381:ファイナルステージ~光の羽~
心を静め、目を開く。
周囲の空間はただ闇が広がり、自身の手すら見えない。
その内、目の前にボンヤリと輪郭が光る球体が現れ、その球体が俺自身を形作る。
-人間にしては珍しい-
-よく耐えている-
-だが、お前の知識を得るために、我は汝となり、汝は我と……プグォッ!-
自身の肉体をイメージし、拳を振るう。
見事、偽物の顔面にぶち当たってくれたようだ。
しかし、足場もないのはいけないな。
踏ん張りが効かん。
イメージした次の瞬間、足元に真っ黒な大地が現れ、空に真っ黒な太陽が現れ、黒く濁った茜色の空間が生まれる。
-なんだ、この心象風景は……-
偽物の俺には理解できないのか、周囲を見渡している。
「ようこそ、俺の心の中へ。」
腰を落とし左前に構えると、俺の偽物は構えることもせずただ棒立ちを続けている。
やれやれ、こんなモノ、俺の偽物ですらない。
-貴様、新たなる神となる我に手を上げっ……!?-
大地を蹴り、踏み込むと左拳で懐に1発、腹部を殴られ、下がった頭に切り返すように右拳で1発。
教本のように綺麗に、仰向けに倒れる。
「あぁ、手を上げるね。
確かに神の力ってヤツには人間は抗えない。
だが、神そのものは、人間には抗えねぇからな。
お前が神様だって言うなら、せっかくの神様をボコボコにできる機会だ、見逃す訳にはいかねぇよ。」
神を神たらしめるのは、いわゆる“信仰”だろう。
それが恐怖であれ、救済であれ。
なら、“俺の心の中にいる神以外を認めない”俺の中にいるコイツは、言ってみれば誰の信仰も得られない、俺と対等の存在だ。
対等ならば、殴れる。
-クッ、弱らせてからでなければ、無理か-
再度殴りかかろうとしたところで、俺の偽物は霞のようにかき消える。
次の瞬間には、俺の視界も元の風景を映し出す。
元通りリファルケのコクピットで、機体正面には気持ち悪い顔の球体が存在する。
<危険です、“耐精神”実行します。これには数分の……。>
「もういらねぇよ、マキーナ。」
あちらではそれなりに時間が経ったと思っていたが、どうやら一瞬の出来事だったらしい。
理解できていないマキーナを放置して、俺はヤツの顔めがけてありったけの弾を浴びせかける。
-何故だ!?何故我が押されている!?-
-ここは一時撤退して……!?-
女性顔の縫われた目が微かに開くと、拡散された戦艦の主砲クラスのレーザーが、周囲を焼く。
それと共に球体は後ろへと移動を開始するが、それはリファルケの進行方向でもある。
「そいつは大雑把だな。
そんなんじゃ当たらねぇぜ?」
巨大なレーザーの隙間を掻い潜り、ホーミングレーザーを叩き込む。
ただ、巨大レーザーの余波は想像以上らしい。
通り抜けただけで、シールドが削れる。
それでも、隼の翼はヤツを逃がさない。
-貴様は!貴様は何なのだぁ!?-
老人の顔から黒い弾丸が次々と飛んでくるが、何とかかわしきり、隙だらけの顔面にガトリングガンの弾を食らわせてやる。
「俺は俺だ。
唯の人間、名前は田園勢大だ。
……あぁ、別に覚えなくて良いぞ?
お前、もう死ぬんだからな。」
-我はぁ!!彼奴が居座るこの世界をォォォ!!-
縫われた女の目が強引に開き、2つの巨大な白い光が、1つに融合される。
女の口の中にある老人の口も開き、黒い光がその中に混じる。
-原子の先まで分解されよ!-
-その後、貴様を余すところなく吸収してくれる!-
白と黒が互い違いになった1つの極大な光が、リファルケに向けて解き放たれる。
「セーダイおじちゃん!避けて!」
<ガイドビーコンへエネルギー転送可能です。>
俺はリファルケを人型に変型させながら、ナイアにニヤリと笑いかける。
「実はな、こういう大技をずっと待っていたんだ。
……マキーナ、シールドリフレクター!!」
リファルケは両腕を突き出し、掌から光の壁を作り出す。
<吸収と余剰エネルギーの拡散、並びにガイドビーコンへ追加エネルギーを転送開始します。>
人型に変型したリファルケから、背面、両腰に接続されたガイドビーコンが6基に分離し、唸りを上げながら飛び立つ。
「ここが踏ん張りどころってなぁ!!」
リファルケの背面から放出される余剰エネルギーは光の粒子を放出し続ける。
背部の翼から吐き出されるそれはまるで、6対の輝く光の羽として、宇宙からも観測することが出来る程であった。
ガイドビーコンは空を飛びながらアンテナを展開すると、放電しながら全てのアンテナに光を繋ぐ。
球体を囲むように側面に4基、上下に1基ずつ配置すると、光の檻で球体を逃さない。
-どこまで耐えられるか見てやろう!!-
-このまま貴様ごと、焼き切ってくれる!-
溢れるエネルギーは、コクピットの内部まで逆流する。
「オォオォォォ!!」
コクピットに繫がるケーブルから、俺の脳内にまで電流が流れる。
もはや、コクピットそのものが電気の拷問器具と化し、俺も意識を保つために雄叫びを上げる。
「させない!セーダイおじちゃんは私が守る!」
ナイアの体が輝き、コクピットに逆流したエネルギーを防ぐ。
「あぁ……グゥゥ……。」
ダメージを受けすぎていた。
満足に喋れないほど、体内をズタズタにされた感覚がある。
マキーナが急速に回復しているが、指1つ動かせない。
[……ダイ!!セーダイ!!聞こえているか!?
ビーコンを確認した!!
安全装置が解除されたからな!!
後3分で惑星破砕砲がそこを消し飛ばす!
もういい!離脱するなら早くしろ!!
聞こえてるのか!?]
あぁ、聞こえているよ。
体は全く動かない。
それでも、無線から頼もしい友人の声が聞こえ、安心した気持ちになる。
そうか、後3分でこのクソッタレな惑星もお終いか。
ざまぁねぇぜ。
ナイアもここで吹き飛んじまうが、今の体はもう保たないらしいからな。
ロゥとアーリヤの子供に転生できるなら、上々だ。
良かった、これでバッドエンドは回避したぞ。
フフッ、俺にしちゃよく頑張った方じゃねぇか。
-それじゃあ、誰が貴方をハッピーエンドにしてくれるの?-
遠くで声が聞こえる。
さぁね、これもハッピーエンドなんじゃねぇかな。
-帰りたくないの?-
帰りたいよ。
帰りたくて仕方が無い。
こんな、“誰かの物語”で死にたくねぇ。
俺は、俺の人生を全うしたい。
それでも、もう疲れたのも、本音かな。
-でも、あと少し、頑張ってみない?-
はは、酷なことを言いやがる。
でも、そうだなぁ。
もう少しだけ、頑張ってみるか。
意識を取り戻すと同時に、激痛で身悶えする。
「がぁぁ!!痛ぇぇ!!
……クソッ!死の苦痛は生の喜びってか!?
ざけんな!死ぬほど痛ぇ!!」
<良かった、帰ってきたね。>
見れば、ナイアはボンヤリと光り、そしてその姿は半透明になっていた。
<一時的に、まきーな?さんに力を貸して貰ったの。
さぁ、セーダイおじちゃん、まきーなさんに指示をして。>
「転送を実行しろ!マキーナ!」
<システム、バージョンアップしました。
即時転送を開始します。>
俺の体が、光に包まれる。
今までと違い、すぐに爪先から光の粒子に変換されていく。
<バイバイ、セーダイおじちゃん。
私の知ってること、少しまきーなさんに渡しておいたね。
ありがと。>
何かを言うよりも早く、俺は転送される。
もう俺に出来ることは無い。
光の粒子に包まれながら出来ることと言えば、彼等の無事を祈ることくらいだ。
勢大がいなくなったコクピットで、透けた体の少女は満足げに微笑む。
-おのれぇぇぇ!-
-あと少し、あと少しでぇぇぇ!-
黒い球体から伸びる触手が、光の檻を引き千切ろうと触手を伸ばす。
だが、パイロットがいないはずのリファルケがより強く輝き、光の檻の拘束を強める。
<そう、アナタもハッピーエンドが好きなのね。>
微笑む少女の声が聞こえた次の瞬間には、大地に光の剣が突き立てられたのだった。




