがったな?
アンバーが苦笑いしながら俺にネタバラシをすると、アンバーの左手側にいるスミレ色の髪色をした女性が、アンバーに進言する。
「そうだアイオライト。
彼は閣下がお認めになられたクソみたいな存在だ。
だが、彼の立ち位置は私に近いものと知れ。」
恐らく、だが。
アンバーはこの中で全体を指揮する立場にあるのだろう。
それと近しい存在が一兵卒で頑張ります、と言ってるのだ。
それはざわめきもするか。
「アンバー様、ではこの者にも指揮権をお与えになると?」
「閣下もアンバー様も、何を考えておられるのだ?
イタズラに現場を混乱させて。
本当に“亜人族共栄圏”を実現なさるおつもりなのか?」
不満が続々と吹き出してくる。
彼女らの言っていることがあまり理解できなかったが、咳払いと共に場を鎮めたアンバーが補足してくれる。
「静かにしろ。
この男に関しては、私も信用してもいいとは思っている。
少なくとも、あのムッターマの様な事にはなるまいと踏んでいる。
……あぁ、セーダイ殿には何の事か解らんよな。
ムッターマというのはセーダイ殿が来る前に、同じくダン閣下によって見初められた奴でな。
彼奴は今、作戦参謀指揮官兼、男を中心とした陸魔族軍の最高責任者となっている。
我々は海魔族軍であり、今回の大亜人族共栄圏戦争の切り札として働く事になる予定だ。」
ダンの奴が言っていたのとは違い、これから起こそうとしている戦争にはそれなりの理由があった。
魔族領は国土そのものが小さく、資源もなければ農耕にも限界がある。
ただ、他国よりも魔導技術が高いため、他種族から資源を輸入し、それを魔導具に加工して輸出することで生計を立てていた。
だが、昨今高すぎる技術力を他種族に警戒され、人間族からの経済制裁が徐々にキツくなってきていた。
その上、1番の資源輸入国である獣人族がエルフ族に侵攻、植民地化されたことにより、資源の輸入にも支障をきたしていたのだ。
その為、“”獣人族を開放し、人間族やエルフ族の様な列強諸国に打ち勝つ事を目標にし、獣人族を開放する事をこの戦争の目標として掲げているようだ。
まぁ、本音の所では、まずは継戦能力の維持のために獣人族領土を攻め、資源を確保した後にエルフ族辺りに喧嘩を売ろうとしているのだろう。
そこまでの話をアンバーから聞かされている内に、何となく心に引っかかるものがあった。
鉄道爆破で自作自演の開戦理由や、領土開放のお題目で、本質は資源確保という戦争理由。
何だったかと頭を捻るが、どうにも思い出せない。
そうしているうちに、アンバーが参加している魔族の娘達を俺に紹介していく。
「私の右手側から、ゴールド、シルバー、この二人が我々の中でも最も強力な魔導兵器を扱うことができる。
その奥がクリスタル、オパール、ターコイズだ。
彼女等は“ゼロ式”と呼ばれる使い魔を召喚し、空戦の要となる。
左手側の近くにいるアイオライトは口は悪いが敵海中兵器の攻撃に長けている。
それから……。」
席についている娘達から、壁に整列している娘達まで次々と紹介していく。
中には俺に笑顔を見せる者、手をふる者、ただ礼をする者、完全に無視を決め込む者など、実に様々だ。
特に最強と紹介したゴールドとシルバーの二人は、幼い少女の見た目に反して、その自信からか俺を見ようともしていない。
「会議中失礼します。
報告します。
ムッターマ大将指揮下の陸魔族第二大隊第三中隊が、鉄道爆破を実行したとのことです。」
「馬鹿な、もう実行したというのか!?」
アンバーが声を荒げる。
戦争の影が、忍び寄ってきていた。




