37:大胆なチャート変更
異世界セットを元ある位置に置き、衣服だけを借りていく。
「マキーナ、アンダーウェアで頼む。」
<マキーナ、アンダーウェアモード、起動します>
驚く二人を尻目に、さっさと小屋から駆け出した。
村を経由せず、王都を目指す。
転生者が持ち込んだ世界であっても、余程の事が無ければどの世界も大体似たり寄ったりの地形だ。
最早目をつぶっていても王都には行ける。
「さぁ、久々のRTAと行こうか。」
“左と下にメッセージウィンドウ出さなきゃな”等とくだらないことを思いつつ、城門が見える位置でスピードを緩め徒歩に切り替える。
視界の左下を一応確認しておく。
(まだ98.35%位か、全然行けるな。)
最短で行くと、下手するといきなりボスラッシュ的な事にもなりかねないし、エネルギーも無駄に浪費することになる。
慎重且つ大胆なルート選択が迫られる。
城門で並んでいると俺の番になり、門番が面倒くさそうにこちらを見る。
「もうよい、通って良し。」
自分の身の上を話し、“王都で何か仕事を……”と言いかけた時に、遮るように言い渡された。
その目は死んだ魚のようだ。
“は、はぁ……。”と気の抜けた返事を返しつつ、門をくぐる。
後ろでは“女は別に取り調べを行う、あの馬車へ行け”と指示している声が聞こえた。
どうなるのかはあまり想像したくない。
さっさと情報を集めて城に向かうか、と考えながら辺りを見回すと、奇妙な印象を受けた。
城下町は明るい雰囲気だ。
夕刻が近いからだろうか、チラホラと屋台が並び始め夕食を求める人々で賑わい始める。
おっちゃん達の呼び込みの声も明るい。
だが、笑顔が気味が悪い。
目の奥が笑っておらず、無理矢理笑っているような、誰かに強制されて笑っているような、不自然な笑顔だ。
奇妙な事は続く。
それなりの裕福な民家とおぼしき家から、全裸に首輪をし、頭に薄いヴェールだけを纏った女性が、甲冑の騎士に首輪に繫がった鎖をひかれ出てきた。
その後には両親だろうか、年老いた夫婦が泣きながら歩いて出てくる。
「あぁ、何故うちの娘が……素晴らしい事よ!
娘を返し……立派に王様にご奉仕なさ返して!」
婦人は支離滅裂な言葉を叫んでいる。
男性は“あぁぁあぁ!!!”と叫びながら壁に頭を打ちつけ、他の家族から止められている。
全裸の女性はそのまま、甲冑の騎士にひかれ城へ向かって歩いて行く。
そして、衝撃的な光景の筈だが、周囲の住民はまるでその存在を見ないようにしているのか、そちらを見ずに普段通りの生活を営んでいる。
絵に描いたように奇妙で異常な光景だ。
最速でこの世界を終わらせようとしていたが、そんな考えは何処かへ吹き飛んだ。
ただ、一方的に判断することもまたよくない。
とにかく、何が起きてるか調べなければ。
そう思い、今回は悪党側から攻めてみるかと、城下町の外れにあるスラム街に向かう。
ここも何度か世話になった。
スラム街の路地裏に行けば、何かしらイベントがあるはずだ。
城下町の外れ、いわゆる貧民層が生活する区画まで来ると、嗅ぎ慣れたすえた臭いがしてくる。
ただ、今回はそれに生臭い臭いも足されている。
嫌な予感を感じながら通りの角を曲がると、そこには両手と首を一枚の木の板で繋がれた少女が複数人、並ぶように鎖で繋がれていた。
ここにも甲冑の騎士がいる。
それも3人。
そしてその3人に命じられているのか、ほぼ全裸の男達が少女達をなぶっているように見える。
最近はあまり感情が動くことも減ってきていたが、それでもこれに無関心でいられるほど、まだ心は凍ってはいない。
助けるために近寄ろうとしたとき、モヒカン男に声をかけられた。
「おぅ兄さん、よそ者か?
……悪い事は言わねぇ、手を出すのは止めとけ。」
その顔に覚えがある。
懐かしのキルッフだ。
いや、この世界では違う名前かも知れないが。
コイツ、この世界では見た目通りチンピラ役か。
“何故だ?”と問おうとしたときに、彼は“よく見てみろよ”と親指でその光景を指す。
騎士の一人は、集団から見えないところで吐いていた。
全裸の男達も、「もう良いですかね?」「もう勘弁して下さい。」と懇願している。
一際大きい甲冑の騎士は腕組みをしたまま身動き一つしていない。
もう一人の騎士が、何やらチラチラと上を見ながら仕方なしに“だ、駄目だ!お前等は“三日陵辱の刑”の執行官に選ばれたのだから、抜けたければ休憩時間に代わりの者を引っ張ってこい!”と叫んでいる。
何だ?何が起きている?
何故上を気にする?
何も無い空をよく見ていて、それに気付いた。
周囲の空を映しているが、時折雲がずれる。
青空の色がずれる。
上空に箱状のモノが、周りの景色を映し出しながら隠れるように浮かんでいる。
危うかった。
モヒカン男に止められなければ、そのまま突っ込んで騒ぎをバッチリ見られ、向こうに対策をとる時間を与えるところだった。
この男にはどの世界でも助けられるな。
時々敵だけど。
モヒカン男に礼を言いつつ、百歩神拳で上空の謎物体を打ち落とす。
俺の手元で“パン”と派手な音が響き、大柄の甲冑の騎士以外がこちらに視線を向けた。
次の瞬間、大柄の甲冑騎士が恐ろしい速度で踏み込み、墜落中の謎物体を一刀で切り払っていた。
西洋剣であんな鋭い抜き打ちは見たことが無い。
まともにやったら、俺でも斬り捨てられそうだ。
近くの幾人かが気付く前に剣をしまい、例の謎物体を拾い上げる。
「やや!王より預かり受けた“魔道どろおん”なるモノが墜落してしまった!
大方鳥か何かがぶつかったのであろう。
おい貴様、直ちにこれを詰め所にて梱包し、王に送れ!
但し、丁寧に破片を集め梱包するから3日はかかるであろうから、“ご確認頂けないことは残念至極であるが、本刑罰は現地裁量にてつつがなく執行した”と、書き添えよ!」
大柄の騎士が吐いていた騎士にそう命じると、手に持っていた魔道ドローンを渡す。
吐いていた騎士は、ヨロヨロと駆け出す。
「馬鹿者!慎重に、ゆっくり歩いて運べ!
……よし、貴様は少女達の枷を外し、回復魔法をかけよ!
男共は解散の代わりに、教会に受け入れの連絡へ走れ!」
もう一人の騎士と周囲の男共にそう指示を伝えると、こちらに歩み寄ってきた。
「どこのどなたかは存じ上げませぬが、この騎士キンデリック、周辺住民に代わりまして感謝を申し上げます。」
兜を脱ぎ、片膝をついて頭を垂れる。
そうだ、何処かの世界で“キンデリックさんは冒険者になる前は高名な騎士だった”と聞いたことがあったな。
この世界では、騎士を引退しなかったキンデリック氏と言うことか。
ならば、情報を引き出せるか?
ここで情報を聞き出すべきか、先を急ぐか。
この時迷っておいて、もしかしたら正解だったのかも知れない。




