384:最初の犠牲者
「おかわりの際は、お手数ですがお声がけ下さい。
私は隣の厨房におりますので。」
ラウンジの隣がキッチンになっており、キッチンの奥、ラウンジ側の入口から見て左手側にオープンカウンターの厨房が備え付けられている。
山荘と言っても元々は民家の別荘を改築した物の様であり、食事はこうして決められた時間に皆でキッチンに座る方式のようだ。
長いテーブルが二列並び、白いテーブルクロスの上には燭台が置かれているなど、中々に小洒落ている。
「はは、今年の料理は美味いねぇ。
毎年来ているが、アイツは料理の腕だけはあんまり褒められたもんじゃなかったからなぁ。」
「アラそうなの?
なら、今年来られて良かったわ。」
最初に到着した太っちょの紳士が、隣の女性に料理の味を評価している。
田園さんにチラと聞いたところ、太っちょの紳士は田上笛堂氏で、隣の女性は田上杵子さんと言うらしい。
親子だと思っていたが、どうやらマジで年の離れた夫婦なのだそうだ。
……もしかして紳士の見た目でロリ?
あきまへん!あきまへんですぞ笛堂はん!
本当の紳士はYESロリータ!NOタッチ!の精神ですぞ!
「……暖かい。」
「アタシ達、生きてる……。」
「……。」
三人娘は来るまでの道のりがよっぽど過酷な環境だったのか、スープを飲みながら生きていることを噛みしめている。
……なんか、うん、見てて痛々しいわ。
三人娘は特に名前を聞いてないが、彼女達の会話から眼鏡っ子のエミちゃん、黒髪ロングのマリンちゃん、そして平凡な顔立ちのケイちゃんらしい、と言う事はわかった。
「ほら、ハジメちゃん、口元汚れてる。」
「わぁーってるって、お前は俺の母さんかよ。」
暇さえあればラブコメ空間を作っているこのバカップルは、女の子の方が安穏真莉愛ちゃんで、男の方は忘れた。
ただ、名前が俺と同じハジメなのが非常に不愉快だ。
もげれば良いのに。
そして問題はここに居ない黒づくめで、部屋に入るまで帽子すら取らなかった大男だが。
田園さんに聞いたら、“乱酔 漏斗”と言う名前らしい。
いやどんな厨二病よ?
ってかそれ偽名だよね?
いやむしろ偽名であって下さい。
自分の名前が乱酔漏斗とか、多分俺なら改名を申し立てるレベルだわ。
まぁ、俺が見ている限りでも一言も発してなかったから、意外に小心者と言う可能性はある。
あれかな?名前が厨二病全開だから、目立たないようにそっと生きてる系なのかな?
それなら考えを改めないとだな。
彼だけが“自室で食事を取る”と言うことらしく、先程田園さんが食事を届けていた。
-では、次のニュースです。
本日未明、離根外県から護送中だった連続殺人容疑で逮捕中の均照容疑者が脱走したとの事です。
付近にお住まいの方は戸締まり等、十分ご注意を……。-
「え、離根外県って言ったら隣の県じゃ無い?
ヤダ、怖い!」
三人娘の……ケイちゃんだったか。
怯えたようにそう言うと、血相を変えて部屋に走っていった。
後の2人もケイちゃんに気圧されたのか、青い顔をしてそれぞれの部屋に戻っていく。
「……まぁ、こんな吹雪いている山奥に来るとは思えないが、用心に越したことは無いかもしれんな。
そう言えば田園さん、オーナーはいつこちらに戻ってくるのかね?」
田上のオッサンがのんびり聞くと、田園さんは食後のコーヒーを配りながら少し考えている。
「……そうですね、麓の町まで買い出しなので、もう間もなく戻ってくるのかとは思うんですが、この吹雪ですからね。」
そう言って窓を見る田園さんに釣られて俺も見てみれば、まるで誰かが外から叩いているかのようにガタガタと揺れる窓と、窓枠に積もる雪。
吹雪は勢いを増しているようだった。
「さて、それじゃあ僕等も部屋へ戻ろうか。」
田上夫妻がソワソワしながら、2階の部屋に向かう。
ははぁ、これから“夕べはお楽しみでしたね”タイムに移行するって訳だ。
ちょっと覗いて……いや、オッサンのはいいや。
「なぁ、オッサンもここに予約してきたのか?」
誰だ馴れ馴れしいと思えば、あのバカップルの男の方が俺に話しかけていた。
“うるせぇ、サッサと部屋に戻ってバカップルパーリナイで盛り上がってろ!”と言いたくなったが、そこは大人の対応が出来る俺様だ。
ビシッとシニカルなユーモアと共に返してやろう。
「あっ……えーっと、ッスー。
ま、まぁ、ちょっと道に迷って、デュフ、助けて貰った感じッスかね、へへへ……。」
待って!ちょっと待って!
今の無し!今の無し!
ちゃうねん、転生前とかワイ、ニートでしたやん?
だからこういうリア充の陽キャとか、特に苦手やねん。
大体なんだよ、初対面でタメ口だわオッサン呼びだわ、おかしいやろ。
もっと年上を敬えっつー話ですわ。
「恩理さんは、それはもう寒そうな格好でしたので。
気の毒になって泊まって貰ったんですよ。」
見かねた田園さんがフォローを入れてくれる。
凄い!この人いい人!好き!
「……まさか、脱走した連続殺人犯って。」
安穏さんとか言うお嬢さんが、俺に不信の目を向けて睨んでくる。
待って、ちょ待てよ!
アタシは無実よ!
「……まぁ、とてもそんな事出来そうな方には見えないと、私は思いますけど。」
え?嘘、好き。
田園さんになら尻を貸しても良いかもやっぱ嫌かも!
そんな漢女チックな事を思いながら、濡れ衣ははらしておく。
「……あ、あの、僕はホントに荷物を無くして道に迷っただけでして……。」
「そんな心配しないでよ、冗談よオジサン。」
このガキィ……。
グヌヌとなっていると、キッチンの入口にケイちゃんの姿が見える。
若干不機嫌そうだ。
「良かった、まだいたんだ。
田園さん、何か暖かい物くれない?
部屋が寒くって……。」
田園さんは笑顔でコーヒーを入れている。
しかしこの人、妙に姿勢も動きが良いんだよなぁ。
どこかで執事でもやってたことがあるのかと聞きたいくらいだ。
「あっ、ハジメちゃん、コーヒー溢してる!」
ハハハ、またバカップルがイチャイチャしおる。
こやつ等隙を見てはラブコメ空間はさみよって。
オッサンが台無しにしちゃろか。
こうして、外の吹雪が嘘のような穏やかな夜はふけていく。
その後、キッチンからラウンジに移動すると、暇な夜の鉄板、賭けトランプでバカップルの男を裸にひん剥いてみたり、ボールをゴールにシュゥゥゥ!!
超!エキサイティング!!なアレを田園さんが倉庫から引っ張り出してきたりと、中々に楽しい夜だった。
ここまでは、だが。
「キャァァァァ!!」
翌朝、俺は女性の悲鳴で目を覚ます。
絹を裂くような悲鳴、とは、よくいったもんだ。
ドア越しとは言え、超音波みたいな悲鳴で鼓膜がやられたかと思ったぜ。
「え?オーナー?」
田園さんが、驚いた顔で彼を見つめている。
その死体は、ソファーに座っていた。
自分の体を抱きしめるように両腕を組み、怯えたような表情で見開かれた目。
横一文字に大きく斬り裂かれた喉元。
全身が凍り付きながらソファーに座っているその男性が、どうやらこの山荘の持ち主だったようだ。




