38:ガバガバチャート
「先程の魔道どろおんを叩き落とした力を見れば、貴方様の強さは理解できます。
願わくば、この刑罰に参加した者達全ての責任、この首一つで済ましていただければと。」
跪き、頭を垂れたままそう告げるキンデリック氏に、俺は何とも言えない気持ちにはなっていた。
責任を追及して殺すのは簡単だ。
このような行為の根っこにあるのは馬鹿な王様の取り決めとは言え、それに従っていたことは事実。
悪事に荷担したならば、お前も悪。
ましてや実行責任者だ。
姿の見えない王様より、よっぽど非難の矛先としてはわかりやすい。
この騎士は分かりやすい方法で、この場を納めようとしている。
それが解る分、尚更腹立たしい。
命は助けるから、王への反抗を手伝えというか?
それだとするならば、あの少女達の気持ちは?
もし自分が彼女達なら、この騎士や、周りで自分を辱めた人間達を許せるか?
答えが出せない。
周りの住民や、暗い光を灯した少女達の目が、俺に集まる。
「アンタ、中々ヤな奴だな。」
気付けば完全に当事者にされていた。
キンデリック氏を殺せば、“悪を成す騎士を、正義の旅人が裁いた”と、住民には見えるだろう。
後の当事者達の処分は有耶無耶に出来る。
キンデリック氏を殺さずに許せば、“正義の旅人が寛大な心で、泣く泣く悪を行っていた騎士を助けた”と、住民には見えるだろう。
でも殺そうと殺すまいと、少女達には“責任転嫁”にしか見えないだろう。
“男同士で勝手に許し合った”としか見えない。
ここでふと我に返る。
そも、俺はただドローンが邪魔だから落としただけだ。
転生者にこちらの存在を気取られてはならない。
不意討ちでサッサと終わらせたいだけだ。
「悪いが、俺は只の旅人だ。
この国で何が起きてるか解らない俺には、アンタを許す許さないの判断なんて出来ない。
それが出来るのは、そこの女の子達にしか無いだろうさ。」
“無関係の第三者”を演じさせて貰おう。
人を裁くなんて御免被る。
「それよりも、そこまでの覚悟をもちながら、何で歯向かわないんだ?」
「王は不可思議な神の力を使い、人の心だけで無く体も操ります。
かつて王国一の剣士が歯向かい……そして。」
あぁ、精神操作系か。
面倒だなぁ。
だが、手札は解った。
聞いておいてよかったかも知れない。
「マキーナ、通常モード、プリセット“耐精神”」
<通常モード、起動します。>
いつもの姿に変身する。
周りから“おぉ……”と驚きの声が上がるが、もう関係ない。
『最後に。
この時間、王様はどこにいる?』
「日中は玉座の間にてお戯れになります。」
あーヤダヤダ、キモいなんてもんじゃねぇな。
さっさと行って終わらせよう。
どうせ話が通じない系だ。
全力で近くの建物に飛び上がり、屋根に乗る。
『俺の存在はアンタ等が見た一瞬の幻。
どう償い、どう修復していくかはアンタ等次第だ。』
俺は結局の所、自分のためにしか戦わない。
この世界での出来事は、この世界の住人が何とかすべきだ。
そのまま屋根づたいに走り、城を目指す。
どうせ似た作りだ。
ド派手に登場してやろう。
屋根から屋根に飛び、城壁を登り上空へ飛び上がる。
空中で空気を押し、加速しながら跳び蹴りで城をぶち抜く。
石壁の残骸と土埃で白くなったカーペットの上に降り立つ。
想定通り、玉座の少し前に降り立ち、やや高い位置にある玉座を見上げる。
想像通りというか何というか、玉座には全裸の男が座り、そしてその周りを同じく一糸まとわぬ裸体の女性達が、こちらなど気にしないかのように“奉仕”していた。
『よう、来客だぜ。
汚えイチモツしまって、サッサと出迎えの準備しな。』
玉座の男は余裕の態度を崩さず、自身の股間に顔をうずめている少女の頭を撫でている。
「フム、本日の来客の予定は入れてないんだ。
悪いがお引き取り願えるかな?」
『問答する気は無ぇがよ、転生前に戻るのと、この世界の市民として再転生するのと、どっちがいい?』
次の瞬間、撫でていた少女の頭を掴み立ち上がる。
少女をこちらに蹴り飛ばして、刀身が真っ黒な刀を何も無い空間から引き抜いていた。
それをきっかけに洗脳が切れたのか、女達が悲鳴を上げながら逃げ去る。
とりあえず少女を受け止めると、部屋の隅に置く。
『おいおい、穏やかじゃねぇな。
“女の子には手を上げちゃいけません”って、ママから教わらなかったのか?』
部屋の中央に戻りながら声をかけるが、目の前の男は全裸から赤と黒の鎧姿になっていた。
色が微妙に被るっちゅーねん。
「フッ、女など掃いて捨てるほどいるのでな。
乱雑に扱ったところで、次を呼べば良いだけだ。」
『貰いモンの力を使って本人の意志すら奪っておいて、よく言うぜ。』
男が無造作に剣を横に振るう。
嫌な予感がして軌道を躱すと、躱しきれなかった肩アーマーの先が火花を上げて削り取られる。
「ほう、この“無明断絶”を初見でよく躱せたな。
ではこう言うのはどうだ。」
奴の両眼が光り、一瞬だけ体の動きが止まる。
視界に“耐精神発動”の文字がうっすらと浮かび、直ぐに動けるようになる。
『あぶねっ!』
剣先が閃くのが見え、仰け反るようにして倒れ込む。
そのまま後ろ回りで受身を取りながら後転、構え直す。
仮面の額部分が削られていた。
『そろそろお返ししなきゃぁねっ!っとぉ!』
左右二連の百歩神拳、こちらも初見殺しの不可視の一撃だ。
だが、避けることすらせずに悠然と立ち続けている。
「なるほど、お前にも飛び道具はあるか。
だが、この魔剣“無明”の結界では無意味。
そら、返すぞ。」
ボディに二発、自分の攻撃を受けて吹き飛ぶ。
玉座の間の壁を突き破り、転がりながら止まる。
予想以上のダメージにフラつきながらも、(畜生、ギャグ漫画みたく体のラインを残して突き破れなかった)とアホな考えが頭をよぎる。
「どうした?客人。
俺はまだ一歩も動いていないぞ?」
ほこりを払いながら玉座の間に戻る。
まずい。
マジで手も足も出ない。
「ハハハ、良いぞ、お前の絶望が伝わってくるようだ。
もう少し遊んでやろう。
“無明結界”最大!」
周囲が闇に包まれる。
突然夜になったわけでは無さそうだ。
純粋に視覚に影響与える技か?
耐精神でこの影響、マジで神の力って訳か。
突然後ろに気配を感じ、空気の流れから剣の軌道を把握し前転で避ける。
背面のアーマーが火花を散らす。
前転後に正面から気配を感じる。
『……!?』
横に飛ぶが間に合わず、太股を軽く斬られた。
「ほう、悲鳴を上げないとは大したものだ。
だがもう少し無様に苦しんで貰わんと、こちらとしては張り合いが無いな。」
久々に、死を感じた。




