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異世界殺し  作者: Tetsuさん
昇る光
389/833

388:不穏な空気

「いいから本当の事を吐け!!」


鞭を振り上げるその女の表情を、俺はただ見つめる。

怒り、憔悴、僅かに覗く暗い歓喜。


コイツ、暴力を楽しみだしやがったな。

まぁ、そろそろ本気でしんどくなってきた頃だ。

あまりやりたくはないが、打ちのめしてサッサと退散させていただくか。


「待ちなさい、その人は私が尋問します。」


拳に力が入りかけたその瞬間、小綺麗な服装の若い男が、しかも俺と同じ(・・・・)人間族の男が、薄汚れた尋問室に入ってくる。


「閣下!?

しかしそれでは閣下に危険が!!」


尋問官の女も、どうやらこの閣下と呼ばれる男にはゾッコンのようだ。


やれやれ、何だか妙な世界にやってきちまった様だ。






〈転送、完了しました。〉


実体化が終わり、わずかに残る光の粒子が風に散っていく。

光が散っていった先を目で追いながら、俺はいつもの儀式を済ませる。

最早最近ではほとんど考えてなくても、移動したら鞄をマキーナにしまい、アンダーウェアモードを起動できるまでになっていた。


「……ん?なんか、いつもと違う風景だな。」


〈通常よりも魔力量の高い地域のようです。〉


なるほどなぁ、と、周囲を見渡す。

大地が赤茶けた色をしていて、周囲には山がそびえ立っている。

ただ、その周囲の山も岩肌が露出しており、実に寒々しくて殺風景だ。


「……ここ、魔族領のどっかじゃねぇか?」


あまり人が生存するのに適さない環境。

ただ、ここには他にはない“魔力量の高い動植物”が多く採れる事から、渡り住んできた人々。

長い年月をかけて環境に適合してきた彼等は、いつしか肌が青くなり角が生え、そして他の種族とは違い魔力量が高い個体が多くなった、中央大陸に残った人々とは違う進化をした人種。


それが魔族の正体だ。


そして、彼等が住まう土地が、俺の視界に広がる風景と合致していたのだ。


「おや、こんなところで人族の方とお会いするとは、珍しい。」


道らしきものを見つけて、何となく適当な方向に歩いていたところ、後ろから声をかけられる。

少し前から何か駆動音のようなものが聞こえていたが、特段殺気も感じなかったので放置していたのだが、向こうから声をかけられたら振り向かざるを得ない。

見れば、魔法で動いているのだろう、地面スレスレを浮く荷馬車が近づいてきていた。


馬の代わりに同じく宙に浮く魔道具が、御者台にいる魔族とその後ろの荷車を牽引している。

御者台に座っているのは、肌が青く額の中心から短い角が生えているが、その表情は温和で人の良さそうな、小太りの商人。


「あぁ、これはどうも、いい天気ですね。

ちなみに、街ってこっちで合ってますかね?」


「おや、街まで行きなさるので?

それならもう少し距離がありますからね、良ければ乗って行かれませんか?」


丁度いい機会だからと街までの道のりを聞いてみれば、渡りに船といった提案をくれる。

後ろの荷台にもある程度荷物は積載されているが、俺一人くらいであれば十分座れそうなスペースはありそうだ。


「あぁ、スピードは保証しませんよ?

ご覧の通り、農耕用のをそのまま使ってますんでね。

まぁ、スピードは無いけどパワーはありますから。

旅人さん一人くらいなら十分乗れますよ。」


いかんな、少し前の世界が悪意に満ち溢れていた世界だったからか、思わず躊躇してしまった。

少し前の世界は酷かった。

誰も彼もがスキを見せた奴から奪い取ることしか考えてない、この世の果てを濃縮したような世界だった。


「じゃあ、お言葉に甘えさせて頂いてもよろしいですかね。

あ、手持ちも何もないので、後で運賃を請求されても何も出ないですよ?」


冗談めかしてそう言うと、商人は豪快に笑った。

まぁ、問題なさそうだ。

ありがたく荷台に乗り込ませて貰いつつ、街までのんびりとした旅路の風景を楽しむ。

道中、商人からこの世界の情勢をそれとなく聞き出すことができた。

やはりここは魔族領で間違いないようだ。



ただ、話を聞いているとどうにも不穏な空気を感じざるを得ない。



この星はかつて一人の偉大な指導者によって治められていたが、その指導者が死去したことで後継者争いが激化、そこに種族間の感情が相まった事で、5つの代表的な種族はそれぞれ領土を持ち、ずっと小競り合いを続けているらしい。


地形的に言うなら、地図上で北を上とした時に、それぞれ海を隔ててはいるが魔族領の右隣が獣人族がいる大陸、下がエルフ族の大陸、右斜め下にドワーフ族の大陸となっている。

そして、それら4つの大陸を合わせた位のサイズの中央大陸に、人間族が存在している。


ただ、“中央大陸”と言っても4つの種族が支配する島に挟まれる様にあるわけではなく、それら4つの大陸の裏側に中央大陸があるらしい。

ちょっと解りづらいかも知れないが、サイコロの1の面に4つの大陸がひしめき合ってある感じで、裏側の6の面全てに中央大陸がある感じだ。

実際は球体だからそこまで離れてはいないが、まぁイメージとしてはそんなところだろう。


だから、というわけでもないだろうが、中央大陸の人間族が1番繁栄している。

全ての種族と貿易も行っており、国力としても飛び抜けて高い。


次に繁栄しているのはエルフ族だが、これはエルフ族単体の力、というよりは獣人族の一部を植民地化しているからだ。


その次はドワーフ族だ。

ただこちらは、“全にして個、個にして全”という教義のもと、全体で幸福を求める主義であり、個人主義のエルフとは仲が悪い。


その次にいるのが魔族で、こちらは高い魔力を活かして精緻なものを作るのは得意だが、鉱石資源がほとんど取れず他の種族との貿易で成り立っている。


最後が獣人族だが、ここは多種多様な種族が入り乱れているため、どの種族が覇権を取るかで長らく内乱状態だったらしい。

その疲弊した隙をつかれて、エルフ族に侵攻されてしまったわけだ。

ただ、獣人族の領土は鉱石資源が豊富にあると知られているので、どの種族からも虎視眈々と狙われ続けている。


「……と、まぁ、今の世の中はこんな感じですかね。

最近じゃ我々商人にも、他種族に対抗できるように軍備拡大だとかで資金提供を強要されたり、スパイ防止だとかで店を探られたりと、私等も商売上がったりですよ。」


「いやはや、商人さん物知りですねぇ。

……でも困ったな、路銀も無いし荷物も奪われたしで、何とか稼ぐ手段でも無いかと思ってたんですがねぇ。」


俺の言葉に、温和な目が一瞬だけ鋭くなったように感じる。


「はは、それなら旅人さん、傭兵にでもなったらどうですか?

あれならいつでも募集してますよ。」


「うーん、……傭兵かぁ。

冒険者にでもなれれば1番いいんですがねぇ。」


俺のボヤキに、“そうですかそうですか”と、商人は笑う。


「あ、見えてきましたよ。

あそこが我等の首都、アンヌ・ンです。」


鋼鉄で出来た城壁が、俺には何だか禍々しく感じられた。

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