383:冬、雪山、山荘、何も起きないわけも無く……。
「犯人は、この中にいる!!」
若い青年がキメ顔でそう言うと、周囲に動揺が広がる。
山荘の宿泊客は皆、互いの顔を見合わせながら不安な顔をしている。
……いや、そりゃそうじゃね?
ここ現代世界でしょ?
他の異世界と違って、ゴブリンがいるわけでもゴーストがいるわけでも無し。
科学文明世界なんだから、そんなオカルト出てくるかっつーの。
「そう言えば、オンリさんってその時間、何してたんですか?」
青年の隣に立つ女の子が俺に疑いの目を向ける。
オイオイ、勘弁してくれよ……。
やって来ました次の異世界!!
この俺、恩理 一に相応しい世界はあるのか!
と、意気込んではみたものの、現在俺は絶賛遭難中だ。
それというのも、転送先が吹雪の山中だったのだ。
最初に転送された直後には、“あ、ここ剣と魔法のファンタジー世界か”と感じたほど、文明の匂いが感じられなかった程の山の中だった。
ただまぁ、少し歩くと電気を送っているらしい電線と鉄塔が見えたので、何となく“現代風の世界観で、スキー場的な山なんじゃないか?”とは感じていた。
「クソッ、やっぱり魔法がうまく構築できねぇか。
……このままじゃ、流石にヤベぇな。」
空でも飛んでサッサと脱出しようとしてみたが、魔力が感じられず超常の力、いわゆる魔法の力を行使することが出来ない。
これも、“現代風の世界観を持つ”異世界では、たまにある事象だった。
“現代世界で魔法のみを使って魔物退治”と言うような世界もあるにはあった。
だが、どちらかと言えばそちらの方が稀だ。
現在から過去に行けば魔法は使いやすく、現在から未来に行けば科学の力の方が使いやすい。
ある意味では、現在世界が“科学も魔法も何でもあり”と、1番混沌としている世界だ。
少し脱線したが、だから現代世界観を持っている世界では、大抵の場合、科学も魔法も超常現象は何でもあり、と言う事が多い。
ただ偶に、“魔法や超文明・超科学の存在を一切認めない”という、強固な世界観を持つ異世界がある。
そう言う場所では不思議なことは起こらず、科学と物理学で現されるような事象しか起きず、魔法を使うための“マナ”も、超科学を動かす“エーテル粒子”も、その世界から否定される。
まぁ、要はリンゴは重力に引かれて地面にしか落ちないし、火をおこすにはライターかマッチなんかが必要って事だ。
「とにかくこの山を下りねぇとな……。
こっちは……。
……ロープ張ってあるから、行かない方が良さそうだな。」
この世界も、どうやらその手の世界観らしい。
突然雪山に出現させられた挙げ句に魔法も超科学も禁止と、いきなりの出来事で俺は萎えかけていた。
こんな世界からはとっとと脱出するか、と思ったが、どうやらこの雪山付近は世界の意思が更に強固らしく、転送装置そのものが使えなくなっていた。
魔法も使えない、別の異世界にも渡れないと、流石にこの状況が非常にマズいと、俺でも理解し始めていた。
雪山に普段着で歩く存在など、ただの変質者よりも危ないヤツだろう。
というより、一晩越えれば凍傷と低体温症で死にかねん。
ドンドンと沈む太陽を見ながら、これはマズいと焦る俺に、遠くで輝く灯りが目に飛び込む。
まさしく“地獄に垂らされた蜘蛛の糸”、或いは“渡りに舟”と言うヤツだろう。
遠くに見えるその灯りが希望の光に見え、俺は一目散にかけだしていた。
「恩理さん、でしたか。
コーヒーはいかがですか?」
「あ、ご丁寧にすいません、いただきます。
……突然転がり込んで、すいませんでした。」
その灯りは、雪山の中にあるペンションの灯りだった。
“山猫荘”というこのペンション、完全予約制だと言うことらしい。
だが、ここの従業員として働く田園さんという方の好意で、空きのある部屋に泊まらせて貰う事が出来た。
「この大雪の中で、しかもこの辺は近くに宿泊施設どころか家すら無いですからね。
この山は熊も出るらしいですから、流石にほっぽり出すわけには行きませんよ。」
「助かりますよ。
1人で山登りに来たは良いけど、大雪になるし荷物も無くすしで、本当に困っていた所だったんですよ。」
とりあえず適当な嘘で誤魔化してみたが、田園さんは苦笑いを返すのみだ。
この人は根が純朴な人のようで、簡単に信じて貰えることが出来た。
冷静になって考えれば着の身着のままで1人雪山にいるのはあまりに不自然だが、まぁもしかしたら“このまま放り出すと死んじゃうだろうな”という気持ちも働いてくれたのかも知れない。
ペンション一階にあるラウンジでコーヒーを入れて貰い、近くの暖炉で暖まりながら田園さんと他愛ない世間話をしていると、予約していたらしい宿泊客が続々と現れる。
「やぁ、凄い雪だねぇ。
辿り着くのに一苦労だったよ。」
「ホント、こんな不便なところにある宿だったら、アタシ来たくなかったわ。」
老紳士……と言うには随分と太っちょなオッサンと、まるで昭和のディスコなノリでアクセサリージャラジャラのケバいお姉さんが到着する。
え?時代錯誤すごない?
ってか俺が言えた義理じゃ無いけど、その格好で雪山とか、逆にすごない?
「お荷物はこちらだけでしょうか?」
「いや、外のランクルにまだ乗せてあるんだ。
僕はお姫様のご機嫌を取らなきゃ行けないから、君、荷物運び頼むね。
あ、これ車の鍵。」
だよね!そうだよね!
歩いてこないよね!
まぁ車でここまで直行してきたんなら、あの格好も納得か。
田園さんはどう見てもパパ活………いや、親子の2人を部屋へ案内すると、外のランクルから荷物を運び出す。
往復しているだけで田園さんの頭や肩に雪が積もっているところを見ると、先程よりもかなり吹雪いてきているらしい。
「あー、着いたぁー。」
「マジ歩いてくるとかイジメでしょこれ!」
「……まぁまぁ、良い経験だったじゃない。」
若い女3人が雪まみれになりながら、田園さんが荷物を運び入れた直後に入口に雪崩れ込んでくる。
彼女達が来ただけで、場が一気に姦しく……いや華やかになる。
「ご予約の方ですね。
ここまで歩いてきたんですか……。」
田園さんもちょっと驚いているところを見ると、ここはかなり人里から離れているらしい。
「ごめんくださーい、予約した安穏ですー。」
女の子3人が受付していると、男女の若い……多分高校生くらいだろうか。
カップルの女の子の方が、男をひっぱる様にして入口から入ってくる。
「お、おい、恥ずかしいって。」
声を張り上げている女の子を制止するように、肩を掴む。
ははぁ、お前等リア充だな。
とりあえず爆発して貰おうか。
受付が騒がしくしていると、最後の客だろうか?
全身黒ずくめで、目深に帽子を被った黒いコートの男が入口に姿を現す。
俺は何となく嫌な予感を感じながら、ラウンジで一部始終を見ていた。




