379:ファイナルステージ~天を切り裂く剣~
[お前……死ぬ気か?]
ジェミニからガイドビーコンを取り出したナイトフィーニクスが、その動きを止める。
「言ったろ?死ぬ気は無ぇ。
ただ、この世界からおさらばするだけだ。」
[それでも!同じだって言ってんだよ!
俺から見れば、もう二度とお前に会えなくなるって事だろうが!]
ロゥの怒りに、俺は口をつぐむ。
俺の考えた作戦、それは俺の機体にガイドビーコンを取り付け、俺がZX-1へ降下することだ。
これにより試作型惑星破砕砲の安全装置を外し、ガイドビーコンを積んだリファルケに向けて撃つ、というシンプルな作戦だ。
無論そのままでは俺の命が無いが、ここで異邦人としての能力というか特徴、“自称神と世界の接続を切断する事で、新たな世界へ転送される”というあの法則を使い、俺も脱出しようと言うモノなのだ。
これで、誰も死なずにZX-1は破壊できる。
1番マシな選択肢と思っていたが、確かにそれはまぁ、俺の視線からしか見てないか。
確かに、ロゥから見れば俺の離脱が成功して別世界で俺が生きていようが、失敗して反物質弾に巻き込まれて死のうが、結果として俺がいなくなる事は間違いない。
[大体、お前のそれはやられる前提じゃねぇか!
なら、俺のナイトフィーニクスに付けて、俺が行けば躱して帰ってきてやるって……。]
[駄目だ!それは絶対駄目なんだ!!]
アーリヤ女史が目を覚ましたようだ。
物凄い声で、俺達の通信に割り込んできたので、俺は思わずスピーカーのボリュームを下げた。
[ロゥ、それにセーダイ、アレの狙いは君達なんだ!
異なる世界から移動する力を持った人間、それこそがアレの狙いなんだよ!]
[お、おい、アーリヤ、そのまま宇宙に出て来ちゃ駄目だ!]
ナイトフィーニクスが慌ててガイドビーコンを俺に放ると、格納庫に飛び込みハッチを閉める。
アーリヤ女史は、先程ベッドに寝かされた時に着ていた病衣だけで、宇宙空間に出て来ようとしていた。
だがそれも、ロゥがナイトフィーニクスから降りて近付くと、その胸に飛び込み抱きついて大人しくなる。
(執着……いや、もしかしたら退行か?)
元々気に入った人間には、強い執着心を見せていた彼女ではあったが、彼らに捕まり何かをされた経験からか、その傾向がより強くなっている。
それこそ、宇宙空間に裸で飛び出せばどうなるか、などを気にかけないくらいのレベルで、だ。
[アーリヤ、どう言う事だよ?
何でセーダイは良くて、俺は駄目なんだ?
それはつまり、セーダイの方がお前の中で命が軽いのか?]
[ちが、違うの……違うのっ!]
ロゥは少し強い圧を出しながら、アーリヤ女史に詰め寄る。
アーリヤ女史はそれだけで、飼い主に叱られた子犬のように小さくなり、泣き出してしまう。
「落ち着けよ、ロゥ。
今は心をやられてるんだ。
焦って問い詰めても、良い結果にはならねぇよ。」
<ガイドビーコン、接続しますか?>
(あぁ、やっといてくれ。)
俺はマキーナに脳内で指示を飛ばす。
ロゥがガイドビーコンを手放してくれたのは助かった。
外側から手伝ってもらえれば確かに楽だが、リファルケ単体でも接続自体は出来る。
[すまない、だが、俺にはセーダイを失うのも、今となっては辛いんだよ……。]
[……ごめんなさい、でも違うの。
アレを一目見てしまったら、人間には耐えられない。
でも、アレこそが奴の中心、コアの場所なの。
だからダメ、貴方がセーダイがいないと耐えられないように、僕……私には貴方がいないとダメなの。]
オイオイ、何だか良い雰囲気になってんじゃねぇよ。
マジで今は人類の一大事だろうが。
……とは流石に言えないな。
それに、今の話から察するに、コアに近付くと普通の人間は精神がやられると言うところだろうか。
自然と、左胸に入っているコインに手が行く。
これがあれば、俺なら耐えられるだろうか。
[そのコインだけじゃ駄目。
だから、私も行くの。]
通信機から、凜とした少女の声が響く。
[なっ!?
ナイア、それだとお前まで死にに行くようなもんじゃねぇか!?
お前まで、俺に失えって言うのか!?]
ロゥの焦りと怒りと、そして少しだけ諦めが混じった叫びが続く。
ロゥ自身、薄々解っているのだろう。
この状況から抜け出すためには、もうこれしか無いと。
それでも、ロゥの気持ちも解ってしまう。
[ゴメンね、ロゥお兄ちゃん。
でも、大丈夫なんだよ。
私はそろそろ限界だから。
私はね、アイツから生まれた、“転生者を探し出す発信機”だから。
だから、役目を果たしたから、もう残り時間は殆ど無いの。]
ナイアから、彼女自身の素性が語られる。
やはり彼女はあちら側の、言ってみれば工作員だったと言うことだ。
人間と同じ格好をし、対象に庇護欲を醸し出させる能力を備えた人形。
それが、彼女だったのだ。
ただ、あちら側である彼女には、ZX-1のコアに対して抵抗力があり、それは周囲の人間にも、効果は多少はあるらしい。
なるほど、なら俺とナイアで行けば、目的のコアまでたどり着ける可能性はかなり高いって事か。
だが……。
「……ナイア、その、何とも難しい言い回しになっちまうんだが、お前はそれで良いのか?」
言葉に詰まる。
ロゥがどう思おうと、俺自身は助かる手段を持っている。
でもナイアは違う。
確実に助からない。
“後少しで死を迎える”と、“確実に死ぬ”では、大きく違う。
それには俺も、躊躇いが出る。
2人と一緒にいたい、と、彼女自身が言っていた事じゃねぇか。
[セーダイおじちゃん、“お前の意志を尊重する”なんでしょ?
じゃあ、問題ないわよね?]
朗らかに、少女は笑う。
<接続、完了しました。
現状は飛行形態ですが、使用時には人型に変型し、リフレクトシールドを使う時と同じコマンドです。
ガイドビーコンの設定と、対象の封じ込めを同時に実行します。>
マキーナの声が、俺の最後の一押しになった。
「解った、ナイア、準備にどれくらい……。」
[受け止めてね!]
俺の言葉を遮るように、宇宙服を着たナイアがジェミニの人間用ハッチから飛び出す。
慌てて進行方向に回り込み、コクピットハッチを開けると、彼女を受け止める。
[セーダイおじちゃん、ナイスキャッチ!]
「バカッ!命綱無しで飛び出すヤツがどこにいる!」
そう言うと、2人して笑う。
これから突撃しようというのに、“命綱”の響きが何だか陳腐で可笑しかったのだ。
[駄目だ!よせ!2人とも!!]
ロゥの叫びは、殆ど悲鳴だった。
これから起きることを理解しての、友と子供を同時に失う男の、悲痛な声だった。
「……ロゥ。いや、東川 朗一。」
ナイアを抱えたまま、ジェミニを見る。
「そこの大砲は、先の時代で“天を斬り裂く剣”、天剣・バルムンクと呼ばれていた。
ならば、見事斬って見せろ、東川一刀流。」
それだけ言うと、俺はナイアと共にコクピットに戻る。
[これでバイバイじゃないよ、お兄ちゃん!
私はね、生まれ変わるの。
だから、その時はよろしくね!]
ナイアの言葉にロゥが何を返したかは、ブースターを全開にした俺には聞こえなかった。
ただ真っ黒な宇宙に、隼の鳴き声を聞いた気がした。




