373:リザルト~思い出~
まどろみの中で、俺は夢を見ていた。
いや、夢と言うよりは、これは記憶の整理、回想の部類だろう。
補給基地での、ほんの僅かにあった、平和な時間の記憶。
「なぁセーダイ、お前暇してるよな?」
俺は相棒の部屋に飛び込む。
困ったことがあれば、俺はついついここに飛び込むようになっていた。
コイツなら何とかしてくれるだろうという、淡い目算があったのは否定しない。
だが、大抵の休日では寝ているかゲームしているかネットサーフィンしているか、の、どれかしらに当てはまるこの男が、今日は珍しく外行きの服に着替えている最中だった。
「何だよお前、どっか行くのか?」
「あぁ、ちょっと調べたいことがあるんでな、バッカニアの居住エリアに行ってくる。
……どうしたんだロゥ、そんな困った顔して?」
これは困った。
アテにしていたコイツが、今日に限って予定があったとは。
何たる不運。
「いやさぁ、ナイアちゃんが“退屈だ”って言い始めててさ。
どっか連れてけって言い出してんだよ。
俺バッカニアの居住区とか詳しくねぇからよ。
お前なら、何かいいところ知ってんじゃねぇかと思ってよ。」
「……いやそんな事言われてもな。
俺も子供向けの遊興施設なんか知るわけ……あー、そうだ、アーリヤ女史に聞いてみたらどうだ?
彼女もバッカニアの居住区に関しては知らんだろうが、幸いまだこの補給基地にいるんだしよ。
彼女なら、補給基地のそれなりに遊べるところを知っているんじゃないかー?」
セーダイは面倒くさそうに少し考える素振りをした後、名案を思い付いたとばかりに、アーリヤにたらい回ししようとしてやがる。
その棒読みのわざとらしい口調も、今はかえって腹が立つ。
「待て待て!俺あの人苦手なんだよ!
なんて言うか、情緒面で色々“重たそう”じゃねぇか。」
「……ふぅん、ロゥ君は僕のことをそう思っていたのか。
これは是非、僕という人間を知ってもらう機会が必要だな。
たまたま聞かせて貰ったが、丁度ナイアちゃんとのお出かけに困っているようだし?
これは非常に良い機会だよね。」
冷や汗が全身を伝う。
俺の正面にいるセーダイが、生暖かい表情で俺を見た後、姿勢を正して敬礼する。
「セーダイ・タゾノ軍曹、調査任務のためこれで失礼いたします!
ではローイチ・ヒガシカワ准尉、御武運を!」
それだけ言うと、セーダイは俺の脇を颯爽とすり抜け、足早に立ち去っていく。
動けないでいる俺の肩に腕を回し、耳元で悪魔が囁く。
「では行こうか、ロゥ君。
ナイアちゃんが待っているよ?
なぁに、安心したまえ。
君に何を言われようと、僕は君をちゃんと気に入っているからね?」
俺は、膝から崩れ落ちた。
「……しかし、アーリヤさん、何故セーダイの部屋前にいたんですか?」
結局あの後自室に戻り、ナイアを連れて補給基地の観光に連れ回されていた。
ナイアは俺の自室か格納庫位しか往復した事が無かったからか、目に映る全てのモノに対し、年相応の好奇心を発揮してアレコレと観察していた。
ようやく、ナイア調査隊長の観測が一段落してくれたらしい。
俺達は手近な公園で、近くの屋台で買ったアイスを片手にベンチで休憩しながら、ナイア調査隊長が必死にアイスクリームと格闘する姿を微笑ましく見ていた。
その時ふと、“何故アーリヤ女史がセーダイの部屋近くにいたのか”が気になった。
これをネタに、重すぎる求愛に対して、もしかしたら何か反論の糸口が掴めるのでは、と、期待もしていた。
「ん?あぁ、バッカニア司令部は補給で慌ただしくしていたからね。
僕がセーダイ君の昇格通知を持ってきていたんだ。
彼はこれまでの戦績が認められて、特例だが二等兵から、軍曹に飛び級だ。
次からはサージャント・タゾノと言うわけだ。」
普通、飛び級になるのは名誉戦死の2階級特進くらいだが、アイツは一等兵、士長、軍曹と、それを超えて3階級特進したらしい。
異例中の異例だろう。
だからさっきも、軍曹と言っていた訳か。
「そんな大事なこと、あの場で伝えなくて良かったんですか?」
「いや?それよりも面白い話をしていたからね。
そちらに気を取られているうちに、言い出す機会を逃してしまったよ。
あぁ、それと僕のことは“アーリヤ”と呼んでくれたまえ。
もしそれが嫌なら“ハニー”でも良いが?
いや、いっそ“マイスイートハニー”まで行ってみようか?」
自分で言っていて何かに引っかかったが、目の前の悪魔がニヤリと笑うその表情で、俺の思考は吹き飛ぶ。
駄目だ、俺の話術程度では、逆に利用されてお終いだ。
クソッ、セーダイの奴、何でこう言うときにいねぇんだよ!
「あ、アーリヤと呼ばせて頂きます!」
思わず直立して敬礼してしまうが、そんな俺をナイアは不思議そうな顔で見る。
「どうしたの?ロゥお兄ちゃん?
アーリヤちゃんにいじめられたの?」
そうだ!ナイアがいるじゃないか!
こういう時、女の子は不思議と感情の機微に敏い。
ナイアからこの状況を抜け出す……。
「違うぞナイア、ロゥ君は僕に愛の告白をして緊張しているんだ。
僕等はこれで恋人同士になったんだよ。」
地雷ッッッ!!
圧倒的地雷ッッッ!!
そんなまさか!?
1番手近な外堀を埋めにかかるだと!?
俺は何故か立っていられないような下半身のポーズを決め、右腕は頭の後ろに、左腕は手を開いて顔前にかざし、指の間からモノを見るような不自然なポーズをしながら“サンライトイエローの波紋の疾走!”と叫びたくなったが、それをグッと堪える。
「ふーん、そうなんだ。
おめでとう?ロゥお兄ちゃん。」
待てナイア!それは孔明の罠だ!
「い、いや違うぞナイアちゃん!
それはアーリヤが曲解しているだけであってだな!」
「違うのかい?
それは残ね……。」
アーリヤがいつものように茶化そうとしていると、アイスを食べ終わったナイアが妙に真面目な顔で俺を睨む。
「そんなこと無いよ、ロゥお兄ちゃん。
アーリヤちゃんは真剣に、ロゥお兄ちゃんの事を想っているんだよ?
昨日だって、どうやってロゥお兄ちゃんを誘い出すか真剣に悩んでい……ムグッ!?」
「ナイア!?その話は!!」
アーリヤが慌ててナイアの口を手で塞ぐ。
珍しく、というか初めて見た照れた表情で、アーリヤはこちらを見る。
「ははは……。
やっぱり、人の行動は予測出来ないね。
きょ、今日の事は忘れてくれたまえ。」
改めて、今日のセーダイの不自然な言動を思い出す。
そうだ、あの野郎、アーリヤが伝える前の筈なのに、自分を“軍曹”と言っていたじゃねぇか!?
俺が部屋を出る前、妙にナイアも大人しかった。
俺は、天を仰ぐ。
転生する前の世界では、正直俺は“自分の居場所”を感じていなかった。
両親は既に他界している。
兄弟もいなければ、親しい親族もいない。
会社でも、休憩時間に話す奴はいても遊びに行くような親しい奴はいない。
だからこそ、あの時少女を救おうと体が動いたのだ。
“死ぬかも知れない、でも、それがどうした”
そう考えていたのだ。
だから、あの胡散臭い少年から“君を必要としている世界がある”と言われたときも、是非も無く乗ったのだ。
俺は、誰かに必要とされたかった。
その願いが今、叶った。
「ロゥお兄ちゃん、泣いてるの?
悲しいの?」
「……違うよ、嬉しくても、涙は出るんだよ。」
泣き崩れる男と、愛おしそうにその男を抱きしめる女。
そんな2人を、ナイアは静かに見つめていた。
その表情には、彼女と少し親しくなった者が解る程度ではあるが、僅かな羨望が含まれていた。
どうして今、この夢を見たのかは解らない。
だが今思い返してみれば、この時からナイアは不思議な表情を見せることが、多かったのかも知れない。




