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異世界殺し  作者: Tetsuさん
光の羽
374/833

373:リザルト~思い出~

まどろみの中で、俺は夢を見ていた。

いや、夢と言うよりは、これは記憶の整理、回想の部類だろう。

補給基地(ステーション)での、ほんの僅かにあった、平和な時間の記憶。




「なぁセーダイ、お前暇してるよな?」


俺は相棒の部屋に飛び込む。

困ったことがあれば、俺はついついここに飛び込むようになっていた。

コイツなら何とかしてくれるだろうという、淡い目算があったのは否定しない。

だが、大抵の休日では寝ているかゲームしているかネットサーフィンしているか、の、どれかしらに当てはまるこの男が、今日は珍しく外行きの服に着替えている最中だった。


「何だよお前、どっか行くのか?」


「あぁ、ちょっと調べたいことがあるんでな、バッカニアの居住エリアに行ってくる。

……どうしたんだロゥ、そんな困った顔して?」


これは困った。

アテにしていたコイツが、今日に限って予定があったとは。

何たる不運。


「いやさぁ、ナイアちゃんが“退屈だ”って言い始めててさ。

どっか連れてけって言い出してんだよ。

俺バッカニアの居住区とか詳しくねぇからよ。

お前なら、何かいいところ知ってんじゃねぇかと思ってよ。」


「……いやそんな事言われてもな。

俺も子供向けの遊興施設なんか知るわけ……あー、そうだ、アーリヤ女史に聞いてみたらどうだ?

彼女もバッカニアの居住区に関しては知らんだろうが、幸いまだこの補給基地(ステーション)にいるんだしよ。

彼女なら、補給基地(ステーション)のそれなりに遊べるところを知っているんじゃないかー?」


セーダイは面倒くさそうに少し考える素振りをした後、名案を思い付いたとばかりに、アーリヤにたらい回ししようとしてやがる。

その棒読みのわざとらしい口調も、今はかえって腹が立つ。


「待て待て!俺あの人苦手なんだよ!

なんて言うか、情緒面で色々“重たそう”じゃねぇか。」



「……ふぅん、ロゥ君は僕のことをそう思っていたのか。

これは是非、僕という人間を知ってもらう機会が必要だな。

たまたま聞かせて貰ったが、丁度ナイアちゃんとのお出かけに困っているようだし?

これは非常に良い機会だよね。」


冷や汗が全身を伝う。

俺の正面にいるセーダイが、生暖かい表情で俺を見た後、姿勢を正して敬礼する。


「セーダイ・タゾノ軍曹、調査任務のためこれで失礼いたします!

ではローイチ・ヒガシカワ准尉、御武運を!」


それだけ言うと、セーダイは俺の脇を颯爽とすり抜け、足早に立ち去っていく。


動けないでいる俺の肩に腕を回し、耳元で悪魔が囁く。


「では行こうか、ロゥ君。

ナイアちゃんが待っているよ?

なぁに、安心したまえ。

君に何を言われようと、僕は君をちゃんと気に入っているからね?」


俺は、膝から崩れ落ちた。




「……しかし、アーリヤさん、何故セーダイの部屋前にいたんですか?」


結局あの後自室に戻り、ナイアを連れて補給基地(ステーション)の観光に連れ回されていた。

ナイアは俺の自室か格納庫位しか往復した事が無かったからか、目に映る全てのモノに対し、年相応の好奇心を発揮してアレコレと観察していた。

ようやく、ナイア調査隊長の観測が一段落してくれたらしい。

俺達は手近な公園で、近くの屋台で買ったアイスを片手にベンチで休憩しながら、ナイア調査隊長が必死にアイスクリームと格闘する姿を微笑ましく見ていた。

その時ふと、“何故アーリヤ女史がセーダイの部屋近くにいたのか”が気になった。

これをネタに、重すぎる求愛に対して、もしかしたら何か反論の糸口が掴めるのでは、と、期待もしていた。


「ん?あぁ、バッカニア司令部は補給で慌ただしくしていたからね。

僕がセーダイ君の昇格通知を持ってきていたんだ。

彼はこれまでの戦績が認められて、特例だが二等兵から、軍曹に飛び級だ。

次からはサージャント・タゾノと言うわけだ。」


普通、飛び級になるのは名誉戦死の2階級特進くらいだが、アイツは一等兵、士長、軍曹と、それを超えて3階級特進したらしい。

異例中の異例だろう。

だからさっきも、軍曹と言っていた訳か。



「そんな大事なこと、あの場で伝えなくて良かったんですか?」


「いや?それよりも面白い話をしていたからね。

そちらに気を取られているうちに、言い出す機会を逃してしまったよ。

あぁ、それと僕のことは“アーリヤ”と呼んでくれたまえ。

もしそれが嫌なら“ハニー”でも良いが?

いや、いっそ“マイスイートハニー”まで行ってみようか?」


自分で言っていて何かに引っかかったが、目の前の悪魔がニヤリと笑うその表情で、俺の思考は吹き飛ぶ。

駄目だ、俺の話術程度では、逆に利用されてお終いだ。

クソッ、セーダイの奴、何でこう言うときにいねぇんだよ!


「あ、アーリヤと呼ばせて頂きます!」


思わず直立して敬礼してしまうが、そんな俺をナイアは不思議そうな顔で見る。


「どうしたの?ロゥお兄ちゃん?

アーリヤちゃんにいじめられたの?」


そうだ!ナイアがいるじゃないか!

こういう時、女の子は不思議と感情の機微に敏い。

ナイアからこの状況を抜け出す……。


「違うぞナイア、ロゥ君は僕に愛の告白をして緊張しているんだ。

僕等はこれで恋人同士になったんだよ。」


地雷ッッッ!!

圧倒的地雷ッッッ!!

そんなまさか!?

1番手近な外堀を埋めにかかるだと!?


俺は何故か立っていられないような下半身のポーズを決め、右腕は頭の後ろに、左腕は手を開いて顔前にかざし、指の間からモノを見るような不自然なポーズをしながら“サンライトイエローの波紋の疾走!”と叫びたくなったが、それをグッと堪える。


「ふーん、そうなんだ。

おめでとう?ロゥお兄ちゃん。」


待てナイア!それは孔明の罠だ!


「い、いや違うぞナイアちゃん!

それはアーリヤが曲解しているだけであってだな!」


「違うのかい?

それは残ね……。」


アーリヤがいつものように茶化そうとしていると、アイスを食べ終わったナイアが妙に真面目な顔で俺を睨む。


「そんなこと無いよ、ロゥお兄ちゃん。

アーリヤちゃんは真剣に、ロゥお兄ちゃんの事を想っているんだよ?

昨日だって、どうやってロゥお兄ちゃんを誘い出すか真剣に悩んでい……ムグッ!?」


「ナイア!?その話は!!」


アーリヤが慌ててナイアの口を手で塞ぐ。

珍しく、というか初めて見た照れた表情で、アーリヤはこちらを見る。


「ははは……。

やっぱり、人の行動は予測出来ないね。

きょ、今日の事は忘れてくれたまえ。」


改めて、今日のセーダイの不自然な言動を思い出す。

そうだ、あの野郎、アーリヤが伝える前の筈なのに、自分を“軍曹”と言っていたじゃねぇか!?

俺が部屋を出る前、妙にナイアも大人しかった。


俺は、天を仰ぐ。

転生する前の世界では、正直俺は“自分の居場所”を感じていなかった。

両親は既に他界している。

兄弟もいなければ、親しい親族もいない。

会社でも、休憩時間に話す奴はいても遊びに行くような親しい奴はいない。

だからこそ、あの時少女を救おうと体が動いたのだ。

“死ぬかも知れない、でも、それがどうした”

そう考えていたのだ。

だから、あの胡散臭い少年から“君を必要としている世界がある”と言われたときも、是非も無く乗ったのだ。



俺は、誰かに必要とされたかった。



その願いが今、叶った。


「ロゥお兄ちゃん、泣いてるの?

悲しいの?」


「……違うよ、嬉しくても、涙は出るんだよ。」



泣き崩れる男と、愛おしそうにその男を抱きしめる女。

そんな2人を、ナイアは静かに見つめていた。

その表情には、彼女と少し親しくなった者が解る程度ではあるが、僅かな羨望が含まれていた。




どうして今、この夢を見たのかは解らない。

だが今思い返してみれば、この時からナイアは不思議な表情を見せることが、多かったのかも知れない。

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