387:探偵殺し
「えぇと、まず今回のオーナー殺害の犯人は田上杵子さんでして、多分これからケイさんが別の殺人の犯人になります。」
早速何の事か解らない言葉が飛び出す。
これからなるってなんだ?と、ハジメ君に聞いてみると、彼は苦笑いをする。
「えぇと、そう言うのが既に解ってしまうので。
多分なんですが、今笛堂さんが殺されてるんじゃないかなと思います。」
「……え?
いや色々ツッコミたいんだが、まずはその、……どうやって?」
ハジメ君はその後、自分に知らされている事実を教えてくれた。
彼が言うには、オーナーは冷凍の貯蔵室の様なところで凍死させられたらしい。
オーナーが震えながら天窓のような場所を見上げ、その天窓からは笑っている杵子さんが見えて、絶望の表情を浮かべながら死んでいったらしい。
「え?でも喉を斬り裂かれてるやん?
何かあのケイちゃんが“なんちゃらかんちゃらの連続殺人鬼だ!”みたいな事言うてたやん。」
「多分それは、ケイさんが仕掛けたトリックなんじゃないかなと。
これは想像ですが、オーナーの死体を見つけたケイさんが、喉を斬り裂いて何かの血液を上からかけたんじゃないかと。
彼女が一番最初に、“御伽話の斬り裂き魔”の話を持ち出してましたからね。」
そう言いながら、散々撮影していたスマホの画像を俺に見せてくれる。
言われて気付いたが、オーナーの死体、喉の切り口は横一文字にスパッと綺麗に斬られている。
生きているときにコレが出来るのだとしたら、それこそ刀とかの重量があって長さがある刃物で居合い斬りでもしないと、結構難しそうだ。
それと、噴き出したはずの血は両腕にはあまりかかっておらず、むしろ体を抱きしめるように巻き付いている腕の外側に、大量の血液が付着している。
これも、“後からかけられた”モノでなければこうはならない。
多分だが、あの両腕を引き剥がすと、内側には血がついていないんじゃ無いかと想像できる。
ただ、殺人方法の答えを先に知っているとは言え、それに気付くとは中々にコイツも洞察力は鋭いようだ。
「方法は何となく解ったが、動機は全然解らんな。」
「そうなんですよ、僕にもそれが解らないから、毎回答え合わせのように調べないといけないんです。
そうして調べている内に、次の犠牲者の殺人シーンが頭に流れ込んでくる。
……そんな事を日々繰り返しているとですね、頭がおかしくなりそうになるんですよ。
普通に生きているとある時突然、殺人風景が鮮明に流れるんですよ?
しかも一度それを見始めてしまうと、答えにたどり着いて皆を集めた場でその答えを明かして行かないと、延々と新しい殺人風景が流れ込んでいるんですよ……。」
言葉に詰まる。
“格好良く難解な殺人事件の謎を次々と解いていく”
言葉尻は格好良いかも知れないが、それはつまり“常に殺人事件が身近に起こり続ける”と言う事と同義だろう。
いつ“身近の誰かが殺されてしまうのでは無いか”という恐怖に怯え、見たくも無い殺人シーンを頭に流し込まれ、挙げ句答えがわかるまで続行されるゲーム。
このハジメ君からすれば、日常とはつまり、そんな感じなのだろう。
バカップルで爆ぜろとも思っていたが、これはちょっと同情してしまう。
今回ここの旅行に連れ出されたのも、日頃身近に殺人事件が起きて暗い顔をしているハジメ君を気遣い、気分転換にと安穏さんが連れ出した結果らしい。
このままだと、遅かれ早かれまいっちまうだろうな、と、思うには十分だった。
「……俺なら、お前のそれ、どうにか出来るかも知れねぇな。」
俺は自分の素性をざっと話してやる。
移り住むべき世界を探して放浪している異邦人である事、ついでに転生者を探してその能力を複製させて貰い続けている事、そして過去には、能力の封印で転生者を救ってきた事を。
「本当ですか?
それ、凄くありがたいです。
というかむしろ、早くそれをやって欲しいくらいです。
こんな密室殺人だ不可能殺人だはもうしんどいッス。
せっかく転生したんなら、今生は前世で出来なかった女の子にモテモテ陽キャライフとか送りたいんですよ。」
とは言え、コイツの能力が“見え”ない事には何ともならん。
どうにか出来ないものかと、使えないと解っていながらももう一度“鑑定”能力を試してみる。
“探偵・殺し”
先に殺人風景を認識できる能力。
殺害方法、動機などはせっかくの推理の楽しみだから、そこまでは閲覧を禁止する。
この能力を所持している者が1ヶ月後に移動する場所の周りでは、常に殺人事件が発生する。
能力自動発生スパンは約半年。
この能力は15歳の誕生日とともに発動し、自身がこれを知覚・過信して“これで生きていく”と野心を持った瞬間に効力を失う。
また、自身で説明しない限り他者から認識されることはない。
異邦人は使用不可。
見えた。
何だ?この能力テキスト。
あの“神を自称していた少年”、マジで悪意の塊みたいな奴だな。
コイツが覚悟決めるか諦めて、“俺はこの能力で食っていこう”と受け入れて前を向いた瞬間に奪うとか、悪質にも程があるだろ。
俺が使えないというのはまぁ、それはもう仕方ない。
ってかアイツ、コイツみたいな転生者をまだ量産してやがったのか。
ともあれ、とりあえずこの能力を残しておくのは、確実にコイツにとって害悪にしかならないよな。
「……能力が解るには解ったが、これを抑え込んじゃう能力がそもそも使えるか、なんだよなぁ。」
ハジメ君は、“消せるなら是非お願いしたい!”というので、使えないかなと思いつつ授与能力を使ってみようとしたところ、簡単に発動した。
どうやら彼が望むと、その望みを叶えられそうな能力がアクティブになる様だ。
なるほど、こういうカラクリか。
能力が使えるのを確認した俺は、過去の世界で取得した封印能力をハジメ君に与え、それをアクティブにする。
ハジメ君の能力はコピーする事すら、俺には出来なかった。
ま、期間限定の能力とか、あんまり興味ないわ。
上手く行ったようで、ハジメ君の中にある“探偵殺し”の能力がグレーアウトするのが見えた。
「……よし、じゃあ改めて推理の糸口を探すか。」
「え?まだやらなきゃ駄目ですか?」
キョトンとした顔のハジメ君に苦笑いする。
「バカ、今体験しているこの状況はどうするんだよ?
ここを切り抜けて、ようやく安全で楽しい異世界ライフが待ってるんだ。
あと少しだけ頑張るぞ。」
まぁ、頑張るのはコイツだが。
とは言え同じ名前のよしみだ、最後まで手伝ってやるとするか。
俺達はアレコレと推理しながら、今回の事件の全貌を探る。
そのついでに、明日の朝、皆を集めたらビシッと格好付けて解決パートをやっちまおう、と、決めておく。
ハジメ君は、ずっと“今回は僕より恩理さんがやった方が……”。と弱気だったので、“どうせならちゃんと説得力ある、ビシッとした感じで頼むぞ”とハッパをかけておく。
この世界の主役はオマエなんだから、主役が活躍しなくてどうするんだよ。
<セーダイ、何故か転送が始まっています。>
『おぉ!?何だこりゃ、転生者が死んだのか?』
足先や手先から、徐々に光の粒子化し始めている。
<……いえ、世界からの損失、では無いようです。
単純に、あの存在と転生者との接続が切れたようです。>
つまり、転生者が自力であの“神を自称する少年”の呪縛を断ち切れたか、或いは俺のような存在が断ち切ったか。
どちらにせよ、その場合俺は存在できない。
強制転送が始まってしまう。
コレはつまり、そう言うことなのだろう。
『やれやれ、結局転生者が誰か解らなかったな。
まぁ仕方ない、こんな事もあるだろうさ。
山荘の人達大丈夫かな?
何か殺人事件とか、訳解らない事になってたけど。』
<セーダイが“割の良いバイトだ”と言って私の制止を無視するから、こう言う事になるんです。>
マキーナに怒られた俺は、他に言い訳が何も無いので頭をかく。
『突然消えた俺とか、超疑われるんだろうなぁ。
まぁ、もう戻ってこない世界だろうから、指名手配されても問題は無いか。
……俺、結局この世界だと、あの山荘でバイトしてただけだったな。』
名残惜しい気持ちと共に山荘の方を振り返るが、最早どうしようも無い。
俺は諦めて、次の世界への転送を受け入れるのだった。




