376:ファイナルステージ~あり方~
戦艦バッカニアが、歓喜と怨嗟の声を上げ、大気との摩擦で自身を赤く燃やしながら、地表に落下していく。
墜ちながら、戦艦とシリンダーを繋ぐ部分がグシャリとくの字に折れ曲がり、ボロボロと何かが大気へとこぼれ落ち、すぐに燃え尽きていく。
溢れるようなアレは、恐らくは中に溢れかえっていた人々なのだろう。
地表を埋め尽くすのは例の真っ黒な液体。
バッカニアの落下を優しく受け止めたそれは、宇宙空間からでも解るほどの巨大な水しぶきを上げ、そして成層圏まで届くのではないかと思わせる水柱が立つ。
[あぁいう死に方はしたか無ぇなぁ……ん?
あの水柱、何かおかしいな?]
成層圏まで届くのではないかと思わせた水柱は、重力に従って落下すること無く、更に上に伸びようとしていた。
「……連中も、欲してるって事なのかも知れねぇな。」
上に伸びた黒い液体の柱は、5本の指を生やすと、大きく手を開く。
まるで、降下しようと移動するオベロンを、早く掴んで引きずり込んでしまいたい、というような素振りだ。
[何にせよ、解りやすいタイムリミットだな。]
あの手にオベロンが掴まれたら終わり。
ただ漠然とだが、俺とロゥにはその予感があった。
こう言うとき、こうした予感には従った方が良いと、2人とも感じていた。
俺達は戦闘機形態に変型し、機首をオベロンに向ける。
[ロゥお兄ちゃん、セーダイおじちゃん!]
通信機から、ナイアの声が響く。
[驚いたなナイア、お前通信機を使えたのか。
安心しろよ、ちょっと行ってアーリヤを助けに行ってくるだけだからよ。
すぐ戻るから、お留守番出来るよな?]
ロゥが勤めて優しく、ナイアに話しかける。
だが、ナイアはそれに答えず、酷く冷静な声を放つ。
[アーリヤはまだ無事だよ。
私が、そうさせないから。
でも、あの手に掴まれたら抵抗しきれない。]
「なるほど、解りやすいタイムリミットだ。」
俺の予感は間違っていなかった。
だがもうここに来て、ナイアが何者なのかなんて疑問は、どうでも良い。
俺達を助けてくれるなら、それが誰であれ、何であれ。
[行くか、相棒。]
「あぁ、お前も遅れるなよ。」
2人とも、ブースターを全開にする。
ジェミニのモニターをチラと見れば、隼と不死鳥、二羽の鳥が光を纏って宇宙を羽ばたく姿が見えた。
「……楽しい時間は、長くは続かないもんだな。」
その映像を目に焼き付ける。
この2機が描く光の軌跡は、本当に美しい。
これが戦闘用の兵器だとは、少し信じられないくらいだ。
[何だよ?何か言ったか?]
「別に、何でもねぇよ。
それより、お出ましだぜ?」
オベロンを完全掌握したのか、バラバラと光点がオベロンから飛び出してくる。
第一陣はエーテルミサイルの一斉射。
だが、今更そんなモノで撃ち落とされる俺達じゃ無い。
ミサイルの進行方向まで読み切り、ジェミニに向かいそうな軌道のミサイルを叩き落とすほどには余裕がある。
ミサイルの嵐が過ぎ去れば、次は感染シルフ、そして赤黒いスクライカーまでいる。
[……時間が無さそうだな。]
スクライカーを持っていたのはバッカニアだけだ。
それはつまり、あのスクライカーはアーリヤの知識によって生み出された事を示す。
「道は作ってやるから、行ってこいヒーロー。
彼女はお前を待っている。」
人型に変型すると、エーテルカノンの照準を合わせる。
フルチャージでオベロンの中心に向けて照射する。
射線上にいる感染シルフの群れを一薙ぎし、そしてオベロンのシールドに大半が阻まれたが、本体に多少は命中する。
[行ってくる!!
俺が助け出して戻るまで、死ぬんじゃねぇぞ!!]
“そんな簡単にはやられねぇよ”と軽口を叩きつつ、ナイトフィーニクスが通り抜けたその背中を守るように機体を反転させる。
回り込み、背面から俺達を狙おうとしていたスクライカー達が、バルカン砲を乱射しながらこちらに肉薄する。
「ヘッ!俺の方が多対一は得意でね。
残念だったな!」
奴等の武器よりも遙かに大口径のガトリングガンが火を噴き、射線上のスクライカーを5秒とかからずバラバラにする。
マルチロックオンを同時起動し、次々と近寄るスクライカーを光の玉に変える。
<セーダイ、回り込まれています。>
振り向きざまに左拳のナックルガードをスライドし、斬り付けようとしてきたスクライカーの頭部をブレードを振るう腕毎粉砕する。
「オラ、残念賞だ!」
そのまま左腕のバルカン砲で蜂の巣にすると、戦闘機形態に変型し飛び去る。
飛行形態のまま敵機体の群れを突っ切り、後ろを取ったところでまた変型してマルチロックレーザーを放つ。
「マキーナ!あと何機だ!?」
<数えるのも馬鹿馬鹿しい程ですよ、勢大。>
そりゃあ大変だ、と、コクピットの中で1人笑う。
それでも、約束したからな。
ここは絶対に守り通してみせる。
[……アナタは、何故戦うの?]
誰かの声が聞こえる。
その声は幼く、だがとても理知的に聞こえる。戦いで沸騰しそうな頭だが、その言葉は隙間にスッと忍び込むように俺の頭に入り込んできた。
知らねえよ、だが、殺されるよりはマシだろう。
[私達と1つになれば、もう苦しくないよ?]
俺は俺だ。
俺は帰るんだ。
誰かに溶けて、自我を失うなんてゴメンだね。
[個で生きていても、ずっと苦しいままだよ?
楽になりたいとは思わないの?]
知らなかったのか?
人間って奴は、生きてる限り戦い続けるんだ。
今の自分を、より良くしよう、悔いの無い生き方をしよう、そう願いながら、そう出来ない自分に藻掻いて苦しむんだ。
[それは悲しくないの?辛くないの?]
辛いな、悲しいな。
でもそんな事は日常茶飯事だ。
それでも、そうして生きていて本当にたまに、疲れ果ててふと見上げた青空の、その蒼さに感動するように、何でも無いことに幸せを感じられる事がある。
それで良いんだ。
人生なんて、そんなモンだ。
[……私も、人間として生きられるのかな?]
生き方ってヤツはな、参考になる手本はあっても、答えはない。
お前がお前でありたいと願うなら、立ち上がり自分なりの戦いを始めるなら、それは立派なお前の人生だ。
人としての、お前なりのあり方だ。
[……私の、あり方。]
そうだ。
誰に馬鹿にされようが、誰に文句を言われようが知った事じゃない。
お前はお前だ。
大切な、お前だけの戦いだ。
<……!!
……勢大、聞こえていますか!!>
マキーナの声で我に返る。
体は動いていてくれたようで、まさに今リファルケがスクライカーのコクピットをナックルガードで貫いていた。
「あ、あぁ、スマン。
状況はどうなってる?」
マキーナが言うには、俺が反応を示さなくなってから1時間近く経っていたらしい。
[……こえるか!?
聞こえるかセーダイ!
こちらロゥ、アーリヤを救助した!
……だが、彼女の意識が。]
「よくやった!
とにかく今は脱出しろ!
もう時間がねぇぞ!」
オベロンの一部は既に赤熱化し出しており、腕に囚われるのも時間の問題だった。
[座標を送る!ここをぶち抜いてくれ!]
「無茶言うぜ!
だが、ここでやらなきゃ、男の子じゃあねぇよなぁ!!」
群がるスクライカーを蜂の巣にし、目標へ急ぐ。
友を、助けるために。




