386:裏に回って表に抜ける
<勢大、本当に向かうのですか?>
「まぁな、一応だ。
それよりも、ダミーは大丈夫なんだよな?」
ベッドには、俺の体型に合わせた毛布を巻いてある。
ご丁寧に、マキーナ先生が用意した俺の寝息付きだ。
「さっきのコーヒーに睡眠薬が混入してたんだろ?
じゃあ寝てるっていうアリバイは使わせて貰わねぇとな。」
<それで、勢大が不利な立場に追いやられるかも知れませんよ?>
その時はその時だ。
多分俺が寝てることでマスターキー辺りを入手したい誰かがいるんだろう。
それよりも、この世界の構造が気になる。
この世界は、幾つか見てきた中で時々ある“劣化した世界”だ。
今回も、都心からこの雪山までのルート意外、真っ白なグリッド線が引かれただけの、“何も無い世界”だった。
こうなるのは何故なのか、俺はそれを調べたかった。
先程の夕食の間に、誰かが俺の飲み物に睡眠薬を混ぜたらしい。
それが誰なのかは見抜けなかったし、ここのオーナーを殺した奴も見当がつかない。
ついでに言えば消えた乱酔の行方もわからないが、それも正直どうでも良い。
生きていようが死んでいようが、俺にはあまり興味の無い話だ。
それよりも転生者が誰で、どうしてこういう世界が精製されるのか、そっちの方が興味がある。
<私としては、あの恩理という存在が怪しいとは思いますが。>
「いやいや、それは無いだろ。
たまには、ああ言う不運な奴もいるもんさ。」
彼を救ったのは本当に気紛れ、と言って良いか解らないが、心情としてはまさしくそれだ。
あまりに寒そうで放っておけないから、助けただけだ。
それに、仮に奴が転生者だとしたらあんなに貧弱なソウビはしていないだろう。
大方、ネットやら動画サイトやらでチキンレース的な無茶ぶりでも公言してしまい、それを実行していたのだろう。
流石にそれが恥ずかしくて言えなかったんだろうが、それは察してやるのも大人ってモンだ。
「まぁ、夜明けまで時間も無いからな。
マキーナ、通常モードだ。」
<通常モード、起動します。>
今回は俺の方が“世界の強制力”なのか、満足に力を発揮できないでいる。
だが、マキーナにその制約は関係ない。
過去に複数あった世界のように、俺のサポートに能力を回す必要性があるときなどはマキーナの特殊能力も発揮できないが、こうして何の制約も無く変身出来る以上、俺とは違う超常的な能力を発揮できる。
そして正直な話、ただ肉体を鍛えた俺とは違い、マキーナの能力の方が様々な状況に対応できる。
今回だって、マキーナ単体の能力だけで夜明けまでにこの世界の端まで行って調査して、戻ってくる位の芸当は時間内に十分出来る。
……何か、考えてて悲しくなってくるから、これ以上は考えない方が良いかも知れない。
<……勢大、ラウンジに人影が。
遭遇しないように気をつけて下さい。>
窓の外からそっと見れば、ラウンジの、あのオーナーが凍りながら座っていた辺りを恩理君が調べている。
その後ろからカップルの男の方、確かハジメと呼ばれていた青年がコーヒーを片手に近付いていく様子が見えた。
あのバカップル、今は珍しく単独行動してやがる。
でもまぁ、探偵の真似事くらいはしたくなるか。
それほど、この空間は暇だからな。
吹雪で身動きは取れず、通信は繫がらない。
そうなると、今回の事件を深掘るくらいしかやる事が無いもんな。
俺は2人に見つからないようにそっと山荘を抜けると、この空間の境界に向けて走り出す。
無論、山荘での事件よりこの世界の探索を優先するのは、それなりに事情がある。
こういった劣化した世界は、あの“神を自称する少年”のセキュリティが甘かったりするのだ。
元々は厳重なセキュリティなのだろうが、劣化した世界ではその防壁すらデータが破損して劣化しており、上手く行けばある程度の情報を探ることが可能だ。
もういい加減、アイツの所在地を把握したいところだと思っているので、どうしても目先の事件より世界へのアクセスを優先したくなる。
まぁ、もう何人か死にそうだから、まだ時間はあるだろう。
俺はため息をつくと、空を見上げる。
まるで俺の心のように、光すら見えぬ曇天の空が広がっていた。
「……あの、オッサ……いや、恩理さん?」
声をかけられて、思わずビクリと体を震わせながら振り返る。
凍死?していたオーナーの死に方が気になって、何か周辺に遺留品的なモノは無いかと調べるのに夢中になりすぎていて、コイツの接近に気付かなかった様だ。
フッ、俺としたことが初歩的な失敗だぜ。
これが戦場なら俺の命は無かったところだ。
まぁ、最近じゃ滅多な事で俺を殺せる様な転生者とは会ったことが無いがな。
フッ、余裕?油断だね。
……いやそっちの方がアカンやん。
「あ、あの、お邪魔しちゃいましたか……?」
イカン、ついつい考え事をしていたら、かなりの長い沈黙が流れてしまっていたようだ。
このままじゃコイツの中での俺の評価が“根暗なコミュ障”になっちまう。
「あ、いや、ちょっとビックリしちゃってねドゥフフフ……。
んで、ぼぼぼ僕ちゃんに何か用かな?」
よし、パーフェクトコミュニケーションだ。
こんなにも気さくに返答できるアタイの才能が怖い!
「え?あ、あぁ、いや別に、特に用は無いというか、相談できそうだなと思って、その。」
しどろもどろに何か言いたそうなハジメ君。
何だろう、昼間の感じとはまるで違う。
昼間の、自信がありそうというか、もう少しフランクな雰囲気だったと思うのだが、今はそれが無い。
むしろ超がつくくらい下手なその態度は、不思議とシンパシーを感じるほどだ。
「いやあの、実はこっちが素の感じでして。
日中は人も見てるんで、頑張ってキャラ作ってるんスよ。」
あ、コイツ隠れ陰キャだ!
しかし、何でそんなキャラを演じてるんだ?
「あの、転生って、信じますか?
信じられないかも知れないんですが、私はその、転生したことがありまして。
その時神様から、“君はその頭脳で格好良く謎を解くんだ!”と、言われたことがありまして。
どこへ行ってもこう言う殺人事件が起きるし、何もして無くても、それこそ考えて無くてもそのトリックが解ってしまうんです……。」
……なんつー能力だ。
推理小説なら間違いなくストーリーブレーカーじゃねぇか。
「いや、それ、え?
じゃ、じゃあ、もうこの事件の犯人も、トリックも解ってるってのか?」
「はい……。」
すげぇ訳解らねぇ能力だな。
こと推理モノに関してだけは、コイツは不正能力キャラなのか。
正直、こう言うときに答えを先に知るのは嫌いじゃない。
これはどんな物がなのか、聞いてやろうじゃないか。




