377:ファイナルステージ~瞳~
<射撃限界点まで後3分を切りました。
勢大、このままでは救出不可になります。>
「解ってるよ!!クソがっ!!」
また1機、スクライカーを殴り破壊する。
オベロンはゆっくりとZX-1に降下していき、あの巨大な手が掴めそうなところまで、大気の摩擦で先端が赤熱化しながら進み続ける。
俺の方も、大気圏に近いせいか徐々にモニターに映るスクライカーや残骸が赤く染まりだしている。
スクライカー達もアーリヤを奪われまいと必死だ。
何なら遠距離攻撃では無く、一緒に落としてしまおうと抱きつきからの自爆攻撃を狙ってきているのが、この厄介な状況に拍車をかけていた。
[セーダイ!!まだか!!
もう保たねぇぞ!!]
「うるせぇな!今やってるよ!」
一か八かの賭けになるが、戦っているフリをしながら敵を引き寄せ、一気に振り切ってからエーテルカノンをぶっ放してやる。
<危険です。放射中の無防備な状態を狙われることになります。>
だろうな。
でも、それでもやらなきゃロゥとアーリヤは助からない。
<2人を生かすために1人を犠牲にするという判断ですか?
何故です?
貴方にとって、自己を犠牲にしてでも助けたいからですか?
彼等は貴方にとって、かけがえのない存在なのですか?>
「そんなんじゃねぇよ。」
少し考える。
自分を犠牲にしてでも、か。
そう思えるのは、妻ぐらいだろう。
俺は、生きてあそこへ帰るんだ。
今だって、そう願って止まない。
でもな。
「……俺は。
俺は、バッドエンドが嫌いなんだ。」
様々な転生者を見てきた。
良い奴もいれば、悪い奴もいた。
転生を後悔している奴もいれば、喜んでいた奴もいた。
それでも。
「……次の人生を、幸せに生きちゃいけないなんて理屈は、どこにも無ぇだろうさ。」
スクライカーを振り切ると砲撃地点で人型に変型し、エーテルカノンを構える。
<……その角度ではナイトフィーニクスごと貫きます。
角度を1度修正して下さい。>
マキーナの指定する角度に修正し、エーテルカノンを放射する。
一筋の光はオベロンの背面に着弾し、小さな爆発の光が見えた。
<警告、異常過熱による緊急分離を実行します。>
両腰に接続されたエーテルカノンは切り離され、小規模の爆発と共にZX-1へ溶け落ちていく。
だが、その溶け落ちていくエーテルカノンと入れ替わるように、ナイトフィーニクスの黒い翼がオベロンから飛び立つのが見えた。
<警告、警告。
スクライカーが接近中。>
変型し、離脱しようとするが出力も速度も上がらない。
こちらは重力に逆らって上昇しなければだが、スクライカー達はただ俺目がけて“落ちて”くれば良い。
[セーダイ!今行く!]
間に合わねぇよ。
ロゥの叫びが無線から聞こえるが、それよりもスクライカーのソードが俺を貫く方が早いだろう。
「ここまでか。」
[ダメ、その人は連れて行っちゃダメ。]
のろのろと上昇しているリファルケ。
それに殺到するスクライカー。
だが、その中間に、光で出来た幼い子供の幻影が現れる。
[この人を連れて行くと、あの人が悲しむ。]
子供の幻影は、両手を広げると通せんぼをするようにスクライカー達に対面する。
スクライカー達は機体を震わせ、何故かその姿に怯えるよう動きを止める。
大型の猛獣に怯える子鹿の様に、神を畏怖する敬虔なる人々のように。
<重力圏、離脱しました。>
ZX-1の重力圏から離脱した俺は、急加速してジェミニへと進路を取る。
バックモニターで確認すると、スクライカー達は次々と制御を失いZX-1に落ちていっている様子がうかがえた。
[セーダイ、無事か!?]
「おかげさんでな!
だが、アーリヤの容態もそうだし、ナイアの様子も気になる。
急いで戻るぞ!」
練習艦ジェミニはそれ程大きい艦では無い。
ALAHMも、ロゥのナイトフィーニクスを入れるのがやっとだったが、アーリヤを運び込まねばならないロゥと違いパイロットスーツでどうとでもなる俺は、ジェミニに取り付くとコクピットから這い出し、艦内へと急いだ。
「ロゥ、アーリヤ女史は無事か?」
ロゥは簡易ベッドにアーリヤ女史を横にしているところだった。
ただ、アーリヤ女史は何かにうなされるように、手足を動かし続けており、ロゥはそれを必死に押さえ付けていた。
「助けたと思ったら、絶叫して意識を失って、後はこの状態だ。
悪い、セーダイ。
ちょっとナイアの方を見に行ってくれないか?」
俺は頷くと、すぐにジェミニの管制室へ向かう。
無線を使ったと言うことは、あそこにいるのは間違いないだろう。
「ナイア!?どうした!?」
管制室に到着すると、通信機にもたれかかるように倒れているナイアの姿が目に入る。
「……だい……じょうぶ。
それよりも、お姉ちゃんの所へ……。」
酷く消耗した様子だったが、意識はしっかりしていた。
俺は抱きかかえると、ロゥとアーリヤがいる休憩室へと走る。
抱えたナイアは、酷く軽かった。
「……セーダイおじちゃん、それは何?」
向かっている最中、ナイアが俺の左胸にあるポケットを指差す。
胸ポケットに何か入れた記憶はないが、何かが光りを放っていた。
「……何だ?コイン?」
両腕が塞がっている俺の代わりにナイアに取ってもらい、目の前にかざして貰うと、古ぼけたコインが薄らと光を放っていた。
<ワルアーク総帥、真名でリア氏から入手したメダルです。
私の保管庫から、何故か自動的に出現しました。>
「……これがあったから、貴方にだけは私の魔法がかからなかったのね。」
メダルと俺を交互に見つめながら、ナイアが静かに告げる。
ついに、本人からの自供も得られたか。
「時間も無いから手っ取り早く聞く。
……お前さんは、どうしたい?」
胸に抱えた少女は、抱えられた体制のまま静かに目を閉じる。
そして開かれたその瞳には、強い意志が宿っていた。
「私は、ロゥお兄ちゃんと、アーリヤちゃんと一緒にいたい。」
その答えだけで十分だった。
俺は抱きかかえた状態のまま、左手の親指を立てる。
「よく決断したな。
俺は、お前さんの意志を尊重するぜ。」
ナイアは照れ隠しなのか、それとも改まって格好付けた俺がダサかったからなのか、クスクスと笑う。
彼女によく似合う、花のような笑い顔だった。
「ロゥ!アーリヤは無事か!」
休憩室に駆け込むと、出る前と同じ様にうなされ、暴れるアーリヤと、それを押さえているロゥの姿。
ロゥの顔に青痣と切れた唇から滲んだ血を見るに、ずっと格闘していたようだ。
「どうしていいか解らねぇんだ!
どんどん酷くなっていって!!」
「ロゥお兄ちゃん、退いて。
……セーダイおじちゃん、これ借りるよ。」
ナイアが俺の腕の中からスルリと抜け出すと、先程のコインを手に握りしめてアーリヤの側に膝をついて座る。
「お、おい、危ねぇ……。」
「大丈夫だ。
落ち着いて見てろ。」
ロゥを制止すると、ナイアに任せる。
ナイアは両手を組み、祈るような姿勢でアーリヤの近くで目を閉じる。
「お前に、アーリヤお姉ちゃんは渡さない。
これは、私のだ。」
ナイアの不穏な言葉とは裏腹に、ナイアの体が神々しく光る。
その光を受けて、アーリヤの体から黒い霧状の何かが吐き出され、周囲に霧散する。
黒い霧が全て吐き出されると、アーリヤは落ち着きを見せた。
「ナイア……これって……。」
ロゥは言葉を失いながらその場に立ち尽くす。
俺は、黙ってそれを見ていた。




